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第4章 砂漠陰謀編
8.父、目覚める
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そして、俺は10日の旅路の果てにマクスウェル辺境伯領へと到着した。
3ヵ月ぶりに帰還したマクスウェル家で待っていたのは当然のように熱烈な歓迎・・・ではなく、親父からの説教であった。
「お前は次期当主としての自覚がないのか? マクスウェル家を継ぐつもりがないのか? ならば今のうちにそう言ってくれ、本当に頼むから」
「いやー、家を継ぐつもりはあるし、良い当主になろうとは思ってるんだけどな」
「だったらそれを行動で示せ! 何ヵ月も無断で家を空ける後継ぎがいるか!?」
ダン、と親父はテーブルを叩き、口角泡を飛ばす勢いで怒鳴りつけた。怒気で真っ赤になった額にはくっきりと青筋が浮かんでおり、今にもテーブルを乗り越えてこちらに掴みかからんばかりである。
(あ・・・これ、やばいな。マジでキレてる)
さすがにこのままだと不味いと思った俺は、すかさず切り札の言葉を投入する。
「無断で帝国に行ったことは悪いと思ってる。だけど・・・そこから先はオフクロが原因だぜ?」
「む・・・」
オフクロ、グレイス・D・O・マクスウェルの名前を出されて、親父の表情がグニャリと歪む。妻を溺愛している親父にとって、その名前は急所といってもいいものである。
「俺が手助けしたおかげでオフクロも随分と助かったと思うけどな。敵対する海賊団を壊滅させたり、オフクロが斃さなければいけない宿敵を代わりに殺ってやったり」
「むう・・・そうか、いや・・・なるほど。確かに親孝行は大事だな」
親父の背後に燃え盛っていた怒りの炎が見る見るうちに鎮火されていく。俺はバレないように会心の笑みを浮かべて、ここぞとばかりにとどめの一撃を叩きこむ。
「ああ、忘れてた。オフクロから親父に預かり物をしてたんだった」
「なに!? さっさと寄こせ!?」
俺が荷物から包装された小包を取り出すと、親父はテーブルに身を乗り出して奪い取った。包装紙を破らないように丁寧に封を開けて、包まれていた平たい木箱を取り出した。
「おおっ・・・! これは上着か!」
箱から出てきたのは深緑色をした男性用の外套である。とある異国の民族衣装で「ミシュラー」と呼ばれるものである。
「もう秋だ。じきに外套が必要になるからな」
「うむうむ、やはりグレイスは気遣いができる素晴らしい女性だ!」
「そうか・・・いや、親父がそう思うのなら別にいいんだが」
あの狂母のどこが気遣いができるというのだろうか。
親父はホクホク顔で手に入れたばかりの上着を羽織り、まるでオシャレに目覚めたばかりの青少年のように鏡に全身を映してクルリと一回転する。
40になる男が恥ずかしげもなく鏡でポーズを決める姿にはかなり痛々しいものがあったが、悲しいことにそれは自分の父親であった。
それ以上は見ていられなくなり、俺は目頭を手で押さえて立ち上がった。
「・・・もう下がってもいいよな。長旅で疲れてるんだ」
「んー、いいぞー・・・んふふっ、ちょっと散歩にでも行こうかなー」
「・・・・・・」
俺はもう親父のほうを見ないようにして執務室の扉を開き、去り際にぽつりと尋ねる。
「そういえば、スフィンクス家への援軍の件はどうなった? 報告は行ってるよな?」
俺は南方辺境から戻ってくるに先立ち、待機していた『鋼牙』の密偵に命じて親父に手紙を届けさせていた。
鏡の前で怪しげなポーズをしていた親父はピタリと動きを止めて、扉の方へと向き直る。
「む・・・その事だったら、すでに王宮に軍を通らせてもらうよう打診している。まあ、難しいかもしれんが、軍の編成も並行してやっているから後で確認するように」
「そうさせてもらおう・・・あんまりハシャがないでくれよ、マジで」
用が済んだとばかりに鏡に向き直り、ニマニマと笑って頬を紅潮させる親父に言い残して、俺は執務室から早々と立ち去るのだった。
3ヵ月ぶりに帰還したマクスウェル家で待っていたのは当然のように熱烈な歓迎・・・ではなく、親父からの説教であった。
「お前は次期当主としての自覚がないのか? マクスウェル家を継ぐつもりがないのか? ならば今のうちにそう言ってくれ、本当に頼むから」
「いやー、家を継ぐつもりはあるし、良い当主になろうとは思ってるんだけどな」
「だったらそれを行動で示せ! 何ヵ月も無断で家を空ける後継ぎがいるか!?」
ダン、と親父はテーブルを叩き、口角泡を飛ばす勢いで怒鳴りつけた。怒気で真っ赤になった額にはくっきりと青筋が浮かんでおり、今にもテーブルを乗り越えてこちらに掴みかからんばかりである。
(あ・・・これ、やばいな。マジでキレてる)
さすがにこのままだと不味いと思った俺は、すかさず切り札の言葉を投入する。
「無断で帝国に行ったことは悪いと思ってる。だけど・・・そこから先はオフクロが原因だぜ?」
「む・・・」
オフクロ、グレイス・D・O・マクスウェルの名前を出されて、親父の表情がグニャリと歪む。妻を溺愛している親父にとって、その名前は急所といってもいいものである。
「俺が手助けしたおかげでオフクロも随分と助かったと思うけどな。敵対する海賊団を壊滅させたり、オフクロが斃さなければいけない宿敵を代わりに殺ってやったり」
「むう・・・そうか、いや・・・なるほど。確かに親孝行は大事だな」
親父の背後に燃え盛っていた怒りの炎が見る見るうちに鎮火されていく。俺はバレないように会心の笑みを浮かべて、ここぞとばかりにとどめの一撃を叩きこむ。
「ああ、忘れてた。オフクロから親父に預かり物をしてたんだった」
「なに!? さっさと寄こせ!?」
俺が荷物から包装された小包を取り出すと、親父はテーブルに身を乗り出して奪い取った。包装紙を破らないように丁寧に封を開けて、包まれていた平たい木箱を取り出した。
「おおっ・・・! これは上着か!」
箱から出てきたのは深緑色をした男性用の外套である。とある異国の民族衣装で「ミシュラー」と呼ばれるものである。
「もう秋だ。じきに外套が必要になるからな」
「うむうむ、やはりグレイスは気遣いができる素晴らしい女性だ!」
「そうか・・・いや、親父がそう思うのなら別にいいんだが」
あの狂母のどこが気遣いができるというのだろうか。
親父はホクホク顔で手に入れたばかりの上着を羽織り、まるでオシャレに目覚めたばかりの青少年のように鏡に全身を映してクルリと一回転する。
40になる男が恥ずかしげもなく鏡でポーズを決める姿にはかなり痛々しいものがあったが、悲しいことにそれは自分の父親であった。
それ以上は見ていられなくなり、俺は目頭を手で押さえて立ち上がった。
「・・・もう下がってもいいよな。長旅で疲れてるんだ」
「んー、いいぞー・・・んふふっ、ちょっと散歩にでも行こうかなー」
「・・・・・・」
俺はもう親父のほうを見ないようにして執務室の扉を開き、去り際にぽつりと尋ねる。
「そういえば、スフィンクス家への援軍の件はどうなった? 報告は行ってるよな?」
俺は南方辺境から戻ってくるに先立ち、待機していた『鋼牙』の密偵に命じて親父に手紙を届けさせていた。
鏡の前で怪しげなポーズをしていた親父はピタリと動きを止めて、扉の方へと向き直る。
「む・・・その事だったら、すでに王宮に軍を通らせてもらうよう打診している。まあ、難しいかもしれんが、軍の編成も並行してやっているから後で確認するように」
「そうさせてもらおう・・・あんまりハシャがないでくれよ、マジで」
用が済んだとばかりに鏡に向き直り、ニマニマと笑って頬を紅潮させる親父に言い残して、俺は執務室から早々と立ち去るのだった。
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