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第3章 南海冒険編

59.英雄と英雄

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 二本の剣が火花を散らして激突する。
 手負いとはいえ、相手は救世の英雄である。始めから手加減などするつもりはなかった。
 全身全霊を込めた一撃であったが、ドレークはそれを正面から受け止める。

「はあああああああッ!!」

「シャアアアアアアッ!!」

 咆哮のような叫びを上げて、俺は二度、三度と立て続けに剣を振るう。
 激しい剣戟の音が耳を打ち、鼓膜を激しく震わせた。

 あるときは力任せに押し込み。あるときは技巧を交えて搦め手をとる。
 攻めているのは俺であったが、わずかな隙をついてはドレークの剣がこちらの身体をかすめていく。

 一瞬たりとも油断の出来ない、激しい攻防が巻き起こった。

「チッ・・・厄介極まるぜ!」

 舌打ちをひとつかまして、俺はバックステップで後退する。

 今のドレークには、ガーネット王国で戦ったときのような怪物じみた力はない。
    おそらく、【無敵鉄鋼】で斬られた傷が大きく力を削ぎ落しているのだろう。

 しかし、千年も生き続けた英雄の実戦経験は馬鹿にできるものではない。
 忌々しいことであったが、純粋な剣技を比べるのであれば、ドレークは俺よりも遥か先を歩いていた。

「どうした、こちらは怪我人だぞ! お前の力はそんなものかよ!」

「好き勝手に咆えやがって! 調子に乗ってんじゃねえ!」

 右腕の腕輪が激しい銀光を放ち、鎧のように俺の身体を覆った。
【豪腕英傑】によるブーストである。身体の奥底から力が込み上げてきて、自分が獅子にでも化けたような錯覚を覚える。

「反則とか言ってくれるなよ? 使えるものは全部、使うさ」

「おう、もちろんだ。それが戦だからな」

 ドレークは頷き、「しかし」と言葉を続ける。

「ちょっと光ったくらいで、この差が埋まるものかよ!」

「ッ・・・!?」

 ドレークの姿がかき消えて、次の瞬間には俺のすぐ目の前に現れた。
 ゾッとするほど近くに、口に笑みを浮かべた怪物の顔がある。

「はあッ!」

「ぐうっ・・・!?」

 これまで守勢に立っていたドレークが攻めに打って出てきた。
 神が乗り移ったかのように剣が舞い、俺の身体を斬りつけてくる。

「惜しいなあ、本当に惜しいぞおっ! 我が愛しい死神よ! もっと私を楽しませろ! もっと私に死を感じさせてくれ!」

「だから、勝手なことを・・・!」

 コインの裏表がひっくり返るように攻防が逆転する。今度は俺が受けに回る番だった。

 力と速さは魔具の力でブーストした俺が圧倒している。しかし、ドレークの技はあまりにも巧みであった。
 俺は持てる全ての技を駆使して防御するが、ドレークの剣は蛇のように防御をすり抜けてこちらを切り裂いていく。
 数秒、数十秒と経過するうちに俺の身体に無数の傷がついて、血しぶきが聖堂の壁に飛ぶ。
【豪腕英傑】の再生能力がなければ、とっくに失血で倒れていただろう。

「ぐッ・・・このっ・・・!」

 このままでは不味い。流れを変えなくては。

「はあああああああッ!!」

「ぐおおッ!?」


 わずかに攻めが緩んだ一瞬を見計らい、俺は防御を捨てて斬り込んだ。
 俺の剣がドレークを逆袈裟に切り裂いた。代償としてこちらも腹部を深々と斬られてしまったが、【豪腕英傑】のおかげですぐに治癒する。

「くっ・・・くくっ、やってくれるよなあ!」

 ドレークは胸から血を流しながら後退する。
 顔には相変わらず不敵な笑みが浮かんでおり、戦意はまるで衰えていないようである。

「追い詰められりゃあ、ネズミだってネコに噛みつくってことだな。油断してんじゃねえぞ」

「油断などするものかよお! こっちは回復できないしな!」

 ドレークは斬られた傷口を指先でなぞり、皮肉そうに唇の端を釣り上げた。
 こちらは【豪腕英傑】の力によって傷を治すことが出来るが、ドレークのほうは魔法を打ち消す【無敵鉄鋼】のせいで治癒することが出来ない。
 消耗戦になれば有利なのはこちらであった。

「チッ・・・武器の差があってようやく勝てるってか? 我ながらみっともないぜ!」

 俺は忌々しげに吐き捨てた。
 このまま戦えば、使用している武器の差で勝利することができるだろう。
 しかし、それは剣士としての勝利ではなく、二つの魔具を偶然に手にしていたという幸運による勝利だ。
 ラッキーパンチがなければ目の前の男に縋りつくこともできない、そんな力の差を思い知ってしまい、自然と表情が苦々しくなってしまう。

「そんなに落ち込むこともないんじゃねえか? 運も実力のうちだろうが」

「敵にフォローされてもな・・・」

 ドレークの励ましに、俺は深く溜息をついた。
 やや意気消沈した俺に、ドレークはゆっくりと首を振った。

「本気で言ってるんだよ。正直、感心しているんだぜ? 千年前、お前と同じ年のときに戦っていたら負けていたのはこっちだろうよ。年の功で若者を苛めてるんだから、こっちだって褒められたもんじゃねえ」

 ドレークは剣を軽く振って血を払い、肩をすくめた。

「私がその剣を使いこなせるようになったのは二十代の後半の時だ。その若さで神を殺すことができる至上の魔剣を使いこなせるんだから、立派なもんじゃねえか」

「えらく褒めてくれるじゃねえか。ツンデレかよ」

「ようやく自分を殺してくれる死神に巡り合えたんだ。世辞の一つも言ってやるさ」

 ドレークは愉快そうに肩を震わしながら笑う。
 殺し合いの最中とは思えない和やかな空気が聖堂を包み、穏やかな時間が流れた。

「惜しむべくは、そっちの腕輪を使いこなせていないことだな。その腕輪の真価はそんなもんじゃねえぞ」

「あ? 【豪腕英傑】が?」

「おう、その腕輪はかつて、俺の相棒だった男が使っていたものだ。あいつはもっと上手く、それの力を引き出していたぜ?」

 小馬鹿にするようなドレークの言葉に、俺は眉をひそめた。
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