俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第4章 砂漠陰謀編

24.涙と覚悟と男気と

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 俺はミストから教えられた部屋の前へと立ち、拳でドアを叩いた。

「あー・・・ナームちゃん」

「入らないでください」

 呼びかけに、打てば響くような調子でドアの向こうから拒絶の声が返ってきた。俺は苦笑しながら口を開いた。

「なんというか、さっきのはタダの事故だろ? 気にすることじゃあないと思うんだが」

「・・・・・・」

「女の子が肌を見られて恥ずかしがる気持ちはわからなくもないが・・・できれば、顔だけでも見せてくれると嬉しいんだが」

「・・・・・・」

 努めて優しい口調で呼びかけるとドアの向こうから反応が返ってきた。ガチャリとドアノブが回り、わずかにドアが開かれる。

「・・・ディンギル様」

「よお、久しぶり。会いたかったぜ」

 顔半分しか見えていないナームへ笑いかける。すると、ドアの向こうで少女がビクリと震えて、再びドアが閉まろうとする。
 俺は慌ててドアノブをつかみ、隙間に足を差し込んだ。

「あ! こらこら、ちょっと待てって!」

「はうっ! やめてください・・・!」

「話をするだけだ。いいから落ち着けって」

「あううっ! わたしのことは放っておいてください! か、顔を見ないでくださいっ!」

 ドアを無理やり開いてナームの顔を覗き込む。間近から見た幼い少女の瞳には涙が浮かんでいて、なんだか苛めているような気分になってしまう。
 しかし、ここで引いてしまえばわざわざ西方辺境までやって来た意味がない。俺は心を鬼にして力任せに扉を開いて部屋の中へと滑り込んだ。

「ひゃうん! ディ、ディンギルさま!? なんで入って来て・・・!」

「逃げる獲物は追いたくなるのが性分なんだ。相手が女であればなおさらだな」

「わ、わたしが女・・・ディンギルさまの!?」

「ん? 女だろ?」

 別に俺のではないのだが。
 それはともかくとして、ナームはなぜか目をまん丸に見開いてポーっと頬を赤く染めて立ちすくんでしまった。
 一体なにが彼女の琴線に触れたのかはわからないが、先ほどまで瞳に浮かんでいた涙は消え失せている。

「まあ、泣き止んだならそれでいいか・・・よっと」

「ふえっ?」

 俺は顔をトマトのように赤くして呆けているナームの身体を抱きあげてベッドに座らせた。さらに椅子を持ってきて対面に腰かけ、少女に目線を合わせた。

「これでゆっくり話ができるな。改めて・・・久しぶりだな、ナームちゃん」

「へ・・・あ・・・はい。お、お久しぶりです、ディンギルさま」

 ナームはベッドに腰かけたままもじもじと両脚をすり合わせながら挨拶を返してくる。恥ずかしそうにチラリとこちらを見て、目が合うと慌てて顔を伏せる。

「相変わらずだな、君も」

「はうう・・・ご、ごめんなさい」

「責めてない。可愛らしくて実に結構」

 こういう奥ゆかしいタイプの女性は俺の周りにはいないので、なかなか新鮮で面白い。俺は苦笑を浮かべながら懐から手紙を取り出した。
 飾り気のない灰色の便箋に入った手紙をナームの小さな手に握らせ、悪戯っぽく笑いかける。

「文通の返事を持ってきた。戦時中じゃあ手紙もいつ届くかわからないからな。今回は手渡しだ」

「まさか・・・そんな事のためにここまで!? 今がどういう時だかわかっているんですか!」

 手紙を握りしめて、ナームは愕然と叫ぶ。

「戦争中なんですよ! 『恐怖の軍勢』が、不死者の大群が押し寄せてきているんですよ!? どうして手紙なんかのために来てしまったんですか!? 来ないでくださいって、手紙に書いたじゃないですか!」

「そうだな、書いてあった。来るなと。助けなくていいと書いてあった」

 必死な様子で言い募ってくるナームに、俺は肩をすくめた。

「その返事がこれだ。開けてみろよ」

「え、でも・・・」

「いいから、ほれほれ」

「あうっ・・・」

 ナームは手の中の手紙と俺の顔を交互に見て、やがて意を決したように封を切った。便箋の中から四つ折りにされた手紙を取り出し、緊張した面持ちで開く。

「え・・・?」

 そして、きょとんとした表情になった。
 それもそうだろう。俺が渡した手紙には文字の一つも書かれていない、完全に白紙の紙なのだから。

「とうっ!」

「ふああっ!? なんですかあっ!?」

 俺は白紙の手紙をナームの手から奪い取り、彼女の顔へと思い切り押しつけた。そのまま顔全体をかき回すように紙をゴシゴシとこすりつける。

「はうっ、あっ・・・でぃ、ディンギルさま!? はうううんっ!」

「ほれほれほれっ! うりゃっ!」

「ふああんっ!?」

 最後は紙ごしに鼻をつまんでギューッと引っ張ってやる。ナームは両手を振り回してジタバタと暴れ、ようやく俺の手を振り払った。

「と、突然なにをするんですか! 痛いじゃないですか!」

 顔に張り付いた手紙を引き剥がしたナームは目から涙すら流しており、怒りをにじませた声で叫びながら俺を睨みつけてきた。
 感情をむき出しにしたナームの表情を見やり、俺は腹を抱えて笑った。

「はははっ、そうだよ! それでいいんだ!」

「なにがですかっ! はうっ・・・お鼻が痛いです・・・」

「ナームちゃんはまだ12歳なんだからさ。泣きたいときは泣く。怒りたいときは怒る。難しいことなんて考えることはないんだよ」

「ふえっ?」

 ナームは俺の言葉の意味が分からなかったのか、きょとんとした顔になった。
 年齢相応に子供っぽい表情に、俺はますます笑みを深めた。

「スフィンクス家の人間だからこうしなきゃいけない、西方の異民族だからああしなきゃいけない。そんなことを子供が考えるなよ。困ってたら頼ればいい。怖かったら逃げればいい。それを責めるやつがいるのなら、俺が一人残らず斬り捨ててやる」

「ディンギル、さま・・・」

 俺は椅子から立ち上がり、ベッドの前に膝をついてナームの手を握った。
 黒い肌の少女の手はあまりにも小さく、力を込めれば壊れてしまいそうなほど細かった。

(こんな女の子に、自分が死ぬことを決意なんてさせちゃいけないんだよな。助けれる奴が、助けてやらなくちゃいけない)

「手紙の返事だ。君が何を言ったとしても、俺は必ず君を助ける。可愛い年下の文通友達を死なせてなどやるものかよ」

「でも・・・でも・・・わたしにはなにもできない。ディンギルさまの恩に報いることなんて、なにもできないのに・・・」

 ナームは両目からポロポロと涙を流しながら、ギュッと俺の右手を両手で握り返してきた。

「子供なんだから恩なんて忘れちまえ。どうしても気になるっていうのなら、大人になってからゆっくり返す方法を探せばいい」

「わかり、ました・・・絶対に返します。あなたに、このご恩をお返しします。どんなことをしてでも、この身体で返しますから・・・!」

「ははっ、そんなに気を張るなよ。まあ、楽しみにしてるけどな」

 俺は快活に笑って答えて、しゃくりあげて泣く少女の頭をポンポンと叩くのだった。
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