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第4章 砂漠陰謀編
3.陰謀の始まり
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強敵を屠ったことを確認して、バロンは肺にたまった息を吐きだした。
「恐るべき使い手だった・・・できれば生きているうちに手合わせ願いたかったものだ」
「バロン様! ご無事ですか!?」
「うむ、問題ない」
副官の男がバロンの下へと走り寄ってくる。バロンは左手を挙げて答えて、城壁を見回した。
正午を越えた頃に現れた『恐怖の軍勢』であったが、夕刻に近づいた時刻となり、ようやくその数は2~3割にまで減っていた。
『恐怖の軍勢』の厄介なところはどれほど数を減らされても決して降伏することはなく、全滅するまで戦い続けることである。
城塞を守る兵士達は間断のない戦いに疲れが現れているが、敵の数が目に見えて減っていることもあって、近づいてくる勝利の気配に表情は明るい。
「どうやら今年の襲撃も乗り切れそうだな。無事にお役目を果たすことができそうだ」
理由は皆目見当もつかないが、『恐怖の軍勢』は決まって夏の終わりから秋の始まりにかけて砂漠から現れる。それを倒してしまえば一年間は現れることがない。年に一度の決戦はスフィンクス家にとって最重要の職務であった。
「私はじきに家督を継ぐことになるからな。無様な戦いをしてお家に泥を塗らなくてよかった」
「・・・そうですね」
バロン・スフィンクスの父親であるベルト・スフィンクスはしばらく前から肝を患っており、前線で指揮をとれる状態ではなくなっていた。
そのため、貴族学校を卒業したバロンが家族を継ぐことになっていた。今年の襲撃を乗り越えたらすぐにでも継承の式典を行うことになっている。
「ジャール、これからも私のことを支えてくれ。西方辺境の平和のため。スフィンクス家の繁栄のため。それにナームやミストのためにも」
「・・・・・・」
バロンは穏やかな顔で副官に言った。ジャールと呼ばれた副官は無言のままで頭を下げる。
しかし、その両肩が不自然に震えているのを見て、バロンはいぶかしげに瞳を細めた。
「ケガでもしたのか、ジャール? ここはもう大丈夫そうだから奥で手当てをしても・・・」
「バロン様・・・私はっ・・・!」
ジャールが顔を上げて、何事かを口にしようとする。
しかし、突然、要塞にとどろいた爆音がその言葉を掻き消した。
ドオオオオオオオオオオオオン!
「なっ・・・!?」
激しい振動がバロンを襲ってきた。思わず城壁の床に手をついて、辛くも衝撃を堪える。
「今のは・・・火薬か!? どうして!?」
それは南方辺境を訪れた際に一度だけ聞いたことがある、海賊などが海上戦に使う兵器が放つ轟音であった。
西方ではまず使われることのないその兵器は、この要塞には当然ながら備蓄されていない。
いったいどこから音が響いたのかと城塞から身を乗り出したバロンは、火薬によって吹き飛ばされて穴が開いた城壁を見て目を剥いた。
「馬鹿なっ・・・いったいどうして!?」
城壁の西側には2メートル四方の穴が開いていた。何の前触れもなく開いた突破口に、死者の軍勢が群がるように押し寄せてくる。配下の兵士達の怒号と悲鳴が城壁の上まで響いてくる。
「くっ・・・まさか、有り得ぬ!」
吹き飛ばされた城壁の残骸は要塞の外側に散らばっている。つまり、火薬は要塞の内側に仕込まれていたということになる。
要塞内部に裏切り物がいる。その事実がバロンの心を打ち据える。
「要塞に敵を入れて誰が得するというのだ!? い、いや・・・原因究明は後だ! 今はとにかく、要塞に入り込んだ敵を打ち倒さねば!」
バロンは勢いよく副官を振り返り、鋭く指示を飛ばす。
「城壁の指揮は任せた! 私は要塞内部の敵を叩く!」
「・・・・・・」
「要塞内部に裏切り者がいる可能性がある、くれぐれも周囲に気をつけて・・・!?」
そこまで口にして、バロンは言葉を止めた。
否、止めざるを得なかった。
「ジャール・・・き、さま・・・!」
「・・・申し訳ありません、バロン様」
ジャールが握った短剣が背中からバロンを貫いた。
胸から飛び出した先端は真っ赤な血で濡れている。バロンは呆然と己の胸を見下ろし、口から血の混じった泡を吐いた。
「かはっ・・・どう、して・・・?」
それはバロンにとって心からの疑問であった。
副官ジャール・メンフィスはスフィンクス家に仕える臣下であると同時に、寝食を共にしてきた3つ年上の友人である。
その祖先はスフィンクス家とともに砂漠から王国へと移住してきた同胞であり、先祖代々の戦友である。
家族と等しく信頼を置いていた友人が自分の背中に刃を突き立てているのだ。それはとうてい受け入れられない光景であった。
「・・・全てが終わった時は、必ず私も後を追わせていただきます。ご無礼を!」
「ぐ・・・あっ・・・」
ジャールは短剣の柄をひねって主の胸をえぐり、その身体を押し飛ばして城壁の外側へと突き落とした。
砂の上に落ちてきたバロンの身体へと、まるでエサを投げ与えられた魚のように死者が群がっていく。
「どうか、どうかお許しを・・・バロン様・・・」
ジャールの虚しい謝罪が虚空へと消えていく。
壊された城壁に気を取られていた他の兵士達はその裏切りに気がつくことはなく、ジャールの頬を流れる涙を目にしたものは誰もいなかった。
城壁を破られ、指揮官を失った要塞は火が燃え広がるようにして陥落した。生き残ったわずかな兵士は要塞を捨てて撤退していく。
かくして、西方国境は破られてランペルージ王国西方辺境へと『恐怖の軍勢』が流れ込んできた。
これが西方辺境に渦巻く陰謀のほんの始まりであることを知る者は、現時点ではほとんどいなかった。
「恐るべき使い手だった・・・できれば生きているうちに手合わせ願いたかったものだ」
「バロン様! ご無事ですか!?」
「うむ、問題ない」
副官の男がバロンの下へと走り寄ってくる。バロンは左手を挙げて答えて、城壁を見回した。
正午を越えた頃に現れた『恐怖の軍勢』であったが、夕刻に近づいた時刻となり、ようやくその数は2~3割にまで減っていた。
『恐怖の軍勢』の厄介なところはどれほど数を減らされても決して降伏することはなく、全滅するまで戦い続けることである。
城塞を守る兵士達は間断のない戦いに疲れが現れているが、敵の数が目に見えて減っていることもあって、近づいてくる勝利の気配に表情は明るい。
「どうやら今年の襲撃も乗り切れそうだな。無事にお役目を果たすことができそうだ」
理由は皆目見当もつかないが、『恐怖の軍勢』は決まって夏の終わりから秋の始まりにかけて砂漠から現れる。それを倒してしまえば一年間は現れることがない。年に一度の決戦はスフィンクス家にとって最重要の職務であった。
「私はじきに家督を継ぐことになるからな。無様な戦いをしてお家に泥を塗らなくてよかった」
「・・・そうですね」
バロン・スフィンクスの父親であるベルト・スフィンクスはしばらく前から肝を患っており、前線で指揮をとれる状態ではなくなっていた。
そのため、貴族学校を卒業したバロンが家族を継ぐことになっていた。今年の襲撃を乗り越えたらすぐにでも継承の式典を行うことになっている。
「ジャール、これからも私のことを支えてくれ。西方辺境の平和のため。スフィンクス家の繁栄のため。それにナームやミストのためにも」
「・・・・・・」
バロンは穏やかな顔で副官に言った。ジャールと呼ばれた副官は無言のままで頭を下げる。
しかし、その両肩が不自然に震えているのを見て、バロンはいぶかしげに瞳を細めた。
「ケガでもしたのか、ジャール? ここはもう大丈夫そうだから奥で手当てをしても・・・」
「バロン様・・・私はっ・・・!」
ジャールが顔を上げて、何事かを口にしようとする。
しかし、突然、要塞にとどろいた爆音がその言葉を掻き消した。
ドオオオオオオオオオオオオン!
「なっ・・・!?」
激しい振動がバロンを襲ってきた。思わず城壁の床に手をついて、辛くも衝撃を堪える。
「今のは・・・火薬か!? どうして!?」
それは南方辺境を訪れた際に一度だけ聞いたことがある、海賊などが海上戦に使う兵器が放つ轟音であった。
西方ではまず使われることのないその兵器は、この要塞には当然ながら備蓄されていない。
いったいどこから音が響いたのかと城塞から身を乗り出したバロンは、火薬によって吹き飛ばされて穴が開いた城壁を見て目を剥いた。
「馬鹿なっ・・・いったいどうして!?」
城壁の西側には2メートル四方の穴が開いていた。何の前触れもなく開いた突破口に、死者の軍勢が群がるように押し寄せてくる。配下の兵士達の怒号と悲鳴が城壁の上まで響いてくる。
「くっ・・・まさか、有り得ぬ!」
吹き飛ばされた城壁の残骸は要塞の外側に散らばっている。つまり、火薬は要塞の内側に仕込まれていたということになる。
要塞内部に裏切り物がいる。その事実がバロンの心を打ち据える。
「要塞に敵を入れて誰が得するというのだ!? い、いや・・・原因究明は後だ! 今はとにかく、要塞に入り込んだ敵を打ち倒さねば!」
バロンは勢いよく副官を振り返り、鋭く指示を飛ばす。
「城壁の指揮は任せた! 私は要塞内部の敵を叩く!」
「・・・・・・」
「要塞内部に裏切り者がいる可能性がある、くれぐれも周囲に気をつけて・・・!?」
そこまで口にして、バロンは言葉を止めた。
否、止めざるを得なかった。
「ジャール・・・き、さま・・・!」
「・・・申し訳ありません、バロン様」
ジャールが握った短剣が背中からバロンを貫いた。
胸から飛び出した先端は真っ赤な血で濡れている。バロンは呆然と己の胸を見下ろし、口から血の混じった泡を吐いた。
「かはっ・・・どう、して・・・?」
それはバロンにとって心からの疑問であった。
副官ジャール・メンフィスはスフィンクス家に仕える臣下であると同時に、寝食を共にしてきた3つ年上の友人である。
その祖先はスフィンクス家とともに砂漠から王国へと移住してきた同胞であり、先祖代々の戦友である。
家族と等しく信頼を置いていた友人が自分の背中に刃を突き立てているのだ。それはとうてい受け入れられない光景であった。
「・・・全てが終わった時は、必ず私も後を追わせていただきます。ご無礼を!」
「ぐ・・・あっ・・・」
ジャールは短剣の柄をひねって主の胸をえぐり、その身体を押し飛ばして城壁の外側へと突き落とした。
砂の上に落ちてきたバロンの身体へと、まるでエサを投げ与えられた魚のように死者が群がっていく。
「どうか、どうかお許しを・・・バロン様・・・」
ジャールの虚しい謝罪が虚空へと消えていく。
壊された城壁に気を取られていた他の兵士達はその裏切りに気がつくことはなく、ジャールの頬を流れる涙を目にしたものは誰もいなかった。
城壁を破られ、指揮官を失った要塞は火が燃え広がるようにして陥落した。生き残ったわずかな兵士は要塞を捨てて撤退していく。
かくして、西方国境は破られてランペルージ王国西方辺境へと『恐怖の軍勢』が流れ込んできた。
これが西方辺境に渦巻く陰謀のほんの始まりであることを知る者は、現時点ではほとんどいなかった。
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