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第4章 砂漠陰謀編
15.西への強行
しおりを挟む思い立ったら吉日。次の日には俺は西に向けて旅立った。
中央からは軍の通行は禁止されているが、俺一人であれば止められるいわれは全くない。途中の関所だって問題なく通ることができるだろう。
今回は出発の前に親父に相談をした。
帝国との一件では無断で領地を出たせいで随分と迷惑をかけてしまった。この期に及んで無断出征してしまえば、さすがに堪忍袋の緒がブチ切れかねない。
「そうか、気をつけて行って来いよ」
意外なことに親父は止めることはなく、快く俺を送り出してくれた。
「いいのかよ、止めなくても」
「どうせこうなるだろうと思っていたからな。止めても無駄だということくらいは学んだとも」
親父は皮肉そうに鼻を鳴らしながら、執務室の椅子にどっかりと腰を下ろした。
「マクスウェル家のことは心配するな。お前がいなくとも何とかなる」
「そうかい・・・ああ、それでも王宮には抗議の手紙を送り続けてくれよ? 『マクスウェル家は援軍を出そうとしたけど、王都が拒んだせいで出すことができなかった』・・・西方辺境が抜かれたときに王家に責任を追及できるようにしておいてくれ」
「わかっている。さっさと行け」
親父に送り出されて、俺は馬に乗って辺境伯邸を後にした。
ちなみに、俺の専属メイドであるエリザとサクヤは見送りには出てこなかった。
エリザは昨晩、別れを惜しんでいつも以上に熱く求めあったせいでベッドに潰れており、サクヤは『鋼牙』の密偵達と合流して一足先に西方辺境へと向かっている。
今回は珍しく、供を連れることのない一人旅である。仮にも東方最大の貴族の後継ぎが一人で外出するなどあってはならないことだったが、迅速果断を重視して一人で出てきた。
「ま、どうせ誰もついては来れないからな。【豪腕英傑】!」
俺は腕に嵌めた魔具を発動させた。銀色の光が俺の身体を覆い尽くす。光は俺だけでなく乗っている馬までも包み込んだ。
「ヒヒーーーーーーン!」
銀の光を纏った馬が地を蹴って街道を駆ける。魔具の力でブーストされた馬の速さは迅雷のようであり、道行く人々が目を剥いて驚きの視線を向けてくる。
「はははっ、こんな使い方は想像もしていなかったな! まったく、贅沢な寿命の使い方だぜ!」
【豪腕英傑】は使用者の寿命を消耗して、身体機能と回復能力を爆発的に向上させる魔具である。
その副作用により、かつての使用者であるサリヴァンは18歳の若さで老人の姿と化し、その祖先である初代ランペルージ王もまた早世した。
一時的とはいえ不死の肉体を得るのだから当然といえばその通りなのだが、命を縮めるという対価はあまりにも重い。
移動時間を短縮するためにそれを使用するなど、全くもって馬鹿げた使用方法であった。
俺がこんなふうに腕輪を使用するきっかけになったのは、やはりキャプテン・ドレークとの戦いである。
あの戦いで俺は自分の中に流れる母親の血を実感することになり、自分もまた不死者の力を継承していることを再確認した。
半分しか不死の血を引いていない自分には母やドレークのような永遠の命は望めないだろうが、それでも常人と比べればはるかに長生きすることができるはずだ。多少、無茶をして寿命を縮めたとしても問題はないだろう。
「これでジジイになったら笑い話だけどな・・・おっと、そろそろ街道から外れるか」
本来であれば数日はかかるであろう道のりを半日ほどで踏破して、王都が近づいた頃合いを見計らって人気のない裏道のほうへと進路を逸らした。
この腕輪は一応、ランペルージ王家の至宝である。俺が嵌めているところを王都の住人に見られたら色々と面倒なことになってしまう。
「これだけの速さだ。顔は見られちゃいないだろうけど・・・まあ、念のためにな」
人気のない裏道を迂回する。やがて懐かしい王都が見えてきた。
朝一番にマクスウェル辺境伯邸を出発して、今はようやく太陽が西の地平線にさしかかろうかという時刻である。
「改めておっかない腕輪だぜ・・・これだけの速さで軍を動かせれば、大陸に向かうところ敵なしなんだろうけどな」
腕輪は一つしかない。そんなことは不可能だろう。
俺は周囲に人の目がないことを確認して腕輪を解除した。銀の光が消えうせて、馬のスピードも緩くなる。
「ん・・・待てよ・・・」
俺は今回、腕輪の光を自分の身体から馬に流し込んで力を分け与えたわけだが・・・ひょっとしたら、これと同じ要領で軍全体に力を分け与えることができるのではないだろうか?
もしも不死の力を同時に大勢が纏うことができるのであれば、それこそ負けることなどありえない無敵の軍隊だ。
「軍というのはさすがに規模が大きすぎるが、10人、20人ぐらいの部隊であればもしかしたら・・・いかんいかん!」
いくら俺の生命力が常人をはるかに超えていたとしても、同時に数十人の人間を不死にすれば確実に寿命が摩耗してしまう。
俺は完全な不死者ではない。ドレークのような死にたがりでもない。そこまで無茶な賭けはできない。
「やばいな・・・誘ってくれるじゃねえか。この腕輪はやっぱり諸刃の剣だ」
俺は指の背でコンコンと銀色の腕輪を叩いた。腕輪が抗議をするように小さく明滅する。
力を使う者と、力に使われてしまう者は似ているようで別物である。
何があっても後者にはなるまいと、俺は改めて決意を固めた。
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