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第3章 南海冒険編

52.純白の彼女

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 激闘の末にキャプテン・ドレークをガーネット王国から撃退して数日後。
 この国を植民地にしていた獅子王国が他の海賊に襲撃されて滅亡したという知らせが届いた。

 ドレークという大将を失い、さらには本国の滅亡の知らせを聞いたことで、この国を支配していた獅子王船団の海賊達は大きく動揺した。
 反対に支配されていたガーネット王国の残党は水を得た魚のように息を吹き返すことになり、獅子王船団への反撃が始まった。
 国王や宰相などの首脳陣が生き残っていたこともあり、ガーネット王国は獅子王国の支配から脱却して独立を取り戻したのであった。

「それで、ディンギル様。あのドレークという男が言っていたアトランティスという場所には行かれるおつもりですか?」

「行くわけないだろ、そんなトコ」

 サクヤの言葉に、俺は迷うことなく断言した。
 俺達がいる場所はガーネット王国の王宮の一室である。
 この国を支配していたドレークを追い払った手柄により、俺達は国賓として王宮へと招かれていた。
 本当はサファイア王国のときと同じように逃げ出したかったのだが、とある事情によりこの国への滞在を余儀なくされていた。

「うげっ、南国産の茶葉ってのは変わった味がするんだな。色も黒いし、やけにクセがありやがる」

 サクヤが淹れてくれたお茶を一口飲んで、俺は表情を歪めた。
 よく人から意外だと言われるのだが、俺は紅茶をたしなむことを趣味にしている。
 有名な産地の茶葉であれば一口で言い当てることが出来るのだが、このお茶は一度も飲んだことがないものだった。

「ディンギル様、これは『コーヒー』といって、葉っぱではなく豆から淹れたお茶なのですよ」

「豆!? 大豆とかの豆か!?」

 俺はカップから口を離して、中の液体を恐々と見る。
 こーひーなどという飲み物は聞いたこともない。どうやったら固い穀物である豆からこんな黒い液体が生まれるというのだ。

「南国産の豆か・・・。ランペルージ王国には流通してないし、こっちに住んでた頃にも飲んだことはないな。苦いし、黒いし、豆って言われると気持ち悪くなってきた」

「コーヒー豆を作るのにはずいぶんと手間がかかるようですからね。海賊に育てられたディンギル様が知らないのも無理はないかと」

 そもそも、母親であるグレイスなどは水の代わりに酒を飲んでいるような女である。
 他の海賊達も似たり寄ったりで、優雅なティータイムなどとは無縁な連中だった。

「それで話を戻しますが、あのドレークという男を放っておいてよろしいのでしょうか?」

 改めて聞いてくるサクヤに、俺はティーカップを机の端に遠ざけながら答える。

「どうかね、あの男が生きている保証なんてないからな。あれだけの傷だ。普通に考えたらどこかで野垂れ死んでいるだろ」

 ドレークは【無敵鉄鋼】によって深手を負わされていた。あれだけの傷、あれほどの流血はとうてい助かるものではない。
 あの場を逃げ出すことが出来たことすら奇跡なのだ。まだ生きているとは考えにくかった。

「そもそも、俺はアトランティスなんて場所は聞いたこともないからな。待つとか言われても、行きようがないっての」

 そう。仮にドレークが生きていたとしても、俺はあの男が言っていた『アトランティス』という地名に全く聞き覚えがないのだ。
 船乗りにも尋ねてみたが、みんな揃って首を傾げるばかり。
 場所がわからなければ、最初から行きようがなかった。

「どうせ俺達はすぐにマクスウェル領に戻るからな。あれが生きていようが、死んでいようが、もう会うことはないだろうよ」

「・・・まあ、そうですね」

「この国も順調に復興に向かっているようだし、もう用事は済んだな。スーの答えを聞いたら出発するとしよう」

「スーは・・・どうするでしょうか」

 そんな会話をしていると、部屋の扉が開いて一人の少女が現れた。
 少女は清潔感のある純白のドレスを身に纏い、背中には青みがかった黒髪を流している。
 首には青い宝石があしらわれたネックレスを付けており、見るからに良家のお嬢様のような姿をしている。

「ご主人様、サクヤさん、こちらにいらしたんですね」

 にっこりと笑い弾むような声で言ってきたのは、まさに話題になっていた奴隷少女のスーであった。
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