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第4章 砂漠陰謀編
25.起死回生の一手?
しおりを挟むそれからナームをともなって応接間まで戻った。
応接間ではカイロ嬢が先ほどの俺と同じように紅茶が入ったカップを傾けていて、俺達が部屋に入るや悪戯っぽく微笑みを浮かべた。
「うちの子を泣かせたみたいですね。悪い人」
「申し訳ない、とか謝ったほうがいいかな?」
「いえいえ、感謝しているんですよ。泣きたいときに泣くことができない子供は不健全ですからね」
カイロ嬢は泣きじゃくったせいで目を腫らしたナームの頭を撫でて、表情を切り替えて真剣そうな顔になった。
「さて・・・それでこれからのことですが、マクスウェル様はどうされるおつもりですか?」
カイロ嬢の問いかけに、俺は頷いて胸を張った。
「もちろん、西方辺境から死者の軍勢を消し去るつもりだ。死人は死人らしく、一人残らず土に返してやるさ」
「・・・お気持ちは大変ありがたいのですが、どのようにしてでしょうか? こちらにマクスウェル家の兵士は連れてこられなかったのでしょう?」
「そうだな・・・その辺りのことを改めて確認したいのだが、スフィンクス家にはどれくらい兵が残っている?」
「・・・・・・」
カイロ嬢は無言のまま椅子に腰かけ、俺もテーブルを挟んで対面に座る。なぜかナームがカイロ嬢の横ではなく俺の隣に座ってきた。
「はい、ディンギルさま。どうぞ」
「ん、悪いな」
「いいえ」
ナームがテーブルの上に置かれていたポットを取り、俺の前に紅茶を淹れてくれる。
少女が手ずから入れてくれた紅茶を一口飲んだところで、カイロ嬢が沈痛な面持ちで首を横に振って口を開いた。
「・・・スフィンクス家と、比較的協力的な貴族家を合わせた兵の総数はおよそ一万。その大部分はギザ要塞と一の砦、二の砦での戦いで戦死、もしくは戦闘不能のケガを負っています。残っている兵力はせいぜい一千。町の警備兵を除いて、全員がご当主様と一緒に三の砦に詰めています」
「・・・サンダーバード家から援軍が来ているよな? そいつらはどうしてる?」
「南方からの援軍一千は後方にて、三の砦をすり抜けてきた敵兵の遊撃をしています」
スフィンクス家の当主が三の砦で『恐怖の軍勢』を押しとどめているとはいえ、敵はまともな指揮系統を持たない死者の群れである。砦をすり抜けて後方へと侵入してしまった敵が少なからずいるらしい。
どうやらサンダーバード家からの援軍は彼らの討伐をしているようである。
「まあ、サンダーバード家の連中からしてみればそっちのほうが助かるんだろうな。やばくなったら南方へと逃げ出しやすいし、砦に詰めて籠城するよりもよっぽど生き残る確率が高い」
サンダーバード家から送られてきたのは金で雇われた傭兵部隊である。スフィンクス家に対する忠誠心など欠片も持ってはいない。傭兵としての義理もあるかもしれないが、それでも死ぬまで踏みとどまって戦うことはないだろう。
俺の予想では、三の砦が落とされたらサンダーバード家の援軍は早々に戦線離脱して、南方辺境へと帰っていくだろう。
「ふむ・・・そうなると本格的にやばそうだな。さすがに多勢に無勢が過ぎる」
単独で西方辺境まで来た俺であったが、本気で独力で『恐怖の軍勢』を打ち倒せるなどとはさすがに思っていない。
スフィンクス家から中隊の一つでも借り受け、俺が指揮をすればいいかと思っていたのだがアテが外れてしまったようである。
俺はアゴに手を当てて考え込み、やがて一つの可能性へと思い至った。
「・・・そうだな、だったら冒険者はどうだ? ここに来る途中で何組かとすれ違ったが」
スフィンクス家の当主がかけた募集によって、少なからぬ傭兵や冒険者が西方へと集まってきている。彼らを集めれば頭数は揃うだろう。
起死回生のつもりで提案するが、俺の申し出にカイロ嬢の表情は曇ったままだった。
「ご当主様が大金をはたいて募ったおかげでそれなりの数の冒険者が集まってくれましたが・・・残念ながら、あまり期待はできそうにありませんね」
カイロ嬢の話では、滅びかけの西方辺境までわざわざやって来るのは他の町で仕事にあぶれた者。十分な実力を持っていなかったり、人間性に問題があったりするような者ばかりのようだ。
中には西方辺境を救いたいという純粋な義侠心から来た者もいるようだったが、はっきり言って烏合の衆と呼べるような集まりであった。
「一応はこの町の防衛戦力という形で雇って置いてはいるのですが・・・果たしてどれほど役に立つのか・・・」
「そうか、それを聞いて安心した」
「はい?」
俺はグッと椅子の背もたれに体重を預けて足を組む。手持ち無沙汰になった手で隣のナームの頭を撫でながら、牙を剥いて笑った。
「つまり、この町にいる冒険者は死んでも誰も困らないような奴ばかりってことだろう? 結構なことじゃねえか。俺がそいつらを引っぱって猿山の大将になってやるよ。死んでも困らん兵士と死人の兵士、きっといい勝負になるだろうよ」
「は、はあ?」
残酷ともいえる俺の言葉に、カイロ嬢は目を白黒させて顔をひきつらせた。
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