俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第3章 南海冒険編

44.闇夜の密談

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 その日の夜。俺は老人から指定された屋敷を訪れた。
 町の郊外にある屋敷は明かりが落とされて静まり返っており、一見して誰かがいるようには思えない。
 スーとサクヤは先に船へと帰しており、何かあったら自分に構わず港から逃げるよう指示を出している。

 俺は老人に指示されたように、裏口の扉を5回叩いた。

「お待ちしておりました。こちらにどうぞ」

 扉を開けて出てきたのは昼間の老人で、今は執事服を身に着けていた。
 ランプを手に下げた老人の背中に続いて、暗い屋敷の中を進んでいく。

「えらく暗いじゃないか。葬式でもやってるのかよ?」

「お静かに。ご説明は旦那様がいたします」

「はいはい」

 軽口をたしなめる老人に肩をすくめて返し、俺は屋敷の廊下を観察する。
 廊下には絵画やツボが飾ってあるが、ランプの明かりごしにもわかるほど埃が積もっている。
 何年も使われていなかったであろう屋敷であり、人が住んでいるのも微妙なところだ。

(だからこそ密会の場所に選んだんだろうがな)

「こちらの部屋でお待ちください。じきに旦那様が参ります」

「ん、ご苦労」

 部屋に足を踏み入れると、すでに部屋には何人かの人影があった。
 俺に集まった視線に軽く手を上げて答える。

「よお、こんばんは」

「・・・・・・」

「ばんわー」

 部屋にいる者達の多くは沈黙で返してくる。
 挨拶を返してきたのは、口に煙草をくわえた若い男だけである。
 男は左手をポケットに入れたまま、右手だけで器用にマッチをすって煙草に火を点ける。

「愛想のない奴らだろ? 殺し屋ってやつは根暗ばっかりなのかねー」

「殺し屋? こいつら、全員か?」

「ありゃ、アンタもそうじゃねえの?」

 男は意外そうに言って、こちらに手を差し出してきた。

「俺の名はジャック。短い付き合いになると思うけど、よろしく頼むぜ」

「・・・・・・」

 俺は差し出された右手を見つめ、鼻を鳴らす。
 男の手。それもこんな臭い手を握り返す気にはなれなかった。

「握手してほしけりゃ、その火薬臭い手を洗ってくるんだな。さっきから随分と臭うぞ?」

「へえ・・・いい勘してるじゃねえの」

 男はポケットから左手を出した。
 男の左手には手のひらサイズの陶器が握られていて、頭部からは導火線が突き出ている。

「焙烙玉か。物騒なモンを持ち歩きやがって」

「ははっ、古くせえ言い方するなあ。今時は炸裂弾っていうんだぜ?」

 男は笑いながら両手で火薬玉をお手玉する。
 タバコの火が落ちたら爆発というスリルの中で、男は平然と火薬玉を玩具にしていた。

「改めて自己紹介するが、俺はジャック。裏社会ではジャック・ザ・ボマーの名前で通っている」

「ディンギル。一応、海賊ってことになってる」

 俺達が自己紹介を交わすと、そのタイミングで部屋の扉が入って身なりの良いスーツの男性が入ってきた。
 50手前くらいの年齢の男は、物騒な空気をまとった者達を順繰りに見て、厳かに口を開いた。

「集まっていただいて感謝する。私がガーネット王国で宰相をしているラウロスという者だ」

「知ってるぜえ、売国奴のラウロスさんだろ?」

 ジャックが揶揄からかうように言った。
 ラウロスはジャックを一瞥するが、何も言うことはなく本題に入る。

「仲介人から聞いているとは思うが、君達に依頼をしたいのは獅子王国からこの国に派遣された総督、キャプテン・ドレークの暗殺だ」

「・・・・・・」

「ここにいるのはいずれも裏社会で名の通った殺し屋か、あるいは傭兵、その道の達人ばかりだ。どうか、あの忌まわしい怪物の首をとってきて欲しい」

「報酬はいかほどだ?」

 それまで無言を通していた殺し屋の一人が尋ねた。
 ラウロスは黒ずくめの男に目を向けて頷く。

「全てだ」

「む?」

「私が持つもの全て。財産も、地位も、名誉も、私が払える物は望むだけ渡そう」

「へえ、だったら『娘さんを僕に下さい!』とか言ったら婿にしてくれんの? 俺みたいなならず者を息子と呼んでくれるのかよ?」

 小馬鹿にするようにジャックが言うが、ラウロスは動じることはなく淡々と返す。

「私に娘はいない。何年か前に修道院に入れていて、その修道院もドレークが潰してしまったからな。修道女は一人残らず皆殺しになった」

「あー・・・」

 何事もないかのように語られた凄惨な事情に、さすがのジャックも気まずそうに口をつぐんでボリボリと頭を掻く。
 黙り込んでしまったジャックの代わりに、俺が口を開いた。

「娘の仇討ち、ということか? 一度は国を売った男が危ない博打をするんだな」

「仇討ちなどと大それたことを言う気はない。私は娘を捨てた男。それどころか、変わり果てた修道女達の骸を見ても、どれが自分の娘かわからなかった最低の父親だからな」

 ラウロスは自嘲気味に言って、初めて感情がこもった目で俺を見る。

「君が彼女達の遺体を弔ってくれたことは聞いている。娘に代わって礼を言う」

「そんなに大事な娘だったら、アンタが供養してやればよかったんじゃないか? どうしてあのまま放置していた?」

 俺は目を細めて、ラウロスを睨みつけた。
 ラウロスは悲し気に首を振って目を伏せる。

「私は表向き、ドレークの配下ということになっているからな。あの男の命令には逆らえない」

「娘の死体を鳥のエサにする理由にはならないと思うけどな」

「・・・その通りだ。何とでも言いたまえ」

 黙り込んでしまったラウロスを見て俺は溜息をつき、窓の外へと視線を向けた。
 雲に覆われた夜空は星も月も見ることはできず、俺は沈んだ気分をさらに暗くするのだった。
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