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第3章 南海冒険編
41.変わらない町、変わり果てた人
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南洋諸島の東方にある小国・ガーネット王国。
大陸東部にある煌王朝とも交流を持つこの国は、南洋諸島独自の南方文化に加えて東国の文化も生活に取り入れている。
港の町並みには、南方の文字に混じって「煌字」と呼ばれる煌王朝独自の文字が描かれた看板やのぼりが立っている。
服装もまた独特で、胸と腰しか隠していない露出過多の女性がいるかと思えば、やたら裾の長い羽織を着てほとんど肌を出していない男もいる。
「へえ、同じ港町だけどブルートスとはまた違った風景だな。これはこれで面白いんだが・・・妙だな」
船を港につけて町を見下ろしながら、俺はいぶかし気に目を細めた。
敵国に滅ぼされて植民地にされているわりに、港から見える光景には活気があった。
敗戦国独自のしみったれた空気は見えず、人々の雰囲気も穏やかである。
港周辺の建物に戦火の痕がなければ、入る港を間違えてしまったかと思ってしまったに違いない。
「とりあえずは情報収集ですね。お先に失礼します」
「ああ、気をつけてな」
サクヤが一足早く、船から降りて人波の中に消えていく。
メイド服姿の少女を見送り、俺もスーを後ろに伴って船から降りた。
「拍子抜けするほどあっさりと港に入れたが・・・どうするかね。スーはこのあたりの案内とかできるのか?」
「ええと、この町の修道院に預けられていたので、大きな建物の場所くらいならわかります。繁華街の方には足を踏み入れたことはないのですが・・・」
「そうか。だったらとりあえず、お前がいた修道院とやらに顔を出しておくか。どうなってるのか気になるよな?」
「は、はい! ありがとうございます!」
誰か会いたい人間でもいるのか、スーがぱあっと表情を輝かせた。
俺は苦笑をしながら町へと足を踏み入れる。
ウキウキとした様子で俺の前を歩いていくスーであったが、ガーネット王国に到着した以上、もう俺と行動する必要はないことに気がついているのだろうか?
俺達の後ろでは、スーと一緒に奴隷になっていた子供達が嬉々として船から降りている。
中には涙を流している子供もいて、船乗りの制止を振り切るようにして町中へ走っていく者までいた。
「ご主人様! こちらですっ! こっちの道を通ると近道ですよ!」
「わかったわかった。あまり俺から離れるなよ!」
ここが敵地であることをすっかり忘れて駆けていく少女の背中を追って、俺は足を速めて小走りになった。
30分ほど町を進んでいくと、閑静な住宅地へと足を踏み入れた。
活気のある港の風景とは打って変わり、町の空気は落ち着いたものに変わっている。
俺はスーの背中を追いかけて、建物の間をすり抜けるようにして進んでいく。
「あれ・・・?」
「ん? どうした、道に迷ったか?」
スーの足がぴたりと止まった。後ろを歩いていた俺も一緒になって停止し、スーの背中に声を投げかける。
振り返ったスーは、なぜか表情をくしゃりと歪めて泣きそうな顔をしていた。
「あの、ご主人様。その・・・修道院がありません」
「はあ?」
「ここにあったはずなんですけど・・・お引越ししたのでしょうか?」
戸惑った声を上げるスーの視線を追うと、住宅街の一角に空き地となっている場所があった。
空き地のあちこちには家屋の残骸である石や木材が落ちている。どうやら、つい最近までここに建物が立っていたのは間違いないようだ。
「あ、あれ・・・どうしたのでしょう、みんな、どこに行ってしまったのでしょう? マザーメアリは? シスターレイナは? 他のみんなは? え、えっ・・・?」
「落ち着けよ、スー」
俺は困惑の声を漏らすスーの身体を胸に抱いて、なだめるように青みがかった黒髪を撫でる。
スーは服にシワがつくほど俺の胸元を握り締め、小刻みに震えている。
俺は目を細めて周囲を観察して、ふと奇妙なことに気がついた。町の住民がこの辺りだけいなくなっているのだ。
住宅地に入ってから多くの人とすれ違ってきたが、修道院があったであろうこの区画だけ不自然に人の姿が消えていた。
ときおり遠くに人が歩いているのが見えるが、まるで忌まわしいものを避けるようにしてこちらから目を背けている。
「・・・・・・この匂いは」
俺はふと、風に乗って流れてきた嫌な匂いに表情を険しくした。
「ご主人様?」
「・・・・・・」
スーの声に応えることなく、俺は彼女の両肩を叩いて身体から離した。
匂いを追って、住宅地をさらに奥へと進んでいく。
住宅地を進むにつれて、閑散としていた街並みからはさらに人の気配が消えていった。
「これは・・・」
そして、角を曲がっていった先で俺はそれを目の当たりにした。
「あ、ああっ・・・そんなっ・・・!」
スーが崩れ落ちて地面に膝をつく。
住宅地の奥にある広場にさらされていたのは、磔にされて息絶えた修道女達の死体であった。
大陸東部にある煌王朝とも交流を持つこの国は、南洋諸島独自の南方文化に加えて東国の文化も生活に取り入れている。
港の町並みには、南方の文字に混じって「煌字」と呼ばれる煌王朝独自の文字が描かれた看板やのぼりが立っている。
服装もまた独特で、胸と腰しか隠していない露出過多の女性がいるかと思えば、やたら裾の長い羽織を着てほとんど肌を出していない男もいる。
「へえ、同じ港町だけどブルートスとはまた違った風景だな。これはこれで面白いんだが・・・妙だな」
船を港につけて町を見下ろしながら、俺はいぶかし気に目を細めた。
敵国に滅ぼされて植民地にされているわりに、港から見える光景には活気があった。
敗戦国独自のしみったれた空気は見えず、人々の雰囲気も穏やかである。
港周辺の建物に戦火の痕がなければ、入る港を間違えてしまったかと思ってしまったに違いない。
「とりあえずは情報収集ですね。お先に失礼します」
「ああ、気をつけてな」
サクヤが一足早く、船から降りて人波の中に消えていく。
メイド服姿の少女を見送り、俺もスーを後ろに伴って船から降りた。
「拍子抜けするほどあっさりと港に入れたが・・・どうするかね。スーはこのあたりの案内とかできるのか?」
「ええと、この町の修道院に預けられていたので、大きな建物の場所くらいならわかります。繁華街の方には足を踏み入れたことはないのですが・・・」
「そうか。だったらとりあえず、お前がいた修道院とやらに顔を出しておくか。どうなってるのか気になるよな?」
「は、はい! ありがとうございます!」
誰か会いたい人間でもいるのか、スーがぱあっと表情を輝かせた。
俺は苦笑をしながら町へと足を踏み入れる。
ウキウキとした様子で俺の前を歩いていくスーであったが、ガーネット王国に到着した以上、もう俺と行動する必要はないことに気がついているのだろうか?
俺達の後ろでは、スーと一緒に奴隷になっていた子供達が嬉々として船から降りている。
中には涙を流している子供もいて、船乗りの制止を振り切るようにして町中へ走っていく者までいた。
「ご主人様! こちらですっ! こっちの道を通ると近道ですよ!」
「わかったわかった。あまり俺から離れるなよ!」
ここが敵地であることをすっかり忘れて駆けていく少女の背中を追って、俺は足を速めて小走りになった。
30分ほど町を進んでいくと、閑静な住宅地へと足を踏み入れた。
活気のある港の風景とは打って変わり、町の空気は落ち着いたものに変わっている。
俺はスーの背中を追いかけて、建物の間をすり抜けるようにして進んでいく。
「あれ・・・?」
「ん? どうした、道に迷ったか?」
スーの足がぴたりと止まった。後ろを歩いていた俺も一緒になって停止し、スーの背中に声を投げかける。
振り返ったスーは、なぜか表情をくしゃりと歪めて泣きそうな顔をしていた。
「あの、ご主人様。その・・・修道院がありません」
「はあ?」
「ここにあったはずなんですけど・・・お引越ししたのでしょうか?」
戸惑った声を上げるスーの視線を追うと、住宅街の一角に空き地となっている場所があった。
空き地のあちこちには家屋の残骸である石や木材が落ちている。どうやら、つい最近までここに建物が立っていたのは間違いないようだ。
「あ、あれ・・・どうしたのでしょう、みんな、どこに行ってしまったのでしょう? マザーメアリは? シスターレイナは? 他のみんなは? え、えっ・・・?」
「落ち着けよ、スー」
俺は困惑の声を漏らすスーの身体を胸に抱いて、なだめるように青みがかった黒髪を撫でる。
スーは服にシワがつくほど俺の胸元を握り締め、小刻みに震えている。
俺は目を細めて周囲を観察して、ふと奇妙なことに気がついた。町の住民がこの辺りだけいなくなっているのだ。
住宅地に入ってから多くの人とすれ違ってきたが、修道院があったであろうこの区画だけ不自然に人の姿が消えていた。
ときおり遠くに人が歩いているのが見えるが、まるで忌まわしいものを避けるようにしてこちらから目を背けている。
「・・・・・・この匂いは」
俺はふと、風に乗って流れてきた嫌な匂いに表情を険しくした。
「ご主人様?」
「・・・・・・」
スーの声に応えることなく、俺は彼女の両肩を叩いて身体から離した。
匂いを追って、住宅地をさらに奥へと進んでいく。
住宅地を進むにつれて、閑散としていた街並みからはさらに人の気配が消えていった。
「これは・・・」
そして、角を曲がっていった先で俺はそれを目の当たりにした。
「あ、ああっ・・・そんなっ・・・!」
スーが崩れ落ちて地面に膝をつく。
住宅地の奥にある広場にさらされていたのは、磔にされて息絶えた修道女達の死体であった。
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