俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第3章 南海冒険編

30.白い羽と赤い炎

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 ブルートスの港町へと攻め込んだ獅子王船団であったが、上陸部隊は傭兵ギルドの奇襲によって壊滅した。
 一方、港に停泊していた船団でも主力艦の船で殺戮の宴が行われ、船長であるバルトロ・ブラッドペイン・・・クリスティーナまでもが討ち取られてしまった。

 勝敗は決した。もはや敗北は避けられない。
 殺戮の現場を目撃していた近くの船を始点として、200隻の海賊船に徐々に動揺が広がっていく。

「なあ・・・これ、どうすりゃいいんだ?」

 クリスティーナの船から少し離れた場所を漂っている大型船にて、海賊の一人が呆然とつぶやいた。
 望遠鏡ごしに隣の船の殺戮を目撃した男には、もはや戦う意志など残っていなかった。
 たった一人で、一本の剣で、100人もの乗組員を殺害するような怪物と戦うなどまっぴらごめんであった。

「俺に聞かれても・・・・・・逃げちまうか?」

「・・・俺も同じこと、考えてたよ」

 総指揮官であるクリスティーナを失って、ブルートスの町を落とすことは不可能。戦う理由などもはやない。
 逃げるが勝ちだと思ってしまう海賊の判断は無理もないことであった。

 しかし、そんな弱気な発言をする二人の海賊の頭にゲンコツが落とされた。

「いてえっ!?」

「くだらねえこと言ってんじゃねえよ! このクソムシ共が!」

「だ、だって船長おっ!」

 二人をどやしつけたのは、この大型船を任されている船長であった。
 船長はいかつい顔でクリスティーナの船を睨みつけ、忌々しそうに鼻を鳴らす。

「これだけボロクソにやられて逃げ帰ってみろ。大親分にぶち殺されちまうぞ!」

「そ、それは・・・」

 海賊達は獅子王船団の総督であり、獅子王国の国王でもある大親分の顔を思い浮かべ、顔を真っ青に染める。
 海賊というのは力と恐怖を飯のタネにして生きており、舐められたら終わりの世界である。
 これだけの大敗を喫した以上、獅子王船団はこれから十年は海の日陰者として辛酸を舐めることになるだろう。
 ましてや艦隊の責任者であるクリスティーナが討ち取られているのだ。別の人間が責任を取らされる恐れは大いにあった。

「せめてあの男の首だけでも持って帰らねえと、俺たち全員、鮫のエサにされちまう・・・逃げるわけにはいかねえんだよ!」

「で、でも・・・あんな化け物をどうやって倒すんですかい?」

 手下の海賊はブルブルと身体を振るわせた。
 鮫に喰われるのはもちろん嫌だが、鬼のように強いあの剣士と戦うのも同じくらい恐ろしかった。

「馬鹿が、無理に戦うことはねえ。ここからフッ飛ばしちまえばいいんだ!」

 船長は怯える部下にニヤリと笑いかけ、船のデッキに設置されている『国滅ぼし』をバシバシと叩く。
 火薬の力で鉄球を弾き飛ばすこの兵器ならば、安全圏から敵がいる船を破壊することができるだろう。
 どれだけ強い剣士でも刃が届かなければ何もできない。正々堂々という言葉は彼らの辞書にはなかった。

「み、味方の船ですよ!? さすがに壊すのはまずいんじゃ・・・」

「どうせ生き残りなんていやしねえよ! 敵に奪われるよりはマシだ!」

 怯えたような声を出す部下を怒鳴りつけて、船長は火薬の用意をさせる。

「他の船にも合図を出しておけ! あの野郎を囲んで吹き飛ばすぞ!」

「へ、へい!」

 船長の指示を受けて、手下の海賊達がバタバタと走り回る。
 旗信号で仲間の船に合図を出しつつ、砲弾と火薬、ついでに焙烙玉や石火矢まで用意して敵に奪われた船を沈める準備をする。

 船長が望遠鏡を覗いて敵がいる船を確認すると、件の剣士が血まみれになった顔を小柄な少年に拭いてもらっていた。
 一緒にいるのは、港でメッセンジャーとして送り込まれてきた少年だ。
 今思えば、あの少年自体がクリスティーナの乗っている船を確認して、あわよくば暗殺するための罠だったのだろう。

「・・・のんきにしやがって。調子に乗っていられるのも、もう終わりだぞ!」

 船長はギリギリと奥歯を噛みしめながら、唸るように言った。

「船長、準備ができやした!」

「おお、それじゃあ・・・っ!?」

 部下に攻撃の合図を出そうとする船長であったが、凍りついたように動きを止めた。
 覗いている双眼鏡を通して、あの剣士と目が合ってしまったからだ。

『――――――――、――――――?』

 剣士はこちらを見て皮肉そうに笑って肩をすくめ、何事かを口にする。
 読唇術の心得がない船長であったが、なんとなく馬鹿にされているような気がした。

「撃ち殺せ! あの若造を粉々にしてやれ!」

「へ、へいっ!」

 船長が顔を真っ赤にして叫んだ。
 部下の海賊は突然の剣幕にビクリと肩を震わせながらも、その命令を実行しようと火種を『国滅ぼし』の導火線へと近づける。

 もう少しで点火する・・・その直前であった。

「ん?」

『―――――――!』

 望遠鏡の中で剣士が耳の横に手を上げて、ちょいちょいっ、と上を指さしている。
 船長は思わず双眼鏡から顔を離して、上を見上げた。

「あ・・・?」

「ミャー、ミャー」

 見上げた先には、マストに留まった数匹の海鳥がいた。
 長年、海で生活している船長からしてみれば見慣れた鳥なのだが、ふと奇妙な違和感があった。
 目を凝らしてみると、海鳥のクチバシに何かが咥えられていた。

「ミャー! ミャー!」

 海鳥はいっそう大きな声で鳴きながらクチバシに咥えた何かをこちらに投げてきて、そのまま羽を広げて飛んでいった。

「おい! それはまずいだろっ・・・!」

 船のデッキへと落ちてくる『それ』の正体に気づいた瞬間、船長の背筋に激しい恐怖が駆け抜けた。
 必死に右手を伸ばすが、船長がいる場所からではとても届かない。

「おいっ! お前ら! それを受け止めろ!」

「へ、なんすか。急に?」

 大声で叫ぶが、部下達はきょとんとした顔をしていて誰も『それ』に気づいていない。

『それ』の正体は10 cmほどの長さに切られたロープだった。その端には小さく赤い火が灯っている。
 ロープは火薬の積まれた箱の上へとピンポイントで落ちてきて、次の瞬間・・・

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

 青空に巨大な黒煙を噴き上げて、海賊船は真っ赤なの爆炎に包まれた。
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