俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 王都武術大会

11.月の少女は花開く

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side ナーム・スフィンクス

「それじゃあ、俺達は出かけてくるんだが・・・」

「その、本当に留守番しているの? ナーム?」

 兄と義姉の二人が私の部屋へとやってきて、こちらの顔色をうかがうようにして聞いてくる。
 私はベッドに腰かけたままぬいぐるみを抱きしめて、ぶんぶんと首を振った。

「二人で行ってきてください。私は留守番していますから・・・」

「・・・そう」

「うむ・・・お土産買ってくるからな? 良い子にしているんだぞ?」

「・・・・・・」

 私は無言でコクリと頷き、二人のことを送り出した。
 二人は最後まで気遣うように私のことを見ていたが、やはり年頃の男女で、玄関をくぐった時には腕を組んで楽しそうに笑っていた。
 出かけていく二人を窓から見送る私に、おつきのメイドが困ったように声をかけてきた。

「お嬢様、本当によろしかったのですか? せっかくの王都ですし、たまにはお出かけしては・・・」

「いいの、部屋で本を読みたいから一人にしてちょうだい。お茶も淹れなくていいから」

「・・・かしこまりました」

 メイドは綺麗な一礼をして、部屋から出ていった。
 足音が遠ざかっていくのをしっかりと確認して、私はベッドの下から旅行鞄を引っぱり出した。

「・・・いいのよ、私も一人でおでかけするんだから」

 私は旅行鞄から手の平に乗るほどの大きさの、小さな小箱を取り出した。
 箱を開くと、中には金細工の古い指輪が入っていた。
 それはスフィンクス家に古くから伝わる魔具の一つで、一年ほど前に屋敷の蔵から見つけた物だった。
 私は家族には内緒でそれを隠し持っており、ときおり指に通していた。

「久しぶり・・・【未来天人スクルド】」

 私は服を脱ぎ捨てて指輪を嵌めた。途端、身体を虹色の雲が包み込んで、発育の遅い身体を覆い隠す。
 やがて雲が晴れたときには、私の身体は別人のように変身していた。

 チビな身体が8頭身の背丈に伸びている。胸もお尻も、見るからに豊満そうにふくらんでいる。
 鏡に自分の姿を映すと、そこには自信満々な顔つきをした美女が映し出されていた。
 弱虫のナーム・スフィンクスとはとても似つかわない。大人の女性の姿である。

「ふふっ、この姿になるのも久しぶりね!」

 私は一糸まとわぬ裸体を鏡に映して、うっとりとつぶやいた。
 魔具【未来天人】の効力は、指輪を嵌めた人間を未来の姿に変えることである。
 私はこの指輪を使って時折、大人の姿になって町へと繰り出していた。

「初めての王都なんだから、とびきりのオシャレをして出かけましょう!」

 不思議なことだが、こうして大人の姿になっていると他人に対する恐怖や不安を忘れることが出来た。人目を気にすることなく、別人になったかのように過ごすことができるのだ。
 私は普段であれば絶対に着ないような煽情的な衣装に袖を通す。西方の民族衣装である服は胸や脚が大胆に露出しており、別人のように成長した肢体が存分にさらされてしまう。

「ふふっ、いやらしい」

 私はほんのりと微笑みながら、踊り子のような服を着た自分を鏡に映す。
 鏡の中には絶世の美女といってもいい大人の女性が、豊満な胸を堂々と張って立っている。

 それは私の理想の姿。
 家宝の指輪をつけたときだけ変身することができる、夢幻の女王の姿であった。

「さあ! 行きましょうか! せっかくの王都見物なんだから楽しまないと!」

 私は外に人がいないことを確認して、ひらりと窓から飛び降りた。
 内向的な性格のせいで誤解されがちなのだが、私は父と兄から武術の手ほどきを受けている。
 二階から飛び降りることも、塀を乗り越えて使用人に見つからずに外に出ることも、それほど難しいことではなかった。

 スフィンクス家の屋敷から出た私は、そのまま王都の大通りへと足を踏み出した。
 昨日は馬車で通った道であるが、あのときは怖くて外を見ることさえできなかった。
 でも、今日は違う。大人の姿であれば、何も恐れることなく大勢の人が行きかう町を闊歩できた。

「ふふっ・・・みんな、私を見てるわね」

 道行く人々が、目を奪われたように私のことを振り返る。
 彼らの視線は最初に見慣れない民族衣装を見て、そのまま私の顔を見て、最後に胸や脚を舐めるように見ていく。
 ねっとりとした情欲に満ちた視線である。常であれば鳥肌が立つような視線であったが、指輪で変身している今は気にならない。
 むしろ、男の視線を一身に集めていることが気持ち良くって仕方がなかった。
 これだけの男達の心を奪っていることに、ある種の快感すら感じていた。

「うふふっ、男の人って本当にバカみたいね。胸や脚ばかり見て、誰も私の正体に気がつかないんだから」

 きっと彼らは普段の私には見向きもしないのだろう。
 指輪で造られた偽物の姿に騙される彼らの愚かしさは、いっそ愛おしくすら感じる。
 目が合った男達に嫣然と微笑みかけ、魅了しながら歩いていると、ふと背後に不穏な気配を感じた。

「あら・・・ゲスな男性はどこにでもいるのね」

 さりげなく手鏡で映して背後を確認すると、二人の男が後をつけてきていた。
 情欲に歪んだ彼らの顔を見て、私は呆れかえって笑ってしまった。

「悪い人達ね。きっと女性を自分の都合のいいオモチャとしか思っていないんだわ。ああいう悪い男はお仕置きしてあげないと」

 私はペロリと赤い唇を舐めて、わざと大通りを外れて人気のない道へと足を踏み入れた。
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