俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 王都武術大会

21.花の蜜には毒がある

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 監禁場所に向かう途中で遭遇した敵を片付けて、俺は廃屋へと飛び込んだ。
 床に転がる女性の姿。その着衣に目だった乱れがないのを見て、俺は自分が間に合ったことを知った。
 同時にその美貌が子供のように泣きじゃくっているのを見て、自分が一歩間に合わなかったことを悟る。

(とりあえず・・・殺すか)

 泣いているのは他の男の婚約者。別に俺の女というわけではない。にもかかわらず、俺の頭には不思議なほどの怒りが湧きたってくる。
 まるでお気に入りの花壇が踏み荒らされる現場を目撃したような、尊いものを汚されたことに対する義憤であった。

「なぜだ・・・どうして貴様がここにいるのだ!」

 誘拐犯の一人が叫ぶ。俺の登場は彼らにとっても理不尽極まりないものだったのだろう。
 たとえば、ここに現れたのがバロン・スフィンクスであったのであれば、彼らもここまで驚くことはなかったはずである。
 しかし、ここにいるのは俺。スフィンクス家とも人質の娘とも直接の関わりのない、マクスウェル家の嫡男ディンギル・マクスウェルである。
『どうして貴様が』・・・それは彼らの心からの叫びに違いなかった。

「これから死ぬ奴に説明して意味があるのかよ」

「き、貴様・・・なにをふざけて・・・!」

「ふざけているのかどうかは・・・この剣に訊いてみやがれ!」

 俺は抜き身も見せぬ神速で剣を抜き放ち、最も前方に立っていた男の胸を切り裂いた。深々と切り裂かれた男の胸元からは噴水のように赤い血が噴き出し、天井までも赤く染める。

「くっ・・・剣を抜け! 迎え撃つぞ!」

「遅せーよ。俺が飛び込んできた時点で抜いておきやがれ!」

「ぐ、がああああああああ!」

 俺は男達の懐へと飛び込み斬撃を見舞う。埃っぽい廃屋の空気が凄まじい速さで切り裂かれ、大気が悲鳴を上げるように音を立てた。

「ハアアアアアッ!」

 剣を振る、振る、振る・・・!
 無慈悲ともいえる連続攻撃。赤い花が咲き誇るように血しぶきが上がり、セイバールーン流の剣士達は次々と床に倒れていった。
 彼らとて決して弱いわけではない。正面から戦えばそれなりに苦戦する技量を持った強者もいた。
 しかし、拠点に踏み込まれた動揺。予想外の敵の登場に揺さぶられた彼らは困惑から剣を鈍らせており、そのわずかな違和が実戦における勝敗を分けた。

 最終的な勝因を上げるとしたら、それは修羅場をくぐりぬけた経験の差だろうか。
 戦においては、実戦においては、時に敵にとっても味方にとっても予想外の事態が生じうる。
 それを経験から知っているか、知っていないか。そのわずかな違いが俺に勝利をもたらしたのであった。

 やがて、全ての敵が血の海に沈んだのを確認して、俺は床に転がる女の所まで歩いていった。最後にもう一度だけ剣を振って、女を拘束するロープを断ち切る。

「怖がらせちまったみたいだな。悪いな、俺はこういうやり方しかできないんだよ」

 地獄のような景色を作り出してしまったことを謝罪して、俺は返り血を拭った手で女を抱き起こす。
 女は呆然とこちらの顔を見ている。不思議なことにその眼には恐怖の色はない。それを疑問に思いながら、俺は金色の髪を手で撫でる。

「あ・・・」

「よく頑張ったな。怖かっただろ」

「う・・・わあああああああああああん!」

 髪をくように撫でてやると、女の顔がクシャリと歪んだ。返り血がついてしまうのも構わず、泣き声を上げながら俺の胸に抱きついて来る。

「どうしてこう・・・子供っぽいんだろうな、この女は」

 俺は呆れ返って天井を仰いだ。
 なぜだろうか。この年上にしか見えない女が相手になると、ついつい子供のように扱ってしまう。自分に妹ができたような、庇護欲のようなおかしな感情が芽生えてしまう。

(だから助けに来ちまったのかね・・・ああ、まったく。バロン先輩の婚約者だってのに・・・)

 もはやこの娘と関わるべきではない。
 これ以上、彼女と接していたら、本当に欲しくなってしまう。手段を選ばず手を伸ばしてしまう。

 チェスのように追い詰められている危うさを感じながらも、俺は腕を休めることなく女の頭を撫で続けるのであった。
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