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第4章 砂漠陰謀編
36.老いた勇将
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紅茶を飲み終わり、サクヤによる兄への折檻が終わったタイミングで屋敷に客人が訪れた。
やって来たのはスフィンクス家から遣わされた使者であり、どうやら当主のベルト・スフィンクスが用事があるとのことで呼び出しを受けた。
「あれ? お出かけですか、大将」
「ちょっとスフィンクス家まで行ってくる」
サクヤを伴なって屋敷から出ると、庭で剣の訓練をしていた冒険者の一人が声をかけてきた。
さすがに『軍曹』という呼び方はどうかと思った俺は、戦場から帰って来てから冒険者たちと話し合いの場を設けていた。長い協議の末、『大将』という呼称で落ち着くことになった。
「ああ、ナームちゃんの所ですかい。護衛は必要ですか?」
「いらんよ、サクヤがいるからな」
俺は背後に続くメイド服の少女を指で示して、屋敷の門をくぐった。敬礼して見送る冒険者にヒラヒラと手を振って応え、テーベの町中を進んでいく。
テーベの町は大勢の人々が行きかい、二週間前と比べて見違えるほどに活気があった。迫っていた『恐怖の軍勢』を蹴散らしたおかげで避難していた住民が戻って来ているのだ。
この戦いで多くの人の命が失われたにもかかわらず、危機を乗り越えた人々の顔は明るく輝いており、希望で満ち溢れているように見えた。
「この調子なら復興はうまくいきそうだな」
「そのようですね、これもディンギル様が援軍に来たおかげです」
「褒めるなよ。調子に乗るじゃねえか」
称賛の言葉をかけてくるサクヤの頭を軽く叩き、俺は坂道を上へと登っていった。
しばらく歩いていくとスフィンクス家の屋敷が見えてきた。屋敷の門の前には、見張りの兵士と一緒に一人の少女の姿があった。
「ディンギルさま!」
少女は俺の姿を見つけるや否や表情を輝かせて、パタパタと走り寄ってきた。
「やあ、ナームちゃん。呼ばれてきたぜ」
「はい! いらっしゃいませ!」
そのまま飛び込むようにして抱き着いてきた少女の身体を受け止めて、俺は胸の高さにある頭を優しく撫でた。
俺の胸に飛び込んできたのは、金色の前髪を長くして目元を隠している褐色肌の少女、ナーム・スフィンクスである。
領都テーベに戻って来てから何度か顔を合わせるうちに、人見知りの少女は別人かと見間違えるほどに心を開いてきた。
当然であるが、今日のナームは下着姿ではなく水色の薄手のドレスを身に着けており、胸元には大きな赤いリボンが飾られている。
「むう・・・新たな女の影、です」
俺の背後ではサクヤが不満そうなオーラを放ってきているが、そんなことは構わずにナームはスリスリと俺の胸に頬をこすりつけている。
(警戒心の強い小動物に懐かれた気分だな・・・いや、これが本来あるべきこの子の姿なのかもしれないな)
ナーム・スフィンクスという少女が過去に誘拐されたことがあり、それをきっかけに内向的な性格になってしまったと、スフィンクス家の当主から聞かされていた。
おそらくであるが、今のナームこそが誘拐事件によって心に傷を負う前の、天真爛漫な少女の姿なのだろう。
「ま、子供ってのはこういうもんだよな。結構なことじゃねえか」
「ディンギルさま? どうかされましたか?」
「いや、なんでもないよ。お父上を待たせるのも申し訳ないし、そろそろ屋敷に入ろうか」
「はい! 案内しますね!」
ナームは俺の胸から離れて、グイグイと手を引っ張って屋敷の中へと連れていく。すでに何度も訪れた屋敷は勝手知ったるものであり、別に案内などなくとも迷うことはない。
もちろん、そんな無粋なことは口にすることはなく、大人しく少女に手を引かれて応接間へと連れられて行く。
応接間に足を踏み入れると、すでに椅子に腰かけていたヒゲ顔の男がこちらを見て片眉を上げた。
「ああ、来てくれたか。わざわざ呼び出して申し訳ないな」
「構いませんよ、ご当主殿」
俺はベルト・スフィンクスを目に映して、気づかれない程度に瞳を細めた。
(少し老けたか・・・いや、仕方がないことだが)
目の前にいるベルト・スフィンクスは金色の髪の大部分を白く染めており、自慢のヒゲも白髪が目立ってきている。顔に刻まれたシワも数を増やしており、明らかに老いが目立っていた。
(【過去賢人】の副作用か・・・なかなか面倒そうだな)
己の身体を若返らせる魔具【過去賢人】。その副作用は、使用する時間が長ければ長いほどに老化してしまうというものである。
(一時的な若さと引き換えに老化を速めてしまう・・・なかなかに皮肉な対価じゃないか)
これで病のベルトの命脈はさらに縮んだことになる。残る命は一年か、それとも半年か。
俺は先の短い男の姿を見ながら、こっそりと溜息をついた。
やって来たのはスフィンクス家から遣わされた使者であり、どうやら当主のベルト・スフィンクスが用事があるとのことで呼び出しを受けた。
「あれ? お出かけですか、大将」
「ちょっとスフィンクス家まで行ってくる」
サクヤを伴なって屋敷から出ると、庭で剣の訓練をしていた冒険者の一人が声をかけてきた。
さすがに『軍曹』という呼び方はどうかと思った俺は、戦場から帰って来てから冒険者たちと話し合いの場を設けていた。長い協議の末、『大将』という呼称で落ち着くことになった。
「ああ、ナームちゃんの所ですかい。護衛は必要ですか?」
「いらんよ、サクヤがいるからな」
俺は背後に続くメイド服の少女を指で示して、屋敷の門をくぐった。敬礼して見送る冒険者にヒラヒラと手を振って応え、テーベの町中を進んでいく。
テーベの町は大勢の人々が行きかい、二週間前と比べて見違えるほどに活気があった。迫っていた『恐怖の軍勢』を蹴散らしたおかげで避難していた住民が戻って来ているのだ。
この戦いで多くの人の命が失われたにもかかわらず、危機を乗り越えた人々の顔は明るく輝いており、希望で満ち溢れているように見えた。
「この調子なら復興はうまくいきそうだな」
「そのようですね、これもディンギル様が援軍に来たおかげです」
「褒めるなよ。調子に乗るじゃねえか」
称賛の言葉をかけてくるサクヤの頭を軽く叩き、俺は坂道を上へと登っていった。
しばらく歩いていくとスフィンクス家の屋敷が見えてきた。屋敷の門の前には、見張りの兵士と一緒に一人の少女の姿があった。
「ディンギルさま!」
少女は俺の姿を見つけるや否や表情を輝かせて、パタパタと走り寄ってきた。
「やあ、ナームちゃん。呼ばれてきたぜ」
「はい! いらっしゃいませ!」
そのまま飛び込むようにして抱き着いてきた少女の身体を受け止めて、俺は胸の高さにある頭を優しく撫でた。
俺の胸に飛び込んできたのは、金色の前髪を長くして目元を隠している褐色肌の少女、ナーム・スフィンクスである。
領都テーベに戻って来てから何度か顔を合わせるうちに、人見知りの少女は別人かと見間違えるほどに心を開いてきた。
当然であるが、今日のナームは下着姿ではなく水色の薄手のドレスを身に着けており、胸元には大きな赤いリボンが飾られている。
「むう・・・新たな女の影、です」
俺の背後ではサクヤが不満そうなオーラを放ってきているが、そんなことは構わずにナームはスリスリと俺の胸に頬をこすりつけている。
(警戒心の強い小動物に懐かれた気分だな・・・いや、これが本来あるべきこの子の姿なのかもしれないな)
ナーム・スフィンクスという少女が過去に誘拐されたことがあり、それをきっかけに内向的な性格になってしまったと、スフィンクス家の当主から聞かされていた。
おそらくであるが、今のナームこそが誘拐事件によって心に傷を負う前の、天真爛漫な少女の姿なのだろう。
「ま、子供ってのはこういうもんだよな。結構なことじゃねえか」
「ディンギルさま? どうかされましたか?」
「いや、なんでもないよ。お父上を待たせるのも申し訳ないし、そろそろ屋敷に入ろうか」
「はい! 案内しますね!」
ナームは俺の胸から離れて、グイグイと手を引っ張って屋敷の中へと連れていく。すでに何度も訪れた屋敷は勝手知ったるものであり、別に案内などなくとも迷うことはない。
もちろん、そんな無粋なことは口にすることはなく、大人しく少女に手を引かれて応接間へと連れられて行く。
応接間に足を踏み入れると、すでに椅子に腰かけていたヒゲ顔の男がこちらを見て片眉を上げた。
「ああ、来てくれたか。わざわざ呼び出して申し訳ないな」
「構いませんよ、ご当主殿」
俺はベルト・スフィンクスを目に映して、気づかれない程度に瞳を細めた。
(少し老けたか・・・いや、仕方がないことだが)
目の前にいるベルト・スフィンクスは金色の髪の大部分を白く染めており、自慢のヒゲも白髪が目立ってきている。顔に刻まれたシワも数を増やしており、明らかに老いが目立っていた。
(【過去賢人】の副作用か・・・なかなか面倒そうだな)
己の身体を若返らせる魔具【過去賢人】。その副作用は、使用する時間が長ければ長いほどに老化してしまうというものである。
(一時的な若さと引き換えに老化を速めてしまう・・・なかなかに皮肉な対価じゃないか)
これで病のベルトの命脈はさらに縮んだことになる。残る命は一年か、それとも半年か。
俺は先の短い男の姿を見ながら、こっそりと溜息をついた。
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