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幕間 王都武術大会

20.崩れる鎧と、救いの手

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side ナーム・スフィンクス

 あれから、私は男達に拉致されて王都郊外にある廃屋へと連れてこられた。
 私を拉致した男達はどうやら武術の熟練者であったらしく、昨日の暴漢のように撃退することはとてもできなかった。
 私は身体を縛られ、猿ぐつわを噛まされて廃屋の床へと転がされていた。

「スフィンクスには要求は届けたのか?」

「ああ、すでに若い者に手紙を持たせて送っている。じきに返事が来るだろう」

「・・・・・・」

 部屋には数人の男達がいる。床に転がったまま男達の会話を聞いて、私は零れ落ちそうになる涙を必死に堪えた。

(どうして・・・わたしが、こんなことに・・・)

 男達の会話から察するに、私は間違えてここに連れてこられたのだ。
 現在、私はスフィンクス家に伝わる魔具【未来天人】の力によって、大人の女性の姿に変わっている。そんな私の姿を見て、男達は兄の婚約者であるミスト義姉さんと間違えて自分をここに連れてきたようだ。
 もちろん、バロン・スフィンクスの妹である私にもまた、人質としての価値は十分にあるはずだ。しかし、今の私の姿を見て10歳の妹であると思う者などいないだろう。

(わたし、どうなっちゃうのかな・・・)

 私は3年前にも誘拐されたことがあった。
 その時の誘拐犯はスフィンクス家に叛意を持つ西方の地方貴族であり、西方辺境筆頭貴族という地位を狙って、交渉材料として私のことを誘拐した。
 当時、7歳だった私はその事件によって心に深い傷を負ってしまい、指輪の力を借りなければ満足に人前に出られないようになってしまった。
 当時の記憶が心によみがえってきてしまい、私はガタガタと肩を震わせる。

 あの時は兄と父親がすぐに助けに来てくれた。
 誘拐されたのがスフィンクス家の領都だったこともあってナームを知る目撃者が大勢いて、兄達も地理に明るくて監禁場所をすぐに見つけ出すことができたからだ。

 しかし、今回誘拐されたのはスフィンクス家にとっては所縁のない王都である。
 変身していようがしていまいが、ナーム・スフィンクスの顔を知るものは誰もいない。目撃者を探しても無駄足に終わるだろうし、兄が自分の居場所を見つけることは不可能に近い。

(兄さん・・・義姉さん・・・お父様・・・)

 親しい者達の顔が次々と頭に浮かぶ。
 もう二度と彼らに会うことができないかもしれない。そんな激しい不安が津波のように押し寄せてきて、涙になってこぼれてしまいそうになる。
 指輪の力で変身しているからこそギリギリのところで心の均衡を保つことができているが、もしも10歳のナーム・スフィンクスであったならば、人目も憚らずに大声で泣いてしまっていたかもしれない。

「ゴクリ・・・」

 そうやって顔を真っ赤にして涙を堪える私の姿を見て、セイバールーン流の若い剣士が生唾を飲んだ。

「な、なあ・・・せっかくだし、ちょっとだけこの女で遊ばないか」

「おいおい・・・そいつは人質だぞ。ヘタに傷でもつけたら交渉に障るぜ?」

「だってよお・・・」

「っ・・・!」

 血走った視線でねっとりと見られて、私はビクリと身体を震わせる。
 これまでも男から欲情の目で見られたことは何度もあったが、今は状況が違った。
 誘拐されてかつてのトラウマを突きつけられたことで、大人のナームの人格は崩れつつあり、気弱で人見知りなナームが前面に出てきてしまっていた。
 今の自分にとって男性という生き物は恐怖の対象でしかなく、その視線はナイフのように心に突き刺さる。

「いやだ・・・」

 気づけば、私の瞳からは涙がこぼれていた。
 大人に変身した外見とは裏腹に、子供っぽい泣き声が口から洩れて廃屋に響く。

「いやだよう・・・こわいよう・・・だれか、たすけて・・・」

「おう、了解した」

 答えを期待していたわけではなかったが、慟哭に応じる声が返ってきた。

「なっ・・・誰だ!?」

 この場にはいない第三者の言葉が割って入り、男達が慌てて立ち上がる。次の瞬間、ガタリと壁が激しく揺れて廃屋の扉が外から破壊された。
 扉を勢いよく突き破って人影が飛び込んでくる。ホコリまみれの床へと倒れたその人物の姿を目にして、セイバールーン流の剣士達が目を見開く。

「お前はっ・・・どうして!?」

 そこに転がっていたのは、スフィンクス家に脅迫のメッセージを届けに行った彼らの仲間の剣士だった。下っ端の若い剣士は顔面をボコボコに殴られており、鼻や口から無残に血を垂らしている。

「荷物のお届けに参りました・・・なんてな」

「貴様・・・何者だ!」

 彼らの仲間を廃屋へと投げ込んだ人物が、悠然とした足取りで踏み込んできた。
 腰に剣をぶら下げ、牙を剥いて笑いながら侵入してきた男の姿を見て、剣士の一人が目を見開いて叫んだ。

「ディンギル・マクスウェル・・・! どうしてここに!?」

 そこに立っていたのは、私の初めての口づけを奪った男の姿であった。
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