俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第4章 砂漠陰謀編

1.砂漠の魔物

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 見渡す限りに砂と石の平原が広がっていた。
 草木の一本も生えていない大地は焼け焦げたように赤茶色をしており、天頂から降り注ぐ灼熱の太陽を受けて黄金色に反射している。
 風が吹き抜けるたびに砂が嵐のように巻き上がり、地上に死の息吹を吹きかけるように乾いた大地を舐めしていく。
 ランペルージ王国西方国境地域。王国の西に広がるガルーダ砂漠と、東の平原とを隔てる自然の境界線部分である。

 じきに夏が終わるというのにいまだ日差しが衰えることのないその場所には、巨大な四角い建築物が立っていた。
 その建物の名はギザ要塞。ランペルージ王国の最西端に位置する場所にあり、王国の西から押し寄せる外敵を阻むために造られた防衛ラインである。

「バロン様、西方より敵影が現れました! 間違いありません、『恐怖の軍勢』です!」

「来たか! まったく、毎年、飽きもせずによく来るものだな!」

 側近の部下からの報告を受けて、要塞の城壁に一人の男が登ってきた。20歳前後の若い男である。
 太陽の光を受けて金色に輝く髪。砂漠の大地のように褐色の肌。腰に使い込まれた剣を佩いて城壁に仁王立ちする姿は雄々しく、英雄譚の登場人物のように堂々としたたたずまいである。

 バロン・スフィンクス。
 西方国境の守護を担うスフィンクス辺境伯家の嫡男であり、ギザ要塞の防衛を任されている護国の将である。

 バロンは瞳を細めて、砂嵐が巻き起こる砂漠の向こうをじっと見据える。
 バロンの視界の中、カーテンのように広がった砂嵐の壁の向こうに一つの黒い影が生まれた。影は二つ、三つと数を増やしていき、やがて無数の人影となって砂嵐を突き破る。

『オオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 聞く者の背筋を凍らせるような鬨の声が響いてくる。
 砂嵐の向こう側から姿を現わしたのは、無数の死者の軍勢である。砂に水分を吸い取られたように乾ききった肉体を持つ彼らは、伝承の中で『ミイラ』と呼ばれる存在に酷似している。
 一応は人型をしている彼らの服装は様々である。兵士のような鎧を着ている者もいれば、どこの町にでも売っているような普段着や、古代の神官が身に着けるような神秘的な衣装を纏った者までいる。
 共通しているのは彼らがいずれも窪んだ眼窩で砂漠の向こうを見据えており、人里を目指してひたすらに歩を進めていることくらいである。

「砂漠を食い荒らす害虫どもめが! まったくもって鬱陶しい!」

「バロン様、どうぞご指示を」

 バロンの横に現れた副官の男が恭しく頭を下げて指示を仰ぐ。バロンは一つ頷いて、イナゴの大群のように押し寄せる死者の群れを忌々しげに睥睨して顔を歪ませる。
 金髪褐色肌というランペルージ王国には珍しい容姿をしているバロンであったが、彼らの一族はもともと砂漠の向こう側から移住してきた異民族である。そして、先祖が住んでいた故郷を滅ぼし、この国へと追いやったのは目の前に押し寄せる異形の軍勢であった。一族の怨敵である『恐怖の軍勢』に対する憎しみは幼い頃から刷り込まれている。

「一匹たりとも逃がしはせん。声を上げよ! 天の門をくぐり損ねた死にぞこないの亡者共をこちらに呼び集めろ!」

『うおおおおおおおおおおおおおっ!』

 バロンの命令を受けて、要塞に籠る兵士が高々と雄たけびを上げた。死者のうめき声にも負けない大音量が砂漠の空へと放たれ、白い雲が浮かぶ大気を震わせる。

『オオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 バラバラに砂漠を横断していた『恐怖の軍勢』が声に反応して進行方向を変えて、ギザ要塞へと向かってくる。
 長年、彼らと戦い続けた経験から学んだことであったが、砂の向こうからやってくる死者の群れは生きとし生ける者の気配に過敏に反応する。どれほど生者が憎いのだろうか、こうして声を上げるだけで飛んで火にいる羽虫のごとく集まってくるのだ。

『オオオ……クガハアアアアアアっ』

 要塞に一直線に向かってきた死者の群れであったが、要塞の周囲を取り囲むように掘られた深い空堀へと自ら飛び込んでいく。堀の中には金属の槍が無数に仕掛けられており、全身を刺し貫かれた怪物は砂漠に変えるように砂となって崩れていく。

「第一陣は片付いたようです」

「うむ、すぐに第二陣が来るぞ! 気を抜くな!」

『おおっ!』

 先頭に立って突き進んでいた死者の群れは堀に落ちて消え去ったが、依然として万に届く数の軍勢が迫って来ている。
 死者が飛び込むたびに砂に還った骸によって堀が埋められてしまい、やがて堀の罠は機能しなくなってしまう。第二陣は文字通りに仲間の屍を乗り越えて要塞の壁へと到達する。

「石を落とせ! 城壁を昇らせるな!」

 バロンの指示とともに、兵士が石を落として城壁を這い上がろうとする死者を撃退する。
 愚直に前に進むことしかできない『恐怖の軍勢』は攻城兵器を使うほどの知恵はない。しかし、仲間を踏み台にして死者はどんどん城壁を昇ってきていて、やがて壁の上までたどり着くものが現れた。

「チッ! この化け物め!」

『ゴハアアアアアッ!』

 城壁を守っていた兵士が槍を突き出して乾いたミイラの身体に突き刺した。胸を貫かれた死者は弾けるように砂になり、勝者となった兵士へと覆いかぶさる。

「うわっ!」

『ガアアアアアアアッ!』

「や、やめろ! 来るなあ!」

 砂に視界をふさがれて怯んだ兵士へと他の死者が襲いかかってくる。身体に馬乗りになった死者が限界まで口を開いて兵士の首へと噛みつこうとする。兵士は槍を両手で持ってつっかえ棒のように前に押し出し、迫ってくる死者の歯を防ぐ。

「ぐ、ぐぐぐっ・・・や、やめ・・・!」

『ゴ、オオオオオオオオッ!』

 少しずつ、少しずつ、死者のアギトが兵士へと迫ってくる。ガチガチと上下の歯が合わさって乾いた音が鳴る。
 兵士が己の死を覚悟したとき、横薙ぎに払われた斬撃が死者の首を斬り飛ばした。

「た、助かった・・・」

「油断をするな! 次が来るぞ!」

「は、はっ! 申し訳ありません!」

 兵士の命を救ったのは右手に剣を抜いたバロンであった。
 バロンの手に握られているのは王国で一般的に使われている直刀ではなく、大きく反りかえったデザインの曲刀だった。西方の部族特有の武器である『シャムシール』と呼ばれる剣である。
 バロンは岩山を駆ける山羊のように跳ね回る。バロンの身体が舞うたびに湾曲した剣が城壁を昇りつめた死者を切り裂いていく。

「皆、臆するな! ここを抜かれれば親が死ぬ。子が死ぬ。故郷が死ぬものと思え! 砂漠の守護者たる者の力を見せよ!」

『おおおおおおおおおおっ!』

 将であるバロンの奮戦を見て、兵士達の士気が高まる。軍という一個の生き物となった兵士は、一歩も引くことなく『恐怖の軍勢』を迎え撃った。
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