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第4章 砂漠陰謀編
37.少女との誓い
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「それで、今日はいったいなんの用でしょうか」
「少し君の意見を聞きたいことがあってな。まずは楽にしてくれ」
ベルトは椅子を手で示す。俺は言われるがままに椅子に腰かけ、隣にナームが座る。サクヤは椅子に座ることなく俺の背後に立った。
俺達が腰を落ち着けたのを確認して、ベルトが口を開く。
「君達の協力のおかげでスフィンクス辺境伯領に入り込んだ『恐怖の軍勢』の大部分を討滅することに成功した。そこで、完全に奴らの侵入路を断つためにギザ要塞を攻め落とすことにした」
「なるほど。そろそろ頃合いだろうと思っていましたが、ようやくその時が来ましたか」
俺は頷いた。ギザ要塞を奪還しない限り、砂漠から死者の群れは入り続けてしまう。西方国境の要所であるあの場所を取り戻すことは、スフィンクス辺境伯領から脅威を消し去るための絶対条件だろう。
「うむ、それで要塞に密偵を送り込んだのだが・・・どうもキナ臭い状態でな」
ベルトは難しそうな顔をする。老いた顔つきにさらにシワが深くなった。
「ギザ要塞の内部には、いまだ数百の死者の姿があるようだ。どうやら容易く奪い返すことはできそうもない」
「ん? それは妙だな」
ベルトの言葉に違和感を覚え、俺も眉間にシワを寄せる。
「あのミイラどもは生き物を追いかけて移動するんだろ? 一つの場所にとどまるなんて、奴らの生態とは違うだろ」
「そうなのだ・・・それを奇妙に思っていたのだが、どうやら要塞の中に『ロード級』がいるようなのだ」
「ロード級・・・?」
俺はベルトの言葉を反復させる。聞き覚えのない単語であるが、どうにも胸騒ぎがする言葉だった。
「ロード級というのは『恐怖の軍勢』の中から稀に現れる強力な個体で、他の死者と違ってある程度の知能があるのだ。奴らは他の弱い死者どもを統括することができるため、奴らが要塞にとどまらせているのもそいつの仕業だろう」
「なるほど・・・つまり、そのロード級とやらを倒して要塞を取り戻す。それが今後の方針というわけか」
俺が確認すると、ベルトは頷いた。
「うむ、その通りだ。ロード級は他の雑魚どもとは一線を画す力を持っている。要塞の防備もあるので、簡単に討ち取ることはできまい」
ベルトは一度言葉を切り、俺の目をまっすぐに見る。そして、テーブルに手をついて頭を下げた。
「ディンギル・マクスウェル・・・君にこの戦いの指揮をお願いしたい!」
「ご当主殿、それはいくらなんでも・・・」
「わかっている。君にこのようなことを引き受ける義理はない。しかし、私は見ての通りの身体で、戦場で指揮を執ることはできまい。だから、頼む。ディンギル・マクスウェル君。私の代わりに要塞奪還の指揮を執ってくれ!」
「む・・・」
「お父様・・・」
自分の父親と同年代の男が頭を下げている姿に、俺は息を飲んだ。隣にいるナームもまた驚きの表情を浮かべている。
ここはスフィンクス家の領地。その奪還は彼らの悲願である。
それを頭を下げてまで外部の人間に任せるというのは、いったいどれほどプライドを傷つける行為なのだろうか?
一人の男が誇りをかなぐり捨ててまでした懇願を、いったい誰が拒むことができるだろうか?
「・・・この借りは高くつきますよ、ご当主殿」
「有り難い。心より感謝する」
俺はベルトと握手を交わして、ギザ要塞の奪還を約束した。
しわくちゃの顔を歪めて笑っている男に苦笑を返して、具体的な話を進める。
「ところで、実際のところ、要塞を取り戻すための腹案はあるのか? 一から要塞を落とすプランを練るとなると少し時間がかかるのだが・・・」
「いや、それについては私に考えがある。あの要塞には外と通じる隠し通路があるから、そこを通って内部に侵入してもらいたい」
「なるほど、悪くない」
『恐怖の軍勢』がきちんと要塞を守っているのかどうかは怪しいところだが、難攻不落として知られる要塞をまともに攻めるのは避けたいところである。こちらも兵力に余裕がないのだ。これ以上、スフィンクス家の兵士が減るようなことがあれば、戦後の復興も困難になってしまう。
少数精鋭により要塞侵入であれば、被害も最小限に抑えられるはずだ。
「また戦いに行ってしまうのですね・・・それもギザ要塞に」
俺の隣でナームがぽつりとつぶやいた。少女の小さな手が俺の服の袖をつかんでくる。
「・・・・・・」
忘れかけていたが、ギザ要塞は彼女の兄であるバロン・スフィンクスが命を落とした場所である。
そこに俺が行くことに不安を感じているのか、縋るような目で俺の顔を見上げてくる。
「大丈夫だ。俺は死なない」
ナームの手を握り、俺は力強く言った。
「俺はバロン先輩よりも強いからな。王都の武術大会は見に来てくれただろう?」
「でも・・・ディンギル様・・・」
ナームの目には大粒の涙のしずくが溜まっていて、今にも零れ落ちそうになっていた。
(女の涙には弱いんだよな・・・魔具なんかよりもずっと強い、最強の武器だ)
俺は少女の頭に両手を回して、胸にしっかりと抱きしめた。
「俺が君を泣かせるのはこれが最後だ。二度と君を泣かせはしない。だから、絶対に生きて帰ってくる」
「・・・わかりました。どうか、お気をつけて。ディンギルさま」
ナームが俺の上着をしっかりと握りしめる。その力強さを微笑ましく思いながら、ベルトへと目を向けた。
「そういうことだ。案内をよろしく頼むぜ」
「うむ・・・もちろんだ・・・」
ベルトはなぜか複雑そうな顔つきで頷いた。
しばらく半眼になって俺とナームが抱き合う姿を睨みつけていたが、やがて諦めたように肩を落とした。
「・・・当日はジャールに案内をさせよう。頼んだぞ、娘を泣かせる憎たらしい小僧め」
「少し君の意見を聞きたいことがあってな。まずは楽にしてくれ」
ベルトは椅子を手で示す。俺は言われるがままに椅子に腰かけ、隣にナームが座る。サクヤは椅子に座ることなく俺の背後に立った。
俺達が腰を落ち着けたのを確認して、ベルトが口を開く。
「君達の協力のおかげでスフィンクス辺境伯領に入り込んだ『恐怖の軍勢』の大部分を討滅することに成功した。そこで、完全に奴らの侵入路を断つためにギザ要塞を攻め落とすことにした」
「なるほど。そろそろ頃合いだろうと思っていましたが、ようやくその時が来ましたか」
俺は頷いた。ギザ要塞を奪還しない限り、砂漠から死者の群れは入り続けてしまう。西方国境の要所であるあの場所を取り戻すことは、スフィンクス辺境伯領から脅威を消し去るための絶対条件だろう。
「うむ、それで要塞に密偵を送り込んだのだが・・・どうもキナ臭い状態でな」
ベルトは難しそうな顔をする。老いた顔つきにさらにシワが深くなった。
「ギザ要塞の内部には、いまだ数百の死者の姿があるようだ。どうやら容易く奪い返すことはできそうもない」
「ん? それは妙だな」
ベルトの言葉に違和感を覚え、俺も眉間にシワを寄せる。
「あのミイラどもは生き物を追いかけて移動するんだろ? 一つの場所にとどまるなんて、奴らの生態とは違うだろ」
「そうなのだ・・・それを奇妙に思っていたのだが、どうやら要塞の中に『ロード級』がいるようなのだ」
「ロード級・・・?」
俺はベルトの言葉を反復させる。聞き覚えのない単語であるが、どうにも胸騒ぎがする言葉だった。
「ロード級というのは『恐怖の軍勢』の中から稀に現れる強力な個体で、他の死者と違ってある程度の知能があるのだ。奴らは他の弱い死者どもを統括することができるため、奴らが要塞にとどまらせているのもそいつの仕業だろう」
「なるほど・・・つまり、そのロード級とやらを倒して要塞を取り戻す。それが今後の方針というわけか」
俺が確認すると、ベルトは頷いた。
「うむ、その通りだ。ロード級は他の雑魚どもとは一線を画す力を持っている。要塞の防備もあるので、簡単に討ち取ることはできまい」
ベルトは一度言葉を切り、俺の目をまっすぐに見る。そして、テーブルに手をついて頭を下げた。
「ディンギル・マクスウェル・・・君にこの戦いの指揮をお願いしたい!」
「ご当主殿、それはいくらなんでも・・・」
「わかっている。君にこのようなことを引き受ける義理はない。しかし、私は見ての通りの身体で、戦場で指揮を執ることはできまい。だから、頼む。ディンギル・マクスウェル君。私の代わりに要塞奪還の指揮を執ってくれ!」
「む・・・」
「お父様・・・」
自分の父親と同年代の男が頭を下げている姿に、俺は息を飲んだ。隣にいるナームもまた驚きの表情を浮かべている。
ここはスフィンクス家の領地。その奪還は彼らの悲願である。
それを頭を下げてまで外部の人間に任せるというのは、いったいどれほどプライドを傷つける行為なのだろうか?
一人の男が誇りをかなぐり捨ててまでした懇願を、いったい誰が拒むことができるだろうか?
「・・・この借りは高くつきますよ、ご当主殿」
「有り難い。心より感謝する」
俺はベルトと握手を交わして、ギザ要塞の奪還を約束した。
しわくちゃの顔を歪めて笑っている男に苦笑を返して、具体的な話を進める。
「ところで、実際のところ、要塞を取り戻すための腹案はあるのか? 一から要塞を落とすプランを練るとなると少し時間がかかるのだが・・・」
「いや、それについては私に考えがある。あの要塞には外と通じる隠し通路があるから、そこを通って内部に侵入してもらいたい」
「なるほど、悪くない」
『恐怖の軍勢』がきちんと要塞を守っているのかどうかは怪しいところだが、難攻不落として知られる要塞をまともに攻めるのは避けたいところである。こちらも兵力に余裕がないのだ。これ以上、スフィンクス家の兵士が減るようなことがあれば、戦後の復興も困難になってしまう。
少数精鋭により要塞侵入であれば、被害も最小限に抑えられるはずだ。
「また戦いに行ってしまうのですね・・・それもギザ要塞に」
俺の隣でナームがぽつりとつぶやいた。少女の小さな手が俺の服の袖をつかんでくる。
「・・・・・・」
忘れかけていたが、ギザ要塞は彼女の兄であるバロン・スフィンクスが命を落とした場所である。
そこに俺が行くことに不安を感じているのか、縋るような目で俺の顔を見上げてくる。
「大丈夫だ。俺は死なない」
ナームの手を握り、俺は力強く言った。
「俺はバロン先輩よりも強いからな。王都の武術大会は見に来てくれただろう?」
「でも・・・ディンギル様・・・」
ナームの目には大粒の涙のしずくが溜まっていて、今にも零れ落ちそうになっていた。
(女の涙には弱いんだよな・・・魔具なんかよりもずっと強い、最強の武器だ)
俺は少女の頭に両手を回して、胸にしっかりと抱きしめた。
「俺が君を泣かせるのはこれが最後だ。二度と君を泣かせはしない。だから、絶対に生きて帰ってくる」
「・・・わかりました。どうか、お気をつけて。ディンギルさま」
ナームが俺の上着をしっかりと握りしめる。その力強さを微笑ましく思いながら、ベルトへと目を向けた。
「そういうことだ。案内をよろしく頼むぜ」
「うむ・・・もちろんだ・・・」
ベルトはなぜか複雑そうな顔つきで頷いた。
しばらく半眼になって俺とナームが抱き合う姿を睨みつけていたが、やがて諦めたように肩を落とした。
「・・・当日はジャールに案内をさせよう。頼んだぞ、娘を泣かせる憎たらしい小僧め」
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