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第4章 砂漠陰謀編
16.若き剣聖
しおりを挟む時間は夕暮れに差し掛かり、城門が施錠されるギリギリの時間で王都へと滑り込んだ。
馬から降りて、手綱を引いて数ヵ月ぶりの王都へと足を踏み入れる。
俺が王都を訪れるのは、現・国王であるスレイ・ランペルージ王の戴冠式以来のことである。
王国最大の都市であるこの都は相変わらず人であふれかえっていて、日が暮れる時間だというのに大通りには多くの人間が行き来している。
俺は馬が興奮しないようになだめながら、人波をかき分けて進んで行く。
「変わってない・・・いや、変わってないのは上っ面だけか」
俺はぽつりとつぶやき、大通りから外れた郊外のほうへと目を向ける。
喧騒から外れた郊外にはボロをまとった浮浪者が道に横たわっていて、空洞のような暗い瞳で通りを行きかう人々を見つめている。
こうした大きな町には必ずと言っていいほど繁栄の恩恵を受けられなかった者達、商売や博打などに失敗した者達の末路があるものだが、彼らの人数が以前と比べて増えている。
はっきりと目に見えるほどの変化ではない。王都に住んでいる民でさえ、気づいている者は少ないだろう。
しかし、この都は確実に緩やかな衰退を迎えている。
果実が腐り落ちるようにして、破滅への階段を一段ずつ進んでいる。
「新しい国王の治世は上手く行っていないみたいだな・・・まあ、仕方がないか」
スレイ陛下はいまだに幼く、政治の舵取りができるような年齢ではない。
宰相であるロサイス公爵が補佐をしているのだろうが、貴族の鑑として知られるあの御仁も娘が王太子から婚約破棄されたことで一部の中央貴族から侮られ、求心力を落としている。
王家の権威、そして中央貴族の筆頭であるロサイス公爵の零落が政治の滞りを招いたのだろう。
「最近はマリアンヌ嬢がおかしな集まりに参加しているらしいからな。公爵殿も気が気じゃないだろうよ」
俺は首を振って、頭の隅に湧きだした罪の意識を振り払う。
王都衰退の一番の原因を上げるとしたら元・王太子であるサリヴァンである。しかし、次点を挙げるとしたら、サリヴァンを廃嫡させ、王家の秘宝である【豪腕英傑】をパクったりした俺になるかもしれない。
巻き込んでしまった王都の住民に対して、わずかながら申し訳ない気持ちになってしまう。
「やっちまったもんは仕方がないな。俺は帝国を追い払ってこの国を守ったりもしたし、五分五分だよな?」
俺は誰にともなく言い訳をして、浮浪者がさまよう裏通りから視線を外した。
今晩は王都に一泊して、明朝に西方辺境に向かう予定である。朝一番に都を出れば、夕刻には西方辺境に入ることができるだろう。
「今日のところはしっかりと休まないとな。とりあえず馬小屋がある宿を探して・・・」
「あれ? ひょっとして・・・ディンギル・マクスウェルさんですか?」
「あ?」
背後から声をかけられた。俺は眉をひそめて振り返る。
聞き覚えのない男の声である。いや、まあ、男の声なんてよほど親しい相手でもなければ覚えないのだが。
「お前は・・・」
そこに立っていたのは俺と同年代の若い男だった。
金色の髪を上品に整えていて、いかにも貴族といった雰囲気の美丈夫である。
(誰だ・・・? 見覚えがあるような、ないような・・・)
「こんな所で会えるなんて思いませんでしたよー。僕が誰だかわかりますか?」
「あー、いや・・・」
俺は知ったふりをするべきかしばし迷ったが、記憶を探ることを諦めて頭を振った。
「すまん、誰だったかな?」
「あはは、初対面ですから知らないのも当然ですよ。僕が貴方を一方的に知っているだけです」
青年は和やかに笑いながら人差し指を立てて、スッと横薙ぎに振って自分の首をなぞって見せる。
「僕の父親の首。気に入っていただけましたか? 我ながら、上手く切り落とせたと思ったんですけど」
「あ・・・お前、まさか・・・」
青年の言葉に、俺はハッと目を見開いた。
そうだ。確かに俺はこの男を知っている。ひょっとしたら敵になるかもしれない人物として、2年前からマークしている。
「お前は、ベナミス・セイバールーン・・・剣聖の後継者か」
「はい、正解です。はじめまして、ディンギルさん」
丁寧に腰を折り、ベナミスは朗らかな様子で挨拶をした。
俺は目を細め、のほほんとした笑みを浮かべる男の顔を睨みつけた。
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