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第3章 南海冒険編

62.天国のウサギ

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 深い海の底へと流された俺は、薄れゆく意識の中で瞳を開いた。
 太陽の光が届かない深海であったが、巨大なヤドカリ【海王星獣ポセイドン】の頭上に輝く光玉のおかげで先を見通すことができた。

 俺の視線の先、アトランティスと呼ばれた海底都市が崩壊していく。
 邪神に襲撃されてもなお残されていた町は、海水に押しつぶされて海の藻屑に変えられていく。

『ボオオオオオオオオオ』

 海の底に、鯨の鳴き声のような声が響いた。
 深く澄んだその声は【海王星獣】から放たれていた。

 背中の町が壊されて、重荷から解放されたヤドカリが海底を闊歩していく。
 高々とした咆哮は、古代都市から解放されたことに歓喜しているのか、それとも死んでいった町の住人を悼む慟哭の叫びなのか。

 ドレークと同じく千年の時を生きるヤドカリは、頭上の光玉を揺らしながら何処かへと消えていった。

「かはっ・・・」

【海王星獣】の姿を見送るのと同時に、俺の肺に残されていた最後の空気が口から逃げていく。
 目の前が真っ白に染まり、俺の意識は完全に消失した。





「うぐっ・・・ここは・・・?」

「あ、ご主人様。目を覚ましましたか?」

「スー、か・・・俺は生きてるのか?」

 俺が目を覚ますと、目の前にスーの顔があった。
 頭の後ろには柔らかな感触。どうやら俺はスーに膝枕をされているようだ。
 首を巡らして部屋の様子を確認すると、ここは俺が寝泊まりしている船の船室。そのベッドの上だった。
 色々と確認をしなければならないことはあるが・・・とりあえず、今の状況を楽しむことにした。

「あー・・・やっぱり、死んでるかも。この感触はたまらねえ・・・」

 俺はスリスリと太ももに頬ずりをして、心地良い膝枕の感触を存分に堪能する。

「ええっ!? ご主人様は生きてますよ! 死んでませんよ!?」

「いや、冗談だから本気にするなよ・・・・・・・って、はあっ!?」

 俺はベッドから身体を起こしてスーの全身像を見やり、思わず叫んだ。

 ベッドの上にちょこんと腰かけていたのは、一匹のウサギだった。

 スーの身体を包み込んでいるのは、水着のように煽情的なデザインのバニースーツである。ご丁寧に足は網タイツまで履いており、青みがかった色合いの頭に乗っているのはウサギの耳だ。
 スーツのサイズが小さいのか、ムチッとした豊満な乳房が服の繊維をピチピチに押し上げている。

「や、やはり死んでいたか・・・ここは天国だったのか・・・」

「ええっ、ご主人様!? しっかりしてください~!!」

 思わず意識が遠のいて昇天しかけてしまう俺であったが、スーが俺の肩をつかんでガクガクと揺さぶって現世へと呼び戻す。
 俺の身体を揺さぶったことでスーの身体も前後左右に揺れて、胸元がすごいことになっている。こんな光景を見せられたら気絶している場合ではなかった。

「う、おおっ・・・わかった。大丈夫だからな!」

「もうっ! 驚かせないでくださいよ!」

「そのセリフはそっくりそのまま返したいんだが・・・その服は何だよ。どこで手に入れた?」

 俺は改めてスーの姿を鑑賞しながら尋ねた。
 バニースーツなんてそこらに転がっているものではない。この海の真ん中で、どうやって手に入れたというのだろうか。
 スーは恥ずかしそうに頬を染めながら、可愛らしく首を傾げる。

「似合ってなかったですか? ご主人様のお母様、グレイスさんにいただいたのですが・・・」

「いや、凄まじく似合ってはいるが・・・・・・って、オフクロに?」

「はい、旦那様から送られたプレゼントらしいんですけど、サイズが合わなかったので私にと・・・」

「その情報は知りたくなかった!」

 何をやってるのだ、あのバカップル夫婦は!
 いい年をこいて、嫁にバニースーツをプレゼントするんじゃない!

 思わず叫び出しそうになるのを必死に堪えて、俺は首を振って頭を切り替える。

「悪いな、取り乱した。それで・・・俺はどうして助かったんだ?」

 あのまま溺れ死ぬことを覚悟していたのだが、誰が船に引き上げてくれたのだろうか。
 俺の疑問に、スーはコクリと頷いた。

「さっきお友達になったクジラさんにお願いして、溺れていたご主人様を引き上げてもらったんですよ」

「そうだったのか・・・お前を連れてきて本当に良かったよ」

「危なかったんですよ? ご主人様ってば息をしていなくて、グレイス様が人工呼吸をしてくれなかったら・・・」

「その情報も知りたくなかったああああああっ!」

 俺は頭を抱えて、床にうずくまった。
 実の母親・・・それもあのクソババアに人工呼吸をされるとか、どんな拷問だ!
 息子の救命措置をするとか、お前のキャラじゃないだろうが!

「わかった・・・もういい、もう何を言わなくていい。生きてるならそれでいい・・・」

「きゃっ」

 俺は全てを振り払うようにベッドに座るスーの胸元に抱きつき、ふっくらとした双丘に顔を埋める。
 スーは目を白黒とさせながらも、俺が落ち込んでいるのを見て頭を撫でてくれる。

「あー・・・ようやく終わった。今回はマジで疲れたぜ・・・」

 母性的な感触を味わいながら、俺は感慨深げにつぶやいた。
 バアル帝国の港でグレイスに拉致されて、海賊の抗争に巻き込まれて。
 サファイア王国で港町を守るために戦い。
 ガーネット王国の王都をめぐって、キャプテン・ドレークとの戦い。
 極めつけは、海底の古代都市での真昼の決闘だ。

 もう3ヵ月もマクスウェル家に帰っていない。
 思い返してみれば、ずいぶんと長い旅行になってしまったものである。

「もう帰ろう。ランペルージ王国に。マクスウェル辺境伯領に。そんでもって、一月は働かずにグダグダと怠けてやる。朝から晩までベッドの上で過ごして、隣には愛人を侍らせてやる・・・」

「楽しそうですね、そんな生活も」

「ああ、きっと楽しいぞ。お前もいればなおさらな」

「・・・・・・」

 俺の言葉に、スーが黙り込む。
 彼女の胸から頭を上げてスーの顔を見ると、健康的に日焼けした顔にはどこか思いつめた表情が浮かんでいた。

「スー、どうかしたか?」

「ご主人様、私は・・・」

 俺に促されて、スーが重々しく口を開いた。
 金色の瞳の端には大きな涙の粒が浮かんでいる。

「私は、ガーネット王国に帰ろうと思います。ご主人様とはこの航海でお別れです」
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