俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 王都武術大会

24.咲きかけのつぼみ

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「・・・・・・」

 カイロ嬢の背中から、前髪を長く伸ばして目元を隠した少女が顔を出した。
 金色の前髪のせいで顔は下半分しか見ることができないが、将来は美人になりそうな雰囲気を感じる。

「ディンギル・マクスウェルだ。よろしくな」

「・・・・・・!」

 やや意気消沈しながらも、子供を怖がらせないように笑みを顔に貼り付けて言う。
 すると、なぜかナーム嬢は驚いたように肩を震わせて、再びカイロ嬢の背中に隠れてしまった。

「えーと・・・」

「すまないな、この子は少し人見知りなんだ。気にしないでくれ」

「まあ、いいですけど」

 ナーム嬢は背中から顔だけを出して、こちらをじっと見つめてくる。前髪で目元が見えないはずなのに、俺は自分の顔にバシバシと視線が突き刺さっているのを感じた。
 ひょっとしたらどこかで会っただろうかと記憶を探ってみるが、それらしい人物には思い当たらなかった。

「それじゃあ、俺はこれで失礼します。御父上にもよろしくお伝えください」

「うむ、そちらもご当主殿によろしくな」

 バロン先輩と握手を交わして、俺は3人に背中を向けた。
 そのまま部屋を出ていって学生寮に戻ろうとする俺であったが、すぐさま呼び止められる。

「あのっ・・・!」

「ん?」

「な、ナーム!? 急にどうした!?」

 大声で俺を呼び止めたのはまさかのナーム嬢であった。
 いかにも内気そうな妹が大声を出したのがそんなに珍しかったのか、バロン先輩でさえ目を剥いて驚いている。

「あの・・・その・・・わ、わたし・・・!」

「あー・・・どうかしたかな?」

 相手は子供。それも敬愛する先輩の妹である。俺は精一杯やさしげな顔を少女に近づけて、穏やかな口調で問いかける。

「はうっ・・・!」

 なぜかナーム嬢が顔を真っ赤に染める。それは羞恥なのか、それとも違う感情なのか。それを判断することは初対面の俺にはできなかった。

「あらあら・・・そういうことなの」

「な、ナームはどうしたのだ!? まさかマクスウェルに何かされて・・・!」

「いいから、貴方は黙っていなさい。二人の邪魔をしない!」

 俺に喰ってかかろうとするバロン先輩を、ニヤニヤと興味深そうに笑いながらカイロ嬢が止めている。

「お、お手紙を・・・書いてもいいですか。あなたに・・・」

 そんな身内二人を置き去りにして、ナーム嬢は意を決したように切り出した。
 その子供っぽい声音には必死そうな覚悟が込められていて、断られたら泣いてしまう空気をヒシヒシと放っている。

「手紙? もちろん、構わないけど」

「いっぱい、書きます・・・! 少しでいいから、お返事をください・・・!」

「んー・・・俺は筆不精だからマメには書けないかもしれないけど、たまにだったら返事を出せるかな?」

「はう・・・ありがとうございます!」

 ナーム嬢は嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねて、すぐに自分の子供っぽい行動を恥じたらしく、カイロ嬢の背後に戻ってしまう。
    その子供っぽい姿に、俺の脳裏に奇妙な既視感が浮かんでくる。

(この子・・・やっぱりどこかで・・・)

 思い出せそうで、思い出せない。
 痒い場所に手が届きそうなのに届かない、そんなもどかしさを感じながらも、俺は隠れるナーム嬢に手を差し出した。

「これからよろしくな。ナームちゃん?」

「あうっ・・・」

 ナーム嬢は顔を隠したまま右手だけを出して、おずおずと俺の人差し指をつまんだ。
 奥ゆかしくも微笑ましい姿に苦笑しながら、俺は文通相手となった少女と触れるような握手を交わした。

 そして・・・それから2年後。
 この文通をきっかけとして、俺は西方辺境で巻き起こる闘争と陰謀の渦に巻き込まれていくことになる。
 西方国境を脅かすおぞましき『恐怖の軍勢』。
 スフィンクス家を狙う、獅子身中の虫である辺境貴族。
 そして・・・ナーム・スフィンクスと、正体不明の褐色美女。

 その戦いの果てに何が待ち受けているのか。
 それは神なからぬ人には、到底予想もできないことであった。

幕間 王都武術大会 完
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