俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第4章 砂漠陰謀編

30.病身の将、出陣

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side ベルト・スフィンクス

「はははっ! まったく、やってくれるではないか。マクスウェルの小僧めが!」

 私の名前はベルト・スフィンクス。
 ランペルージ王国西方辺境伯であるスフィンクス家の現・当主だ。
 私は現在、領都テーベを守る最後の要所である三の砦の城壁に立って、砦の外で起こっている戦いを見下ろしていた。

 眼下では旧友であるディートリッヒ・マクスウェルの息子、ディンギル・マクスウェルが少数の兵士を率いて砦を囲む『恐怖の軍勢』を引き剥がし、少しずつではあるが削り取っている。

「たかが二百か三百の兵士で十倍以上もの敵を相手に援軍にやって来るとは・・・ああ、まったく、ディートリッヒ以上の大馬鹿者ではないか!」

 アレの父親であるディートリッヒはある時期から急に落ち着きだしたが、若い頃は血に飢えた猛獣のような戦闘狂であった。
 隣国との小競り合いでは幾度となく無茶な戦いをやらかして、敵も味方も度肝を抜かれたという話を何度も耳にしている。

「あの小僧は間違いなく、ディートリッヒの息子だな! ああ、ちくしょうめッ! バロンが生きていたら何と言っただろうな!」

 私はわずかに顔を歪めて、拳を壁に叩きつけた。
 息子を失ったことを戦の中で起こった避けられない出来事として割り切ったつもりでいたが、ああして友人の息子が奮戦しているのを見ると、そこにいるのが自分の息子でないことが残念でならなかった。
 今更のようにバロンの姿が目の奥に浮かんできて、悔しさに唇を噛む。

(バロン・・・! あの男は間違いなく、お前が好敵手として認める価値のある男だ! お前の目は間違っていなかったぞ!)

「ジャール、予定は変更だ。この砦を枕に死ぬるのはやめにする」

「っ・・・は、承知いたしました!」

「む? どうかしたのか?」

「いえ、なんでもありません・・・!」

 背後にいるジャール・メンフィスを振り返って指示を出すと、なぜかジャールは焦った様子で視線を左右にさまよわせた。
 ジャールは古くからの家臣の息子であり、私にとってはバロンと同じく息子のような存在である。長年の付き合いから、私はジャールの硬い表情の奥に得体のしれない感情が隠されていることに気がついた。

(少し前から様子がおかしいと思っていた。てっきり息子を死なせてしまったことを気に病んでいるのかと思っていたのだが・・・いや、今は追究するときではないな)

 ジャールの様子がおかしいのは間違いなかったが、それでもこの実直な男が自分を裏切るとは思えない。
 私は頭の片隅に浮かんだ疑念を振り払い、改めて指示を出す。

「城門を開けて、我々も討って出る。死に花を咲かせるためではない。生きてテーベの都を守るために、マクスウェルに合わせて『恐怖の軍勢』を駆逐するぞ!」

 私は降ってわいた希望を手にして、猛然と決断を下した。
 ギザ要塞が息子とともに散り、一の砦、二の砦が続けて落とされた。もはやスフィンクス家に未来はないと諦めていて、少しでも時間を稼いで住民を避難させることだけを目的にこの砦に籠っていた。

(息子の後を追うつもりで戦いに臨んだが・・・ふっ、どうやらまだ死を覚悟するには早かったようだな)

 ディンギル・マクスウェルが援軍に来たことによって戦場の流れが変わりつつある。上手くすれば、逆転だってできるかもしれない。

「あの男には頭が上がらんな・・・これでナームを死なせずに済んだ」

 息子が死んだことは仕方がないと諦められた。
 自分が死ぬことも同様に諦めがついた。
 しかし、領都テーベにいる娘のナームが死ぬことだけはどうしても納得することができず、心の奥にトゲとなって突き刺さっていた。
 何度も逃げることを勧めて、それでも娘を説得することができなくて。たった一人の娘に死を覚悟させてしまったことを、ずっと後悔しながら戦っていた。

(これであの子を守ってやることができる。マクスウェルの小僧がなんの狙いで我々を助けに来たのかは知らぬが、どんな要求でも応えてやらねばなるまいな)

 ディンギル・マクスウェルがきっと何かしらの要求を突きつけるために、貸しを作ろうとはるばる西方までやって来たのだろう。
 その目的は皆目わからないが、これほどの大きな借りを返さないわけにはいかない。

(まあ、あの男のおかげでナームの花嫁姿を見るまで生きられるかもしれないのだ。どんな願いだって聞いてやるとも)

 私は己が信じる闘争の神にあの若者に報いる事を固く誓い、腹心の部下へと言葉を向けた。

「ゆくぞ、ジャール! 付いてこい!」

「・・・・・・」

 私は無言で背後に続くジャールを伴ない、城壁から降りて突撃の準備をした。

 後に、今回の戦場でディンギル・マクスウェルに巨大な恩を作ってしまった事を深く後悔することになるのだが、それはまだ先のことであった。
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