俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第3章 南海冒険編

64.冒険の終わり、不吉の先触れ

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 それから、ガーネット王国に到着するまでの3日間をベッドの上で過ごした。
 気を使ってくれているのか船乗り達も俺達の部屋に近づくことはなく、スーとの最後の航海を存分に楽しむことが出来た。

 そして・・・ガーネット王国にたどり着いた俺は、スーと別れをかわした。
 この3日間で十分にお互いの思いは伝えてある。別れはあっさりとしたもので、港にスーを降ろした船は後ろ髪を引かれることもなく海へと帰っていった。

「1年後、待っていてください」

 すでに声は届かない距離まで船は進んでいる。
 しかし、港で手を振っているスーの唇が何を言っているのか、はっきりとわかった。

「1年後、待ってるぞ」

 俺はぽつりと言葉を返して、軽く手を振った。

 そして、ガーネット王国を後にした船はまっすぐ北へと進路を取り、ランペルージ王国へと到着した。





「・・・と、いうわけなんだよ」

「それで・・・? 他人の武勇伝モテ話を聞かされて、私はどうリアクションすればいいのかしら?」

 俺の話を聞き終えて、ランペルージ王国南方辺境伯サンダーバード家の後継ぎエキドナ・サンダーバードは顔をしかめた。

「なんだよ、せっかく土産話を持ってきてやったのにツレないじゃねえか」

「・・・貴方が新しい女を作って、腰を振ってたって話でしょう? 別に新鮮でもないわね。私がいつ、どこで、どんな男とどんなプレイをしたとか聞きたいかしら?」

「そりゃ・・・気持ち悪りいな」

 俺は唇をひきつらせて、頭を掻いた。

 俺がいるこの場所はサンダーバード家の応接間である。
 船でランペルージ王国南方の港へと帰ってきた俺は、せっかくだからと幼馴染であるエキドナに会いに来ていた。
 エキドナはドレスのスリットから覗く足を組んで、物憂げに溜息をついた。

「それにしても・・・グレイスおば様にお兄さんがいたなんて驚いたわ。千年前に邪神と戦った英雄? 冗談でしょう?」

「冗談とは思えない強さだったけどな。あれほどの男だったら、世界の一つくらい救って見せるだろうよ」

 俺は紅茶の入ったカップを手に取って口を付ける。
 芳醇な茶葉の香りを楽しみながら、ゆっくりと喉に流し込む。

「やはりお茶はこうでないとな・・・」

 ガーネット王国で飲んだコーヒーの味を思い出し、俺は苦々しい顔をする。

「そういえば、グレイスおば様はどうしたのかしら? お会いしたかったのだけど」

「ああ、クソババアだったら、ここの港であっさりと別れたよ。『もう用はないからさっさと帰れ』。あとは親父によろしくってな」

「相変わらずねえ、あの方も。あの逞しさには憧れちゃうわ」

「・・・お前があんなふうになったのなら、絶交だな。もう会うことはあるまい」

「あら、残念。せっかく貴方の子供を産んであげようと思ってたのに」

「・・・そのネタはやめろ」

 ネタじゃないんだけどなあ、などと嘯くエキドナから目を逸らして、俺は壁にかかった大時計に視線を向ける。
 この屋敷についたのが昼過ぎで、すでに夕刻になっている。思っていたよりも長居をしてしまったらしい。

「そろそろ、宿に帰るとしよう。紅茶ごちそうさん」

「泊まっていってもいいわよ? 昨日今日、会ったばかりの他人でもあるまいし」

「・・・さっきの話の流れで泊まれるかよ。カマキリのメスは子供を産んだら、オスを食い殺すんだぜ?」

「私はどちらかというとスズムシとかコオロギじゃないかしら? ベッドの中で綺麗に鳴いて見せるわよ」

 俺は肩をブルリと震わせた。
 オスを食い殺すのは否定しないわけだ。

「喰われないうちに帰らせてもらおう。それじゃあまたな」

「あ、待ちなさいよ」

 椅子から立ち上がって扉に向けて歩こうとする俺だったが、エキドナの指先が俺の服をつまんで引き留める。

「今回の冒険で、マクスウェル家はずいぶんと力を得たようね」

「マクスウェル家が・・・? 何の話だ?」

 俺はしらばっくれて、首を傾げた。

「ガーネット王国から獅子王船団を追い出して、彼らが武器庫に置いていた兵器はどうしたのかしら? 『国滅ぼし』という火薬を使った兵器を、まさかガーネット王国に引き渡したわけではないでしょう?」

「む・・・」

 俺は唇を歪めて押し黙る。

 エキドナの予想は正鵠を得ていた。
 ガーネット王国を救った俺達は、その報酬として獅子王船団から押収した兵器を要求した。
 国王はだいぶ渋ったようだが、宰相がこちら側に立ってくれたこともあり、『国滅ぼし』を始めとした兵器を持ち帰ることに成功していた。

「そうだな。『国滅ぼし』・・・オフクロが言うところの大砲という兵器は、拠点防衛はもちろん、城攻めなんかにも使える有用な武器だ。すでにマクスウェル家へと運ぶ手はずは整っているし、腕の良い鍛治職人を集めて複製をつくるように親父に手紙を送っておいた。これでまた一歩、俺は野望の達成に近づいたわけだ」

「・・・そして、ランペルージ王国は破滅に近づいたということね」

 エキドナは頬に手を当てて、色っぽい仕草で息を吐く。

「まあ、いいわ。サンダーバード家はお金の味方。金持ち喧嘩せずよ。貴方達が王家と敵対することになっても、中立を保ってあげる」

「中立ねえ、味方になってはくれないわけか」

「お金を払ってくれるなら傭兵を貸すわよ?」

「そうかよ、頼もしいねえ」

 俺は唇を歪めて笑い、今度こそ立ち去るべく扉に向かう。

 しかし、俺がドアノブを握るよりも先に扉の方から開いてきた。

「おっと」

「失礼します! エキドナ様、ちょっとよろしいでしょうか!?」

 飛び込むように部屋に入ってきたのは、執事服を着た若い男だった。
 執事はかなり慌てており、走ってきたのか額には汗もにじんでいる。

「来客中よ。控えなさい」

「それが・・・火急の用件でして」

「仕方がないわねえ」

 エキドナはこちらに黙礼をして、執事を手招きする。
 執事は俺を一瞥して、エキドナの耳元に唇を寄せて何事かをささやく。

「・・・そう、お父様にはすぐに行くと伝えなさい。下がっていいわ」

「はい・・・失礼しました」

「忙しそうだな。俺は明日にはマクスウェル家に帰るから、何かあったら連絡してくれ」

 執事が扉から出ていくのを見送り、俺はエキドナに言う。
 しかし、エキドナは首を振り、紅を塗った唇を指先でなぞる。

「貴方にも関係のある話よ。ここで聞いていきなさい」

「あ? なんだよ」

 俺がわずかに眉をしかめて尋ねると、エキドナはうんざりしたような眼差しを外へと向ける。

「西方国境にある、スフィンクス家の要塞が落とされたわ。恐怖の軍勢がこの国に流れ込んでくるわよ」

「ッ・・・!」

 俺はエキドナの視線を追って、窓の向こうに目を向ける。

 闇に落ちた空の先、西の方角で新たな戦いが起ころうとしていた。





第3章 南海冒険編 完

第4章 砂漠陰謀編 に続く

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