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第4章 砂漠陰謀編
23.女の意地、男の矜持
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それから俺はスフィンクス家に仕える使用人に案内されて応接間へと通された。
白磁のカップに注がれた西方産の珍しい紅茶を飲みながら待っていると、やがてきちんと服を着たカイロ嬢が部屋に入ってきた。
カイロ嬢は俺と顔を合わせるや否や、腰を直角に折り曲げて深々と頭を下げる。
「・・・先ほどはお見苦しいところをお見せしました」
「いや・・・まったくもって見苦しくはなかったが」
むしろ良いものを見せてもらいました、などと言うことはなく俺はテーブルにカップを置いた。
「なんの連絡もなく屋敷に訪れてしまったのはこっちのほうだからな。どうか頭を上げて欲しい」
「はい・・・わかりました」
カイロ嬢は頭を上げて俺と目を合わせた。
彼女は黒いドレスを身に着けていたが、サンダーバード家で会ったときのようにヴェールで顔を隠してはいなかった。あらわになった素顔は褐色の肌色のせいで分かりづらいが、やや照れているようにも見える。
(年上の美女が恥ずかしがっているというのはなんともそそられる光景だが・・・おっと、いかんな。未亡人を相手に)
先ほどの下着姿が目に浮かび、ゾワリと情欲の手が背中を撫でてくる。俺は首を振って誘惑の魔の手を振り払い、椅子から立ち上がって改めて挨拶をする。
「急な来訪に歓迎をしていただき心より痛み入る。カイロ嬢」
「ええ、こちらこそ。招きに応じていただき感謝いたしますわ。マクスウェル様」
『招き』というのは、前に会った時に言われた「ナームに会いに来て欲しい」という言葉のことだろう。社交辞令と受け取られてもおかしくないセリフであったが、どうやらカイロ嬢にとっては本気の誘い文句であったらしい。
「そういえば、ナームちゃんはどうした?」
「あの子は・・・ベッドで丸まっているわ。いまさら恥ずかしくなったみたいね」
困ったように、それでもどこか嬉しそうな調子でカイロ嬢は言った。
12歳とはいえ女は女である。やはり男の前で肌をさらしてしまったのはナームにとってショックなことなのだろう。
「できれば取りなしておいてくれると有り難い。これじゃあ手紙の返事が伝えられないからな」
俺が西方辺境に来たのは『恐怖の軍勢』からナームと西方辺境を救うためであるが、出すことができなかった手紙の返事を伝えることも目的の一つである。
それとは別にしても、以前からナームとはゆっくり話をしてみたいと思っていた。
(前に王都で会ったときも、茶の一杯を一緒にする機会もなかったからな。確実に邪魔が入るし)
12歳の少女を相手に下心など欠片もなかったのだが、妹を溺愛しているバロンの目にはそうは映らなかったようである。事あるごとに、あの先輩は俺とナームが会うことを反対していた。
「ナームのことを大切にしてくれているようで、本当に助かるわ。あの子もきっと喜んでいる。」
「だといいんだが・・・しかし、思ったよりも元気そうで安心したよ」
兄を失ったばかりだというのに、先ほどのナームには落ち込んでいる様子は見られなかった。もちろん、それは表面的なものかもしれないが。
「うーん・・・落ち込んでいないというよりも、バロンが死んだという実感がわいていないみたいね」
カイロ嬢が考え込むように頬に手を当てて言う。その言葉に、俺も深々と頷いた。
「正直に言うと、俺も同感だな。あのバロン先輩が討ち死になんて信じられない。ご遺体は確認できたのか?」
カイロ嬢が悲しそうに目を伏せて、首を振った。
「いいえ、乱戦のために亡骸は回収できなかったのよ。それでも、信頼できる部下が彼の死を確認したから間違いないはずだけど・・・」
「へえ・・・ちなみに、その部下とお会いすることはできるかな? 話を聞いてみたいんだが」
「残念だけど難しいわね。バロンの最期を看取ったのはジャール・メンフィスという男なのだけれど、今はお義父様と一緒に三の砦に詰めているから」
「三の砦・・・たしかテーベの手前にある城塞だったか」
「ええ、いよいよここまで追い込まれてしまいました。砦が突破されてこの都に『恐怖の軍勢』が押し寄せるのも時間の問題ですね」
カイロ嬢は憂いに満ちた面差しでテーブルをじっと見つめていたが、やがて顔を上げて凛とした表情をつくる。
「わざわざここまでお越しいただいて、すぐにこんなことを頼むのは恐縮なのですが・・・マクスウェル様、どうかナームのことをこの都から連れ出してくれませんか?」
「・・・・・・」
それは予想していた申し出であった。
スフィンクス家はこのままだと確実に滅亡する。それは辺境守護を担う貴族としては覚悟の上なのかもしれない。
しかし、幼い子供がその犠牲になることを容認できるほど、カイロ嬢は冷徹にはなり切れなかったのだろう。
「ナームちゃん、だけか? 貴女はどうするつもりかな?」
「私はこの都と運命を共にします。カイロ家は代々スフィンクス家に仕える臣下の家系です。最後まで主家と運命を共にします」
「・・・それをバロン先輩が望んでいるとでも? だとしたら、敬愛する先輩の代わりに貴女の頬をぶってやるところなんだが?」
「まさか! 彼がこの場にいたら、真っ先に私達を逃がしていますよ。これはあくまでも私の個人的な意地です」
カイロ嬢はバロンのことを思い出しているのか、微笑ましそうに唇を緩めた。それでも屹然とした眼差しには揺るぎない覚悟が宿っていた。
「だからといって、バロンに文句は言わせませんわ。先に死んだ彼が悪いのです。私に生きていて欲しいのなら、生き残って守ってくれたらよかったのです」
「なるほど、違いない。そっちの言い分が正論だな」
俺は肩をすくめてカイロ嬢の言葉を肯定し、「だけど」と言葉を続ける。
「それでも、惚れた女に死んで欲しくないって思うのが男なんだよな。男の矜持ってやつもちょっとは理解してもらいたいね」
俺は言い捨てて、椅子から立ち上がった。
「ナームちゃんと話してくるよ。部屋の場所を教えてもらっても構わないかな?」
「それは構いませんが・・・」
「カイロ嬢、貴方の申し出を受けるかどうかはここで返事はできない。だけど、どんな結果になってもあの子だけは死なせない。それだけは確実に約束しよう」
「そうですか・・・どうもありがとう」
俺の力強い断言に、ミストは安堵して肩を落とした。
白磁のカップに注がれた西方産の珍しい紅茶を飲みながら待っていると、やがてきちんと服を着たカイロ嬢が部屋に入ってきた。
カイロ嬢は俺と顔を合わせるや否や、腰を直角に折り曲げて深々と頭を下げる。
「・・・先ほどはお見苦しいところをお見せしました」
「いや・・・まったくもって見苦しくはなかったが」
むしろ良いものを見せてもらいました、などと言うことはなく俺はテーブルにカップを置いた。
「なんの連絡もなく屋敷に訪れてしまったのはこっちのほうだからな。どうか頭を上げて欲しい」
「はい・・・わかりました」
カイロ嬢は頭を上げて俺と目を合わせた。
彼女は黒いドレスを身に着けていたが、サンダーバード家で会ったときのようにヴェールで顔を隠してはいなかった。あらわになった素顔は褐色の肌色のせいで分かりづらいが、やや照れているようにも見える。
(年上の美女が恥ずかしがっているというのはなんともそそられる光景だが・・・おっと、いかんな。未亡人を相手に)
先ほどの下着姿が目に浮かび、ゾワリと情欲の手が背中を撫でてくる。俺は首を振って誘惑の魔の手を振り払い、椅子から立ち上がって改めて挨拶をする。
「急な来訪に歓迎をしていただき心より痛み入る。カイロ嬢」
「ええ、こちらこそ。招きに応じていただき感謝いたしますわ。マクスウェル様」
『招き』というのは、前に会った時に言われた「ナームに会いに来て欲しい」という言葉のことだろう。社交辞令と受け取られてもおかしくないセリフであったが、どうやらカイロ嬢にとっては本気の誘い文句であったらしい。
「そういえば、ナームちゃんはどうした?」
「あの子は・・・ベッドで丸まっているわ。いまさら恥ずかしくなったみたいね」
困ったように、それでもどこか嬉しそうな調子でカイロ嬢は言った。
12歳とはいえ女は女である。やはり男の前で肌をさらしてしまったのはナームにとってショックなことなのだろう。
「できれば取りなしておいてくれると有り難い。これじゃあ手紙の返事が伝えられないからな」
俺が西方辺境に来たのは『恐怖の軍勢』からナームと西方辺境を救うためであるが、出すことができなかった手紙の返事を伝えることも目的の一つである。
それとは別にしても、以前からナームとはゆっくり話をしてみたいと思っていた。
(前に王都で会ったときも、茶の一杯を一緒にする機会もなかったからな。確実に邪魔が入るし)
12歳の少女を相手に下心など欠片もなかったのだが、妹を溺愛しているバロンの目にはそうは映らなかったようである。事あるごとに、あの先輩は俺とナームが会うことを反対していた。
「ナームのことを大切にしてくれているようで、本当に助かるわ。あの子もきっと喜んでいる。」
「だといいんだが・・・しかし、思ったよりも元気そうで安心したよ」
兄を失ったばかりだというのに、先ほどのナームには落ち込んでいる様子は見られなかった。もちろん、それは表面的なものかもしれないが。
「うーん・・・落ち込んでいないというよりも、バロンが死んだという実感がわいていないみたいね」
カイロ嬢が考え込むように頬に手を当てて言う。その言葉に、俺も深々と頷いた。
「正直に言うと、俺も同感だな。あのバロン先輩が討ち死になんて信じられない。ご遺体は確認できたのか?」
カイロ嬢が悲しそうに目を伏せて、首を振った。
「いいえ、乱戦のために亡骸は回収できなかったのよ。それでも、信頼できる部下が彼の死を確認したから間違いないはずだけど・・・」
「へえ・・・ちなみに、その部下とお会いすることはできるかな? 話を聞いてみたいんだが」
「残念だけど難しいわね。バロンの最期を看取ったのはジャール・メンフィスという男なのだけれど、今はお義父様と一緒に三の砦に詰めているから」
「三の砦・・・たしかテーベの手前にある城塞だったか」
「ええ、いよいよここまで追い込まれてしまいました。砦が突破されてこの都に『恐怖の軍勢』が押し寄せるのも時間の問題ですね」
カイロ嬢は憂いに満ちた面差しでテーブルをじっと見つめていたが、やがて顔を上げて凛とした表情をつくる。
「わざわざここまでお越しいただいて、すぐにこんなことを頼むのは恐縮なのですが・・・マクスウェル様、どうかナームのことをこの都から連れ出してくれませんか?」
「・・・・・・」
それは予想していた申し出であった。
スフィンクス家はこのままだと確実に滅亡する。それは辺境守護を担う貴族としては覚悟の上なのかもしれない。
しかし、幼い子供がその犠牲になることを容認できるほど、カイロ嬢は冷徹にはなり切れなかったのだろう。
「ナームちゃん、だけか? 貴女はどうするつもりかな?」
「私はこの都と運命を共にします。カイロ家は代々スフィンクス家に仕える臣下の家系です。最後まで主家と運命を共にします」
「・・・それをバロン先輩が望んでいるとでも? だとしたら、敬愛する先輩の代わりに貴女の頬をぶってやるところなんだが?」
「まさか! 彼がこの場にいたら、真っ先に私達を逃がしていますよ。これはあくまでも私の個人的な意地です」
カイロ嬢はバロンのことを思い出しているのか、微笑ましそうに唇を緩めた。それでも屹然とした眼差しには揺るぎない覚悟が宿っていた。
「だからといって、バロンに文句は言わせませんわ。先に死んだ彼が悪いのです。私に生きていて欲しいのなら、生き残って守ってくれたらよかったのです」
「なるほど、違いない。そっちの言い分が正論だな」
俺は肩をすくめてカイロ嬢の言葉を肯定し、「だけど」と言葉を続ける。
「それでも、惚れた女に死んで欲しくないって思うのが男なんだよな。男の矜持ってやつもちょっとは理解してもらいたいね」
俺は言い捨てて、椅子から立ち上がった。
「ナームちゃんと話してくるよ。部屋の場所を教えてもらっても構わないかな?」
「それは構いませんが・・・」
「カイロ嬢、貴方の申し出を受けるかどうかはここで返事はできない。だけど、どんな結果になってもあの子だけは死なせない。それだけは確実に約束しよう」
「そうですか・・・どうもありがとう」
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