俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

文字の大きさ
上 下
212 / 317
第4章 砂漠陰謀編

23.女の意地、男の矜持

しおりを挟む
 それから俺はスフィンクス家に仕える使用人に案内されて応接間へと通された。
 白磁のカップに注がれた西方産の珍しい紅茶を飲みながら待っていると、やがてきちんと服を着たカイロ嬢が部屋に入ってきた。
 カイロ嬢は俺と顔を合わせるや否や、腰を直角に折り曲げて深々と頭を下げる。

「・・・先ほどはお見苦しいところをお見せしました」

「いや・・・まったくもって見苦しくはなかったが」

 むしろ良いものを見せてもらいました、などと言うことはなく俺はテーブルにカップを置いた。

「なんの連絡もなく屋敷に訪れてしまったのはこっちのほうだからな。どうか頭を上げて欲しい」

「はい・・・わかりました」

 カイロ嬢は頭を上げて俺と目を合わせた。
 彼女は黒いドレスを身に着けていたが、サンダーバード家で会ったときのようにヴェールで顔を隠してはいなかった。あらわになった素顔は褐色の肌色のせいで分かりづらいが、やや照れているようにも見える。

(年上の美女が恥ずかしがっているというのはなんともそそられる光景だが・・・おっと、いかんな。未亡人を相手に)

 先ほどの下着姿が目に浮かび、ゾワリと情欲の手が背中を撫でてくる。俺は首を振って誘惑の魔の手を振り払い、椅子から立ち上がって改めて挨拶をする。

「急な来訪に歓迎をしていただき心より痛み入る。カイロ嬢」

「ええ、こちらこそ。招きに応じていただき感謝いたしますわ。マクスウェル様」

『招き』というのは、前に会った時に言われた「ナームに会いに来て欲しい」という言葉のことだろう。社交辞令と受け取られてもおかしくないセリフであったが、どうやらカイロ嬢にとっては本気の誘い文句であったらしい。

「そういえば、ナームちゃんはどうした?」

「あの子は・・・ベッドで丸まっているわ。いまさら恥ずかしくなったみたいね」

 困ったように、それでもどこか嬉しそうな調子でカイロ嬢は言った。
 12歳とはいえ女は女である。やはり男の前で肌をさらしてしまったのはナームにとってショックなことなのだろう。

「できれば取りなしておいてくれると有り難い。これじゃあ手紙の返事が伝えられないからな」

 俺が西方辺境に来たのは『恐怖の軍勢』からナームと西方辺境を救うためであるが、出すことができなかった手紙の返事を伝えることも目的の一つである。
 それとは別にしても、以前からナームとはゆっくり話をしてみたいと思っていた。

(前に王都で会ったときも、茶の一杯を一緒にする機会もなかったからな。確実に邪魔が入るし)

 12歳の少女を相手に下心など欠片もなかったのだが、妹を溺愛しているバロンの目にはそうは映らなかったようである。事あるごとに、あの先輩は俺とナームが会うことを反対していた。

「ナームのことを大切にしてくれているようで、本当に助かるわ。あの子もきっと喜んでいる。」

「だといいんだが・・・しかし、思ったよりも元気そうで安心したよ」

 兄を失ったばかりだというのに、先ほどのナームには落ち込んでいる様子は見られなかった。もちろん、それは表面的なものかもしれないが。

「うーん・・・落ち込んでいないというよりも、バロンが死んだという実感がわいていないみたいね」

 カイロ嬢が考え込むように頬に手を当てて言う。その言葉に、俺も深々と頷いた。

「正直に言うと、俺も同感だな。あのバロン先輩が討ち死になんて信じられない。ご遺体は確認できたのか?」

 カイロ嬢が悲しそうに目を伏せて、首を振った。

「いいえ、乱戦のために亡骸は回収できなかったのよ。それでも、信頼できる部下が彼の死を確認したから間違いないはずだけど・・・」

「へえ・・・ちなみに、その部下とお会いすることはできるかな? 話を聞いてみたいんだが」

「残念だけど難しいわね。バロンの最期を看取ったのはジャール・メンフィスという男なのだけれど、今はお義父様と一緒に三の砦に詰めているから」

「三の砦・・・たしかテーベの手前にある城塞だったか」

「ええ、いよいよここまで追い込まれてしまいました。砦が突破されてこの都に『恐怖の軍勢』が押し寄せるのも時間の問題ですね」

 カイロ嬢は憂いに満ちた面差しでテーブルをじっと見つめていたが、やがて顔を上げて凛とした表情をつくる。

「わざわざここまでお越しいただいて、すぐにこんなことを頼むのは恐縮なのですが・・・マクスウェル様、どうかナームのことをこの都から連れ出してくれませんか?」

「・・・・・・」

 それは予想していた申し出であった。
 スフィンクス家はこのままだと確実に滅亡する。それは辺境守護を担う貴族としては覚悟の上なのかもしれない。
 しかし、幼い子供がその犠牲になることを容認できるほど、カイロ嬢は冷徹にはなり切れなかったのだろう。

「ナームちゃん、だけか? 貴女はどうするつもりかな?」

「私はこの都と運命を共にします。カイロ家は代々スフィンクス家に仕える臣下の家系です。最後まで主家と運命を共にします」

「・・・それをバロン先輩が望んでいるとでも? だとしたら、敬愛する先輩の代わりに貴女の頬をぶってやるところなんだが?」

「まさか! 彼がこの場にいたら、真っ先に私達を逃がしていますよ。これはあくまでも私の個人的な意地です」

 カイロ嬢はバロンのことを思い出しているのか、微笑ましそうに唇を緩めた。それでも屹然とした眼差しには揺るぎない覚悟が宿っていた。

「だからといって、バロンに文句は言わせませんわ。先に死んだ彼が悪いのです。私に生きていて欲しいのなら、生き残って守ってくれたらよかったのです」

「なるほど、違いない。そっちの言い分が正論だな」

 俺は肩をすくめてカイロ嬢の言葉を肯定し、「だけど」と言葉を続ける。

「それでも、惚れた女に死んで欲しくないって思うのが男なんだよな。男の矜持ってやつもちょっとは理解してもらいたいね」

 俺は言い捨てて、椅子から立ち上がった。

「ナームちゃんと話してくるよ。部屋の場所を教えてもらっても構わないかな?」

「それは構いませんが・・・」

「カイロ嬢、貴方の申し出を受けるかどうかはここで返事はできない。だけど、どんな結果になってもあの子だけは死なせない。それだけは確実に約束しよう」

「そうですか・・・どうもありがとう」

 俺の力強い断言に、ミストは安堵して肩を落とした。

しおりを挟む
感想 1,043

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています

もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。 使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。