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第3章 南海冒険編

33.逃げた男と無礼な使者

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 港町ブルートスの北方にある地方都市にて。
 ブルートスの町を任されながらも海賊に怯えて町を捨てた代官、バラクモ・ラントは朗報を聞いて喜色に表情を染めた。

「おお! そうかそうか! 無事に海賊を撃退したか!」

「はい、上陸してきた海賊は全て討ち取るか、さもなくば捕縛。残った海賊も海に逃げていきました」

「でかした!」

 パン、と膝を叩いてラントは勢いよく立ち上がった。
 ラントはブルートスの港が海賊に攻撃されてすぐに、親類を頼ってこの町に避難してきた。
 それからというもの、同じ派閥に属している官僚に手紙と賄賂を贈って、いかに自分の責任が軽減することだけを考えて行動してきた。
 さすがに無罪放免とはいかないだろうと覚悟はしていたが、ブルートスの警備隊が自力で勝利を収めたとなれば話は別だ。
 背負うべき責任は免れ、逆に海賊を打ち払ったという名誉を得ることができる。ラントは運命の女神が自分に微笑みかけているとさえ感じていた。

「うむ、さすがは我が警備隊だ! その武勇は万の黄金に比肩する! 必ずお前達が勝利すると、私は信じていたぞ!」

「過分な言葉をいただき光栄です。代官様の言葉を伝えれば皆も喜ぶでしょう」

 ラントは満面の笑みを浮かべて、使者として送られてきた男の肩をバンバンと叩く。
 痛いほどに肩を叩かれた使者は表面上は笑顔を装っていたが、腹の底では「真っ先に逃げ出しておいて何をほざいているんだ」などと考えていた。

「それでは至急、ブルートスに戻らねばなるまいな! 代官である私がいなければ、町の復興もままならないだろうからな!」

 代官は丁寧に切りそろえたヒゲを撫でながら鷹揚に頷いた。
 港はずいぶんと破壊されてしまったようだが、事態が事態だ。復興費用は王宮から出してもらえるだろう。
 港の復興には多くの職人を雇うことになるし、物資も必要になる。
 どこの商会に主導権を握らせるかを決める権限は代官にあるだろうし、うまく立ち回れば『袖の下』を受け取って私腹を肥やすことができるはずだ。

(今回の勝利を王都で広めれば、王宮での私の栄達も確実だ! まったく、海賊様に感謝だな!)

 ホクホク顔で明るい未来予想図を描くラントは、使者から向けられる冷たい視線に気がついていなかった。

「失礼ですが・・・それには及びません」

「む・・・どういう意味かね?」

「町に戻っていただく必要はない、そう申しております」

 使者はバッサリと言って、馴れ馴れしく肩に乗せられたラントの右手を払いのけた。

「なっ・・・どういうつもりだ!」

「代官殿、これを見ていただけますか?」

 使者はラントの抗議を聞かなかったように受け流し、紙の束を差し出した。
 ラントは訝しげに紙の束を受け取り、重ねられた羊皮紙に目を通す。

「なっ・・・こんな馬鹿な!」

 そして、目を剥いて愕然と叫んだ。
 重ねられた紙の束の正体は告発状であった。内容は、ラントが獅子王国と内通して海賊を港に呼び込んだと記載されている。
 ご丁寧に捕虜になった海賊が書いた証言書まで添付されていて、長々とした文章でラントの裏切りを肯定する言葉がつづられている。

「私が内通だと!? 誰がそんな戯れ言を!」

「告発者の名前は下に記載されています。連名でね」

「こ、れは・・・!」

 告発者として署名してあるのは、商業ギルドの責任者であるマイオス・サイフォン。連名で、有力商会の会長や、傭兵ギルドのグレン・ボイルの名前まであった。

「デタラメだ! 私は海賊なんかと内通はしていない!」

「そうかもしれませんね。しかし・・・王都に名が届くほどの有力者の方々が口をそろえて主張すれば、それが真実になるとは思いませんか?」

「き、貴様・・・!」

 ラントはようやく、使者の言わんとしていることに気がついた。
 彼らは町ぐるみで、ラントにありもしない罪を被せて嵌めようとしているのだ。

「こんなことをしてタダで済むと思っているのか! バレたら極刑は免れんぞ!」

「ははは、困りましたな。商業ギルドの責任者、有力商会の重鎮、それに傭兵ギルドのギルドマスター。これだけの方々が極刑になったら、もう町の運営は立ち行きませんな。どうします? 裁判所に訴えてみますか?」

「ぐっ・・・」

 ラントは言葉を詰まらせた。
 海賊によって港が破壊され、その復興を担う者達がまとめて更迭などされれば、もはやブルートスの町は無法地帯に代わるだろう。
 そうなれば、自分の立場も危うくなってしまう。

「わ、私には王都のメインアスト家が付いているのだぞ! こんな告発状、すぐにもみ消してくれるわ!」

「おやおや、王宮を二分する権力者のメインアスト家ですか。それは怖い怖い」

 使者はおどけたように言って、大袈裟に両手を広げて見せた。
 両者の立場が変わったことを察したのか、先ほどまでの礼儀正しさはどこかに消え失せている。
 道化のような男の仕草に、ラントの額に青筋が浮かぶ。

「怖いのでこちらの書状はアースバルト家に送るとしましょうか。メインアスト家と並ぶ、王宮の重鎮のね」

「なっ!?」

 使者の出した名前を聞いて、ラントは表情を凍りつかせた。
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