169 / 317
幕間 王都武術大会
4.黒獅子の牙
しおりを挟む
side バロン・スフィンクス
「まったく、なんと腹だたしいことか!」
王都武術大会本戦1回戦を終えた私は、憤然と踵を鳴らして王都を歩いていた。
試合結果は勝利。それも相手をまるで寄せ付けない、圧勝であった。
にもかかわらず、私の胸にはムカムカとした苛立ちが宿っており、処理しきれない感情を持てあまして奥歯を噛みしめていた。
「なにが田舎貴族だ! 軟弱貴族のぶんざいで私のナームを馬鹿にしおって!」
対戦相手は中央貴族の、セイバールーン流とかいう流派の槍使いであった。
試合中はさんざん偉そうなことを話していたが、立派なのは口上と装備だけではっきり言って雑魚だった。
おまけに対戦相手の男は、試合中に西方辺境の貴族であるスフィンクス家を侮辱するようなことまで口にしており、その中傷の対象には妹のナームまで含まれていた。
侮辱のお返しとばかりにボロ雑巾のように畳んでやったが、それでも腹の虫は収まることなく、まだ胸に怒りの炎が燃え盛っていた。
「まったく、王都にナームが来る前でよかった! あんな汚い言葉は可愛いあの子の耳には入れられぬ!」
いまから数日後、西方辺境から妹のナームと、私の婚約者であるネフィという娘が王都にやって来ることになっていた。
彼らの目的は、私を応援することである。本当は武術大会が始まる前に来られるはずだったのだが、街道が崖崩れでふさがれてしまったため、到着にはまだかかるとのことである。
「口先だけの三下が負け犬のようにキャンキャンと咆えおって! ああ、鬱陶しい!」
私の怒りを見てか、道行く人々はこちらを避けて遠巻きに歩いている。
明らかな怯えを表情に出す彼らの顔を見て、私はわずかに冷静さを取り戻す。
「む、いかんな。貴族たるもの悪戯に平民を威圧してはならぬ」
己の感情を律するように両手で頬を叩き、私は大通りから外れて裏道へと入った。
人気のない裏道であれば誰に気を遣うこともなく、ついでに私が下宿としている屋敷への近道にもなる。
しかし、しばらく裏道を行くうちに不穏な気配を感じ取った。
「誰ぞ。隠れているのならば出て来い」
私が静かな口調で告げると、やがて物陰から複数の陰が現れた。
前方に二人。背後に三人。覆面で顔を隠した男達はいずれも剣や槍で武装しており、殺気をたぎらせた目でこちらを睨んでいる。
「バロン・スフィンクスだな」
「いかにも」
確認というよりも断定するような詰問に、私は短く答えた。
明らかな敵を前にした事で腹の内の怒りはひとまず収まった。その点については、目の前のならず者どもに感謝せねばなるまい。
「お前には武術大会を辞退してもらう。抵抗しなければ骨の1、2本で許してやる」
「笑止」
私は吐き捨てるように言って、剣の柄に手を添える。
「どうして戦わずして敗北できよう。武人の名折れである」
「そうか・・・ならば!」
背後から強い殺気を感じた。
身体をひねって左へ避けると、先ほどまで私がいた場所を槍の穂先が突き抜けた。
「ムンッ!」
「うおおっ!?」
私は槍をつかんでこちらに引き寄せ、そのまま剣を抜いて刺客の一人を斬り捨てる。
「かかれ!」
仲間の一人が斃されたの見て、他の刺客が一斉に襲いかかってくる。
「遅くて、鈍くて・・・そして温いのだよ!」
突き出され、切り裂いてくる刃を剣一本で防いでいく。
わずかでも防御のタイミングを間違えば肉を切られ、骨を断たれるであろう攻撃を順番に捌いていく。
「こいつ・・・なんで当たらねえんだ!」
防戦一方なのはこちらだったが、焦っているのは刺客のほうである。
四人の攻撃を一本の剣で防ぎきっているのだから、あちらからしてみれば魔法でも使っているように見えるのだろう。
「我がスフィンクス家の剣は質実剛健。絶対防御の巌の剣である! 貴様らごときの技で突き崩せるものか!」
かつてディンギル・マクスウェルに破られはしたものの、目の前の刺客は明らかにあの後輩よりも格下である。
斬られるどころか、かすり傷一つ負ってなるものか!
私は焦りから粗雑になっていく刺客の剣を捌きながら、徐々に反撃をしていく。
「くっ・・・馬鹿なあ!」
剣撃の隙間を縫うようにして敵を斬りつけると、攻めているはずなのにダメージを負っている刺客が理不尽を嘆く悲鳴を上げる。
やがて刺客は一人、また一人と倒れていき、残り二人になったところでこちらに背を向けて逃げだした。
「ふんっ、他愛もない!」
追撃はしない。あんなならず者を追い討ったところで、剣が血で汚れるだけだ。
私は倒れている刺客の身体を足で蹴って仰向けにして、顔面を覆っている覆面をはぎ取った。
「ふむ・・・見覚えはない、か」
3人の刺客の顔は記憶にない。
誰かに雇われたのか、それとも・・・
『俺達のような地方貴族が優勝することを、面白くないと思っている奴らは大勢います。戦いというのは戦場だけで行われているものではありませんので、どうぞご注意を』
私の頭の中に、数時間前に後輩からかけられた言葉がよみがえる。
あの生意気な後輩は、ひょっとしたらこの事態を予想していたのだろうか。
「どこまでも気にいらぬな! まったくもって、喰えない男め!」
私は刺客の死体はそのままに、舌打ちを一つかましてから裏通りを後にした。
「まったく、なんと腹だたしいことか!」
王都武術大会本戦1回戦を終えた私は、憤然と踵を鳴らして王都を歩いていた。
試合結果は勝利。それも相手をまるで寄せ付けない、圧勝であった。
にもかかわらず、私の胸にはムカムカとした苛立ちが宿っており、処理しきれない感情を持てあまして奥歯を噛みしめていた。
「なにが田舎貴族だ! 軟弱貴族のぶんざいで私のナームを馬鹿にしおって!」
対戦相手は中央貴族の、セイバールーン流とかいう流派の槍使いであった。
試合中はさんざん偉そうなことを話していたが、立派なのは口上と装備だけではっきり言って雑魚だった。
おまけに対戦相手の男は、試合中に西方辺境の貴族であるスフィンクス家を侮辱するようなことまで口にしており、その中傷の対象には妹のナームまで含まれていた。
侮辱のお返しとばかりにボロ雑巾のように畳んでやったが、それでも腹の虫は収まることなく、まだ胸に怒りの炎が燃え盛っていた。
「まったく、王都にナームが来る前でよかった! あんな汚い言葉は可愛いあの子の耳には入れられぬ!」
いまから数日後、西方辺境から妹のナームと、私の婚約者であるネフィという娘が王都にやって来ることになっていた。
彼らの目的は、私を応援することである。本当は武術大会が始まる前に来られるはずだったのだが、街道が崖崩れでふさがれてしまったため、到着にはまだかかるとのことである。
「口先だけの三下が負け犬のようにキャンキャンと咆えおって! ああ、鬱陶しい!」
私の怒りを見てか、道行く人々はこちらを避けて遠巻きに歩いている。
明らかな怯えを表情に出す彼らの顔を見て、私はわずかに冷静さを取り戻す。
「む、いかんな。貴族たるもの悪戯に平民を威圧してはならぬ」
己の感情を律するように両手で頬を叩き、私は大通りから外れて裏道へと入った。
人気のない裏道であれば誰に気を遣うこともなく、ついでに私が下宿としている屋敷への近道にもなる。
しかし、しばらく裏道を行くうちに不穏な気配を感じ取った。
「誰ぞ。隠れているのならば出て来い」
私が静かな口調で告げると、やがて物陰から複数の陰が現れた。
前方に二人。背後に三人。覆面で顔を隠した男達はいずれも剣や槍で武装しており、殺気をたぎらせた目でこちらを睨んでいる。
「バロン・スフィンクスだな」
「いかにも」
確認というよりも断定するような詰問に、私は短く答えた。
明らかな敵を前にした事で腹の内の怒りはひとまず収まった。その点については、目の前のならず者どもに感謝せねばなるまい。
「お前には武術大会を辞退してもらう。抵抗しなければ骨の1、2本で許してやる」
「笑止」
私は吐き捨てるように言って、剣の柄に手を添える。
「どうして戦わずして敗北できよう。武人の名折れである」
「そうか・・・ならば!」
背後から強い殺気を感じた。
身体をひねって左へ避けると、先ほどまで私がいた場所を槍の穂先が突き抜けた。
「ムンッ!」
「うおおっ!?」
私は槍をつかんでこちらに引き寄せ、そのまま剣を抜いて刺客の一人を斬り捨てる。
「かかれ!」
仲間の一人が斃されたの見て、他の刺客が一斉に襲いかかってくる。
「遅くて、鈍くて・・・そして温いのだよ!」
突き出され、切り裂いてくる刃を剣一本で防いでいく。
わずかでも防御のタイミングを間違えば肉を切られ、骨を断たれるであろう攻撃を順番に捌いていく。
「こいつ・・・なんで当たらねえんだ!」
防戦一方なのはこちらだったが、焦っているのは刺客のほうである。
四人の攻撃を一本の剣で防ぎきっているのだから、あちらからしてみれば魔法でも使っているように見えるのだろう。
「我がスフィンクス家の剣は質実剛健。絶対防御の巌の剣である! 貴様らごときの技で突き崩せるものか!」
かつてディンギル・マクスウェルに破られはしたものの、目の前の刺客は明らかにあの後輩よりも格下である。
斬られるどころか、かすり傷一つ負ってなるものか!
私は焦りから粗雑になっていく刺客の剣を捌きながら、徐々に反撃をしていく。
「くっ・・・馬鹿なあ!」
剣撃の隙間を縫うようにして敵を斬りつけると、攻めているはずなのにダメージを負っている刺客が理不尽を嘆く悲鳴を上げる。
やがて刺客は一人、また一人と倒れていき、残り二人になったところでこちらに背を向けて逃げだした。
「ふんっ、他愛もない!」
追撃はしない。あんなならず者を追い討ったところで、剣が血で汚れるだけだ。
私は倒れている刺客の身体を足で蹴って仰向けにして、顔面を覆っている覆面をはぎ取った。
「ふむ・・・見覚えはない、か」
3人の刺客の顔は記憶にない。
誰かに雇われたのか、それとも・・・
『俺達のような地方貴族が優勝することを、面白くないと思っている奴らは大勢います。戦いというのは戦場だけで行われているものではありませんので、どうぞご注意を』
私の頭の中に、数時間前に後輩からかけられた言葉がよみがえる。
あの生意気な後輩は、ひょっとしたらこの事態を予想していたのだろうか。
「どこまでも気にいらぬな! まったくもって、喰えない男め!」
私は刺客の死体はそのままに、舌打ちを一つかましてから裏通りを後にした。
0
お気に入りに追加
6,111
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています
もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。
使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。