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第3章 南海冒険編

47.堕ちたる男

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 宮殿の裏口へとたどり着いた俺達は、門番の兵士が無言で開いた扉をくぐった。
 壁にかけられた松明の明かりの下、スーの案内を頼りにして宮殿の奥へと進んでいく。
 ラウロス宰相が人払いをしていたのか、玉座の間にたどり着く途上で見回りの兵士と遭遇することもなかった。
 そして、玉座の間の入り口にたどり着いた時、扉の向こうから激しい爆音が轟いてきた。

ドオオオオオオオン!

「これは・・・火薬か!」

 俺が先頭に立って扉を開くと、玉座の間には死屍累々とした光景が広がっていた。

「ちっ・・・、やっぱりこいつらじゃ無理だったか」

 玉座の間のあちこちに人間の死骸が転がっていた。
 刃物で切り裂かれた彼らの顔には見覚えがある。ラウロスの屋敷で遭遇した殺し屋達であった。

「がっ・・・く、そが・・・!」

「ディンギル様、生存者がいます」

「ああ」

 サクヤに言われて、俺は壁際に倒れている男のそばへと歩み寄る。
 壁を背にして倒れていたのはジャック・ザ・ボマーと名乗っていた、火薬を武器として戦う殺し屋だった。

「ジャック。しくじったみたいだな」

「・・・ああ、アンタか。ははっ、ざまあねえだろ」

 ジャックは顔を上げて俺のことを見る。しかし、その瞳に光はなかった。
 胸を袈裟懸けに切り裂かれた傷は明らかに致命傷である。おそらくだが、もう眼も見えていないだろう。

「殺し屋の最期なんて、こんなもんだ・・・。笑ってくれよ」

「戦って死んでいくやつを笑うほど堕ちちゃいない。言い残すことがあれば聞くが?」

「ねーよ・・・いや、一つだけあったな」

 がはっ、とジャックは血を吐いて、最後の力を振り絞るように俺の胸元をつかんだ。

「逃げろ。あいつは化け物だ。切っても、爆破しても、死にゃあしない・・・あいつには、勝てない・・・」

 そう言い残して、ジャック・ザ・ボマーと呼ばれる殺し屋は息絶えた。

「・・・・・・」

 俺は胸元をつかむジャックの手をゆっくりと離して、立ち上がって部屋の奥へと目を向けた。
 そこには一人の男が立っていて、倒れた殺し屋の背中に剣を突き刺している。

「わざわざ待っていてくれるとは有り難いな。噂よりも優しいじゃないか」

「最後の別れを邪魔するほど、野暮ではない。歓迎しよう。よくぞ私を殺しに来てくれた、夜半の客人よ!」

 立っているのは、浅黒く日焼けした美丈夫であった。
 いかにも海の男といわんばかりに精悍な顔立ちをした男であったが、纏っている空気は獣のように狂暴である。
 うかつに寄らば、斬られるどころか喰いちぎられそうな気さえしてしまうほどである。
 男は黒い瞳でまっすぐとこちらを見据えて、不思議そうに首を傾げた。

「ふむ、異なことだ。初めて会った気がしないな、少年」

「少年呼ばわりされる年じゃあない。だが、同感だな・・・」

 名を聞くまでもなくわかる。この男がキャプテン・ドレークに違いない。
 屍の山に囲まれて堂々と立つその男は、まるで子供の頃に会った親戚と再会したような懐かしさがあった。
 その奇妙な感覚を味わっているのはドレークも同じらしく、しばし俺達は無言で見つめあった。

「さて・・・色々と聞きたいことはあるが、まずはこれだけは聞いておかなければいけないな」

 数分の睨み合い、あるいは見つめ合いの後、最初に口を開いたのは俺の方である。

「どうして修道院を潰すような真似をした? ましてや、シスター達を無残に殺すようなことをどんな目的で仕出かしやがった?」

「・・・・・!」

 その質問に、俺の背後でスーが息をのむ気配がした。それでも、事前に注意していたように声を発することも前に出ることもしない。

「ん? あの修道院のことか?」

 ドレークは不思議そうに目を丸くした。どうしてそんなことを気にしているのかわからない、といった顔である。

「あそこには宰相殿の娘がいると聞いていたからな。まあ、ほんのお遊びだ」

「遊び・・・だと?」

「うむ」

 ドレークは何でもないことのように頷いた。

「悠久に続く生の地獄に閉じ込められて幾星霜。どれほど美味い料理を食っても、どれほど良い女を抱いても、もはや私の心は何も感じない。私が生を実感するのは、人をいたぶり、神への冒涜を働くときだけだ」

 理解不明な説明が呪文のように朗々と語られる。
 それを口に出すドレークは、まるで官能的な詩歌でも詠んでいるかのように恍惚とした表情をしている。

「修道女の虐殺。それは神に対する最大の挑戦であり、侮辱であろう? あの賢しい宰相殿がどこまで怒りを堪えられるか試すのも痛快だったし、なによりもアレのおかげでお前達が来てくれたではないか」

 ドレークは両手を広げ、玉座の間に横たわる骸の群れを見渡した。

「私の生を終わらせるために、こんなに多くの者が集まってくれた! まるで誕生日のように喜ばしいことだ! 彼らに力が足りなかったのは惜しいことだが、本当に愉快な遊びであったよ」

「そうかよ・・・・・・だったら死んどけ」

 俺は足元に転がっていたナイフを拾い上げ、間髪入れずドレークに投げつけた。
 ナイフは吸い込まれるようにしてドレークの胸元に突き刺さり、赤い血の花を散らせた。
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