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第4章 砂漠陰謀編
12.陰謀と後悔
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side ジャール・メンフィス
領都テーベにある高級宿屋の一室。広々とした部屋のソファに寛いで、一人の男が大声で笑っている。
「ぷっはははははっ! あの顔、無様なものだ!」
「・・・・・・」
私の目の前で豚のように肥えた男が腹を抱えて笑っている。
男の名前はナーヒブ・マッサーブ。マッサーブ子爵家の当主であり、私にとっては仮初めの主である男であった。
バスローブを着込んだナーヒブは片手にワイングラスを揺らしながら、醜く肥え太った顔を歪めて満面の笑みを浮かべている。
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! ざまあみろ、砂漠の痩せ犬めが! 余所者のぶんざいでデカい面をしているからこういうことになるのだ! あの悔しそうな顔はお前にも見せたかったぞお、ジャール!」
「はっ・・・」
私は恭しく頭を下げながらも、血が滲みそうになるほど強く唇を噛みしめた。
私の名前はジャール・メンフィス。
西方辺境伯であるスフィンクス家に仕える武官であり、つい先日まで次期当主であるバロン・スフィンクス様の側近をしていた。
もっとも、すでにバロン様はこの世にはいない。私がこの手で殺めたのだから。
「ぶひっひっひ・・・これも貴様の働きのおかげだなあ! よくぞあの忌々しいバロン・スフィンクスを殺してくれた!」
「・・・もったいないお言葉です。ご主人様」
「お前の母も姉も、さぞや喜ぶだろう。貴様の働きぶりにはな!」
「っ・・・!」
思わず声を上げそうになり、すんでのところで言葉を飲み込む。私が目の前の豚男に仕えることになった原因は母と姉にあった。
私が生まれたメンフィス家は代々、西方辺境伯であるスフィンクス家に仕えている。
スフィンクス家は元々、ガルーダ砂漠にある都市国家の王族をしていたが、『恐怖の軍勢』によって故郷を滅ぼされてランペルージ王国へと逃れてきた。私の祖先もまた彼らとともにこの地に流れ着いてきた。
当時、まだ『ランペルージ同盟』を名乗っていたこの国の建国王は快く西方の異民族を受け入れてくれて、傘下の軍勢へと迎え入れた。
その後、スフィンクス家の祖先はバアル帝国や、祖先を追いかけてきた『恐怖の軍勢』との戦いで大きな武勲を立て、砂漠との境界にあたる土地を領地として賜ることになった。
元々は余所者であるスフィンクス家の統治は決して安定したものではなかった。
建国王である初代国王は能力主義者で異民族であっても分け隔てなくスフィンクス家を扱ってくれたが、下の貴族までそうだったわけではない。
特に『恐怖の軍勢』が現れる以前から西方辺境を治めていた貴族達は、スフィンクス家の台頭を面白く思わなかった。砂漠からやって来た黒い肌の民族と、この地で生まれ育った白い肌の民族との間には、深すぎる溝が刻まれていた。
中でも砂漠との境界であるこの地を収めていたマッサーブ家のスフィンクス家に対する憎しみは大峡谷のごとく深く、表向きは従っているように見えたが、水面下でスフィンクス家を陥れようと画策をしていた。
彼らからしてみればスフィンクス家は得体のしれない怪物の群れを引き連れてきた侵略者である。そんなスフィンクス家が王に認められて、自分達の頭を抜いて『辺境伯』の地位についたのだ。ハラワタが煮えくり返るような思いだっただろう。
(だからといって、スフィンクス家を滅ぼすために『恐怖の軍勢』を引き入れるなど・・・いや、私も同罪なのだが・・・)
私は目の前の男に母と姉を人質に取られ、主君であるバロン様を暗殺するように命じられた。
私の両親は私が幼い頃に離縁しており、姉は母に連れられて家を出て行った。
離縁の原因は母にあったらしいのだが、当時、幼かった私は詳しいことは聞かされていない。ただ、優しかった母と姉が消えてしまった悲しみだけが残っている。
(ずっと探していた二人が、まさかこの男の手に落ちているなんて・・・)
家族と主君、二人の命を天秤にかけて結果として、私は家族を救うことを選んでしまった。幼い頃から仕え、時に忠実な家臣として、時に兄として接してきた主の背中に剣を突き立ててしまった。西方辺境へと『恐怖の軍勢』を招き入れてしまった。
後悔していないといえば嘘になる。だが、私はすでに選び取ってしまったのだ。もう、後戻りなど出来なかった。
「このままいけば『恐怖の軍勢』がスフィンクス家を滅ぼしてくれるだろう! そうなれば、私が西方辺境伯に・・・ぐふふふ、王国西方に正当な主が戻ってくるぞ! 一族の悲願の達成だ!」
「・・・子爵様はどのようにして『恐怖の軍勢』を追い払うおつもりなのでしょうか? そろそろ、お聞かせいただけませんか?」
「ふん、それは貴様が知ることではない! ただ、私には心強い協力者がいるとだけ言っておくか。死者の軍勢など、この私の人脈にかかればすぐに追い返してくれよう!」
「・・・・・・」
ナーヒブはよほどの自信があるようだった。
もしもその自信が根拠のない空白のものであれば、このまま西方辺境は壊滅してランペルージ王国全土が『恐怖の軍勢』に飲み込まれてしまうかもしれない。
(そのほうがいいのかもしれぬ。こんな腐った国は滅んでしまったほうが・・・)
私は自暴自棄に陥りかけ、首を振る。
もはや自分にはこの道を進むしかないのだ。投げ出すことなど許されない。
(母様、姉様、絶対に貴女達だけは救って見せる・・・)
私は改めて決意を胸に抱き、愚かな主へと頭を下げた。
領都テーベにある高級宿屋の一室。広々とした部屋のソファに寛いで、一人の男が大声で笑っている。
「ぷっはははははっ! あの顔、無様なものだ!」
「・・・・・・」
私の目の前で豚のように肥えた男が腹を抱えて笑っている。
男の名前はナーヒブ・マッサーブ。マッサーブ子爵家の当主であり、私にとっては仮初めの主である男であった。
バスローブを着込んだナーヒブは片手にワイングラスを揺らしながら、醜く肥え太った顔を歪めて満面の笑みを浮かべている。
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! ざまあみろ、砂漠の痩せ犬めが! 余所者のぶんざいでデカい面をしているからこういうことになるのだ! あの悔しそうな顔はお前にも見せたかったぞお、ジャール!」
「はっ・・・」
私は恭しく頭を下げながらも、血が滲みそうになるほど強く唇を噛みしめた。
私の名前はジャール・メンフィス。
西方辺境伯であるスフィンクス家に仕える武官であり、つい先日まで次期当主であるバロン・スフィンクス様の側近をしていた。
もっとも、すでにバロン様はこの世にはいない。私がこの手で殺めたのだから。
「ぶひっひっひ・・・これも貴様の働きのおかげだなあ! よくぞあの忌々しいバロン・スフィンクスを殺してくれた!」
「・・・もったいないお言葉です。ご主人様」
「お前の母も姉も、さぞや喜ぶだろう。貴様の働きぶりにはな!」
「っ・・・!」
思わず声を上げそうになり、すんでのところで言葉を飲み込む。私が目の前の豚男に仕えることになった原因は母と姉にあった。
私が生まれたメンフィス家は代々、西方辺境伯であるスフィンクス家に仕えている。
スフィンクス家は元々、ガルーダ砂漠にある都市国家の王族をしていたが、『恐怖の軍勢』によって故郷を滅ぼされてランペルージ王国へと逃れてきた。私の祖先もまた彼らとともにこの地に流れ着いてきた。
当時、まだ『ランペルージ同盟』を名乗っていたこの国の建国王は快く西方の異民族を受け入れてくれて、傘下の軍勢へと迎え入れた。
その後、スフィンクス家の祖先はバアル帝国や、祖先を追いかけてきた『恐怖の軍勢』との戦いで大きな武勲を立て、砂漠との境界にあたる土地を領地として賜ることになった。
元々は余所者であるスフィンクス家の統治は決して安定したものではなかった。
建国王である初代国王は能力主義者で異民族であっても分け隔てなくスフィンクス家を扱ってくれたが、下の貴族までそうだったわけではない。
特に『恐怖の軍勢』が現れる以前から西方辺境を治めていた貴族達は、スフィンクス家の台頭を面白く思わなかった。砂漠からやって来た黒い肌の民族と、この地で生まれ育った白い肌の民族との間には、深すぎる溝が刻まれていた。
中でも砂漠との境界であるこの地を収めていたマッサーブ家のスフィンクス家に対する憎しみは大峡谷のごとく深く、表向きは従っているように見えたが、水面下でスフィンクス家を陥れようと画策をしていた。
彼らからしてみればスフィンクス家は得体のしれない怪物の群れを引き連れてきた侵略者である。そんなスフィンクス家が王に認められて、自分達の頭を抜いて『辺境伯』の地位についたのだ。ハラワタが煮えくり返るような思いだっただろう。
(だからといって、スフィンクス家を滅ぼすために『恐怖の軍勢』を引き入れるなど・・・いや、私も同罪なのだが・・・)
私は目の前の男に母と姉を人質に取られ、主君であるバロン様を暗殺するように命じられた。
私の両親は私が幼い頃に離縁しており、姉は母に連れられて家を出て行った。
離縁の原因は母にあったらしいのだが、当時、幼かった私は詳しいことは聞かされていない。ただ、優しかった母と姉が消えてしまった悲しみだけが残っている。
(ずっと探していた二人が、まさかこの男の手に落ちているなんて・・・)
家族と主君、二人の命を天秤にかけて結果として、私は家族を救うことを選んでしまった。幼い頃から仕え、時に忠実な家臣として、時に兄として接してきた主の背中に剣を突き立ててしまった。西方辺境へと『恐怖の軍勢』を招き入れてしまった。
後悔していないといえば嘘になる。だが、私はすでに選び取ってしまったのだ。もう、後戻りなど出来なかった。
「このままいけば『恐怖の軍勢』がスフィンクス家を滅ぼしてくれるだろう! そうなれば、私が西方辺境伯に・・・ぐふふふ、王国西方に正当な主が戻ってくるぞ! 一族の悲願の達成だ!」
「・・・子爵様はどのようにして『恐怖の軍勢』を追い払うおつもりなのでしょうか? そろそろ、お聞かせいただけませんか?」
「ふん、それは貴様が知ることではない! ただ、私には心強い協力者がいるとだけ言っておくか。死者の軍勢など、この私の人脈にかかればすぐに追い返してくれよう!」
「・・・・・・」
ナーヒブはよほどの自信があるようだった。
もしもその自信が根拠のない空白のものであれば、このまま西方辺境は壊滅してランペルージ王国全土が『恐怖の軍勢』に飲み込まれてしまうかもしれない。
(そのほうがいいのかもしれぬ。こんな腐った国は滅んでしまったほうが・・・)
私は自暴自棄に陥りかけ、首を振る。
もはや自分にはこの道を進むしかないのだ。投げ出すことなど許されない。
(母様、姉様、絶対に貴女達だけは救って見せる・・・)
私は改めて決意を胸に抱き、愚かな主へと頭を下げた。
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