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第4章 砂漠陰謀編
26.落ちゆく砦
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side ジャール・メンフィス
国境の要所であるギザ要塞が落とされてから、野火が燃え広がるようにして『恐怖の軍勢』が西方辺境中へと広がっていった。
すでにスフィンクス家の領地も半分が死者の巣窟と化しており、ギザ要塞に続いて一の砦、二の砦も落とされている。
領都テーベを守る城塞は残すところ一つ、私達がいる三の砦だけとなった。
「やれやれ・・・ここも長くは持ちそうにないな」
疲れ切った吐息とともにそう呟いたのは、スフィンクス家の現・当主であるベルト・スフィンクスであった。
ベルトは城壁の上に置いた木箱の上に重々しく腰かけて、目を細めて城壁から地平線を遠望している。
すでに砦の四方は死者の群れに取り囲まれていた。ベルト率いるスフィンクス家の軍が三の砦に籠ってからすでに2週間。徐々に限界の刻が近づいてきているようだった。
「ご当主様、申し訳ありません。このようなことになってしまい・・・」
主君であるベルトの前にひざまずき、私は深々と頭を下げた。
「なあに、お前のせいではないさ。ジャール、頭を上げるがいい」
「・・・・・・」
ベルトが快活に笑いながら私の肩を叩いてきた。しかし、私は顔を上げることなく平伏を続ける。
「ギザ要塞が落とされたのは、指揮を執っていた息子の責だ。お前が責任を感じることはない」
「っ・・・・・・」
ベルトが慰めの言葉をかけてくるが、それは私にとっては言葉のナイフでしかなかった。ヘタに責められる以上に深々と胸に突き刺さって心をえぐられてしまう。
(違うのです・・・ご当主様。私は貴方の御子息を・・・!)
いっそのこと、ここで全てをぶちまけてしまいたい。そんな欲求に襲われながらも、私はグッと喉までせり上がってきた言葉を飲み込んだ。
ギザ要塞が落とされたのは、私がバロン様を裏切って手にかけたからだ。
そのせいで国境線が崩されて『恐怖の軍勢』が領内に入り込み、こうして西方辺境は死者の大群に支配されつつある。
かつては東方のディートリッヒ・マクスウェルと並び称される武人であったベルト・スフィンクスの指揮のおかげでこの砦は落とされることなくもってはいたが、それも時間の問題である。
「うぐっ・・・ぐっ・・・!」
「ご当主様!」
主君のうめき声を聞き、私は慌てて頭を上げた。起こした視線の先では、ベルトが顔を苦痛に歪めて腹部を手で押さえている。
「だ・・・大丈夫だ、問題ない・・・!」
「しかしっ!」
「どうせもうじきに終わりだ。最後に死に花を飾る程度の時間は残っているさ」
ベルトは額に油汗をにじませながらも、口ひげを生やした顔をニカッと破顔させる。
昔と変わらない人好きのする笑顔を見て、私は胸が引き裂かれそうなほどの後悔が込み上げてきた。
敬愛する主君の身体は肝の病に冒されて久しい。もう長くはもたないだろう。
それはこの砦も同じである。ベルトがなにをしたところで半日と経たないうちに城壁は破られ、三の砦は陥落する。
『恐怖の軍勢』は勢いのままに領都テーベに押し寄せるだろう。ナーム様とミスト様の二人がいるテーベへと。
(本当に、よかったのか? このお方を裏切って、バロン様を裏切って、ナーム様とミスト様まで間接的に殺めてしまって、本当によかったのか?)
それはこの数週間で何度となく考えた疑問。そして、すでに答えの出て過ぎ去った問いである。
(いまさら後戻りなどできない。私はこれまで積み重ねてきたすべてを捨てて、私を信じてくれた全ての人に背を向けて、母と姉を救うことを選んだのだ)
弟のように思っていた主の背中に刃を突き立てたとき、全ては決まっている。
転がり出した石は坂を下りきるまで止まらない。転がり続けるほかに道はないのだから。
国境の要所であるギザ要塞が落とされてから、野火が燃え広がるようにして『恐怖の軍勢』が西方辺境中へと広がっていった。
すでにスフィンクス家の領地も半分が死者の巣窟と化しており、ギザ要塞に続いて一の砦、二の砦も落とされている。
領都テーベを守る城塞は残すところ一つ、私達がいる三の砦だけとなった。
「やれやれ・・・ここも長くは持ちそうにないな」
疲れ切った吐息とともにそう呟いたのは、スフィンクス家の現・当主であるベルト・スフィンクスであった。
ベルトは城壁の上に置いた木箱の上に重々しく腰かけて、目を細めて城壁から地平線を遠望している。
すでに砦の四方は死者の群れに取り囲まれていた。ベルト率いるスフィンクス家の軍が三の砦に籠ってからすでに2週間。徐々に限界の刻が近づいてきているようだった。
「ご当主様、申し訳ありません。このようなことになってしまい・・・」
主君であるベルトの前にひざまずき、私は深々と頭を下げた。
「なあに、お前のせいではないさ。ジャール、頭を上げるがいい」
「・・・・・・」
ベルトが快活に笑いながら私の肩を叩いてきた。しかし、私は顔を上げることなく平伏を続ける。
「ギザ要塞が落とされたのは、指揮を執っていた息子の責だ。お前が責任を感じることはない」
「っ・・・・・・」
ベルトが慰めの言葉をかけてくるが、それは私にとっては言葉のナイフでしかなかった。ヘタに責められる以上に深々と胸に突き刺さって心をえぐられてしまう。
(違うのです・・・ご当主様。私は貴方の御子息を・・・!)
いっそのこと、ここで全てをぶちまけてしまいたい。そんな欲求に襲われながらも、私はグッと喉までせり上がってきた言葉を飲み込んだ。
ギザ要塞が落とされたのは、私がバロン様を裏切って手にかけたからだ。
そのせいで国境線が崩されて『恐怖の軍勢』が領内に入り込み、こうして西方辺境は死者の大群に支配されつつある。
かつては東方のディートリッヒ・マクスウェルと並び称される武人であったベルト・スフィンクスの指揮のおかげでこの砦は落とされることなくもってはいたが、それも時間の問題である。
「うぐっ・・・ぐっ・・・!」
「ご当主様!」
主君のうめき声を聞き、私は慌てて頭を上げた。起こした視線の先では、ベルトが顔を苦痛に歪めて腹部を手で押さえている。
「だ・・・大丈夫だ、問題ない・・・!」
「しかしっ!」
「どうせもうじきに終わりだ。最後に死に花を飾る程度の時間は残っているさ」
ベルトは額に油汗をにじませながらも、口ひげを生やした顔をニカッと破顔させる。
昔と変わらない人好きのする笑顔を見て、私は胸が引き裂かれそうなほどの後悔が込み上げてきた。
敬愛する主君の身体は肝の病に冒されて久しい。もう長くはもたないだろう。
それはこの砦も同じである。ベルトがなにをしたところで半日と経たないうちに城壁は破られ、三の砦は陥落する。
『恐怖の軍勢』は勢いのままに領都テーベに押し寄せるだろう。ナーム様とミスト様の二人がいるテーベへと。
(本当に、よかったのか? このお方を裏切って、バロン様を裏切って、ナーム様とミスト様まで間接的に殺めてしまって、本当によかったのか?)
それはこの数週間で何度となく考えた疑問。そして、すでに答えの出て過ぎ去った問いである。
(いまさら後戻りなどできない。私はこれまで積み重ねてきたすべてを捨てて、私を信じてくれた全ての人に背を向けて、母と姉を救うことを選んだのだ)
弟のように思っていた主の背中に刃を突き立てたとき、全ては決まっている。
転がり出した石は坂を下りきるまで止まらない。転がり続けるほかに道はないのだから。
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