俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第3章 南海冒険編

34.踊る詐欺師

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 アースバルト家はラントが所属するメインアスト家と互角の勢力を持つ、王宮の一大派閥であった。
 確かにあの家であれば敵対派閥の勢力を削るために、喜んでラントを反逆者に仕立て上げるだろう。

「くっ・・・こんなものっ!」

 ラントは手にした告発文をビリビリに引き裂いて、丸めて床に叩きつけた。
 使者はいよいよ余裕を失くしたラントの姿をじっくりと堪能した後で、重々しく溜息をついた。

「おやおや、勿体ない。まあ、すでにそれと同じものをアースバルト家に送っているので問題ありませんがね」

「なっ、なにいいいいいいいいっ!」

 ラントは両手で自分の顔を挟んで、どこかの絵画のように愕然と叫んだ。
 こんなものがアースバルト家に送られたら自分は破滅。メインアスト家も保身のためにラントのことを斬り捨てるだろう。
 出世街道から転げ落ち、それどころか反逆者として処刑されてしまうかもしれない。
 ラントはガクリと崩れ落ちて、床に両手をついた。

「おや? 気分でも優れないのですか?」

「・・・・・・」

 使者が心配を装った調子で声をかけるが、絶望に表情を固めたラントは答えない。
 全てを失い、転落する自分を思い浮かべて、ひたすらに床とにらめっこをしていた。

 人生の敗北者となったラントの姿を見下ろして、使者はくつくつと笑う。

「まさかそんなに落ち込んでしまうとは思いませんでした。そうですねえ・・・よろしければ、私の方から話を通して問題を収めましょうか?」

「で、できるのか・・・?」

 ラントは地獄に一片の希望を見つけて、縋るように使者を見上げた。

「私がすぐに連絡をすれば、告発状がアースバルト家に届く前に止めることができるでしょう。町の方々の説得には骨が折れますが・・・私には信用がある」

「た、頼む! いくらでも支払うから何とかしてくれ!」

「いくらでも?」

 ラントが口にした言葉に、使者がニンマリと笑った。
 その笑みを見て、ラントの表情が凍りついた。
 もしも人間と契約を結んで魂を奪う悪魔が実在するとすれば、きっとこんな顔をしているに違いない。

「それでは、こちらの書類にサインをいただきたい」

 使者は懐に手を入れて、一枚の契約書を取り出した。
 床にはらりと落とされた契約書を目にして、ラントは顔を曇らせた。

「・・・財産の5割を復興費用として寄付? 復興の主導権を商業ギルドに譲渡? 代官の任期中の税収を全額没収? 警備隊の指揮権の放棄? な、何だこの無茶苦茶な条件は!」

 これらの条件を呑むということは、事実上、ブルートスの代官としての権益を全て失うことになってしまう。
 一切の権限を持たない、名ばかりの代官になれということだ。

「嫌ですか? 嫌なら断ってもいいんですよ?」

「あ・・・!」

 使者の男がひょい、と手を伸ばして契約書を取り上げた。

「5割どころか全ての財産を没収されて、反逆者として処刑。反逆罪は6親等の家族にまで及びますから、一族ごと取り潰し。それを選ぶというのなら、別に構いませんよ?」

「ま、待て! 待ってくれ!」

 ラントは必死に使者に縋りついて、契約書を奪い取った。
 決して奪われまいと両手で覆うようにして、一枚の紙を堅守する。

「おや? サインする気になったのですか?」

「う、うう・・・」

 ラントは涙目になって、コクコクと頷いた。
 年頃の少女であれば可愛らしい所作であるが、50代のおっさんがやっても気味が悪いだけの光景である。
 それでも、年下の若造に追い詰められて涙まで浮かべている壮年の男を哀れんだのか、使者は慰めるように声をかけた。

「いいじゃないですか。財産と権益と引き換えに、立場の保身と、海賊を追い払った名誉が手に入るのです。貴方が優秀な官人であるのならば、それを利用して立身出世できますよ」

「・・・サインをする。だから、さっさと失せろ。お願いだから、もう私の前に姿を現さないでくれ」

 ラントは震える手で契約書にサインをして、乱暴な手つきで使者へと押し付けた。

「まいど、どうも。今後もごひいきに」

「・・・・・・」

 おどけたような言葉を黙殺して、扉から出ていこうとする使者を見送る。
 扉が閉まる直前、ラントは思い出したように口を開いた。

「・・・そういえば、名前を聞いていなかったな」

「はえ?」

 使者はドアノブを握った手を止めて、扉の隙間から顔を出す。

「ああ、これは失礼。俺様ちゃん・・・じゃなくて、私はロウ。女房の尻に敷かれるしがない占い師でございますよっと」
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