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第3章 南海冒険編
29.野望の終わり
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「ひ、ひいっ・・・な、なんで私がこんな目に・・・!」
クリスティーナは首に刺さった針を投げ捨てながら、大型船の中を必死に逃げ回る。
背後から男装した少女が追いかけてくる・・・そんな妄想に憑りつかれて、目には涙すら浮かんでいる。
「私が何をしたっていうのよ! 何も悪いことなんてしてないじゃない!?」
ブルートスの住民が聞けば怒り狂うであろうセリフを吐きながら、クリスティーナは足をもつれさせながら走っていく。
筋肉に覆われた太い脚にはビリビリと痺れが走っていた。
それが針に塗られていた毒が原因であることに気がつくには、クリスティーナは冷静さを失い過ぎていた。
「なんで・・・どうして私ばっかり不幸な目に遭うのよ・・・。私にだって幸せになる権利があるはずでしょ・・・?」
バルトロ・ブラッドペイン・・・クリスティーナは物心ついた頃から女性の心に目覚めており、幼少期にはチャンバラ遊びよりも花や人形を愛でることを好んでいた。
それが個性と認めてくれる人間はクリスティーナの周囲にはなかった。
海賊という男社会の中では単なる軟弱者という評価しか与えられることはなく、父や兄弟からも腫れものを接するように扱われてきた。
幸運であったのは、クリスティーナは生まれつき体格が大きく力に恵まれていたことだろう。
自分を馬鹿にする人間をクリスティーナはことごとく力でねじ伏せて、欲しい物はすべて奪い取ってきた。
奇しくも、それは非常に海賊らしい生き方であった。
(私はみんなに馬鹿にされて、誰よりも不幸な思いをしてきた! だから、誰よりも幸せになっていいじゃない!)
自分の幸せのために、他人から奪い取る。
いつしか、それはクリスティーナにとって絶対の真理となっていた。
「死ねない・・・私はまだ何も手に入れてないもの・・・! 私は絶対に、この海の女王になって私を馬鹿にした奴を見返してやるんだから・・・! それまでは・・・絶対に死ねない!」
毒にむしばまれた体を引きずって、クリスティーナは船の階段を這うように登っていく。
見上げる先にはデッキにつながる扉が見える。
扉の隙間から漏れ出てくる太陽の明かりが、クリスティーナには未来の希望の光に見えた。
「私は、生きる・・・栄光を手に入れる・・・!」
クリスティーナはもたれかかるようにして扉を押し開いた。
そして――
「・・・お? なんだよ、生きてるじゃないか」
船のデッキに、血まみれの剣を持った男がいた。
「・・・は・・・え・・・?」
「サクヤがしくじるとは珍しい。後でお仕置きだな」
「なっ・・・あ、あんた! いったい、誰よ!? うちの者じゃないわね!?」
「誰って・・・見ての通りだけとわからないか?」
そう言って、男は足元に転がっていた物をクリスティーナに向けて蹴り飛ばした。
「ひゃあっ!?」
それは人間の生首だった。
見覚えのある顔・・・クリスティーナの部下の海賊の首だった。
「俺はお前の敵だよ。仲間の仇でもあるな」
「あ・・・ああっ・・・!」
周りを見まわして、ようやくクリスティーナは気がついた。
100人の乗組員がいるはずの大型船のデッキの上には、目の前の男以外の姿はない。
生きて立っている人間は、誰もいない。
「あ、アンタ達・・・!」
船のデッキには無数の死体の山が転がっていた。
鋭い刃物で無残に切り刻まれた人間の死体は、クリスティーナが連れてきた獅子王船団の海賊のものだった。
あちこちに真っ赤な血しぶきが飛んでいて、床もマストも赤くペイントされている。
生臭い血潮の匂いが漂う地獄のような光景を背負って、男は獣が牙を剥くようにして笑った。
「ずいぶんと顔色が悪いじゃないか。どうやらサクヤも、最低限の仕事はしたようだな」
「お、あ・・・」
「もちろんです。ディンギル様」
「ひいんっ!」
背後からゾワリとした声が響いた。振り返ると、いつの間にか先ほどの少女が後ろに立っていた。
「身体が大きいせいか効き目が遅いですが・・・その方はもう長くはありません。いずれ全身の筋肉がマヒして、呼吸すらもままならなくなります」
「へ・・・あ・・・何を言って・・・?」
「それは結構、実に結構。さて、海賊の船長さん。選ばせてやろう。そのまま毒に殺されるか、俺に切り殺されるか。どっちがいい?」
「別の毒で死にたいのでしたら、それでも構いませんよ? ヘビ、サソリ、クモ、ハチ、アリ、サカナ、カイ、キノコ、ハナ、イモ・・・ありとあらゆる毒を取り揃えています」
前門の鬼、後門の毒蛇。
避けられない二つの死に挟まれて、クリスティーナは絶望して膝をついた。
「はっ・・・ははっ、アハハハハ・・・何でこんなことに・・・」
呆然と笑い声を上げながら、クリスティーナは空を仰いだ。
見上げた先には、ゾッとするほど澄みきった青空がどこまでも広がっていた。
クリスティーナは首に刺さった針を投げ捨てながら、大型船の中を必死に逃げ回る。
背後から男装した少女が追いかけてくる・・・そんな妄想に憑りつかれて、目には涙すら浮かんでいる。
「私が何をしたっていうのよ! 何も悪いことなんてしてないじゃない!?」
ブルートスの住民が聞けば怒り狂うであろうセリフを吐きながら、クリスティーナは足をもつれさせながら走っていく。
筋肉に覆われた太い脚にはビリビリと痺れが走っていた。
それが針に塗られていた毒が原因であることに気がつくには、クリスティーナは冷静さを失い過ぎていた。
「なんで・・・どうして私ばっかり不幸な目に遭うのよ・・・。私にだって幸せになる権利があるはずでしょ・・・?」
バルトロ・ブラッドペイン・・・クリスティーナは物心ついた頃から女性の心に目覚めており、幼少期にはチャンバラ遊びよりも花や人形を愛でることを好んでいた。
それが個性と認めてくれる人間はクリスティーナの周囲にはなかった。
海賊という男社会の中では単なる軟弱者という評価しか与えられることはなく、父や兄弟からも腫れものを接するように扱われてきた。
幸運であったのは、クリスティーナは生まれつき体格が大きく力に恵まれていたことだろう。
自分を馬鹿にする人間をクリスティーナはことごとく力でねじ伏せて、欲しい物はすべて奪い取ってきた。
奇しくも、それは非常に海賊らしい生き方であった。
(私はみんなに馬鹿にされて、誰よりも不幸な思いをしてきた! だから、誰よりも幸せになっていいじゃない!)
自分の幸せのために、他人から奪い取る。
いつしか、それはクリスティーナにとって絶対の真理となっていた。
「死ねない・・・私はまだ何も手に入れてないもの・・・! 私は絶対に、この海の女王になって私を馬鹿にした奴を見返してやるんだから・・・! それまでは・・・絶対に死ねない!」
毒にむしばまれた体を引きずって、クリスティーナは船の階段を這うように登っていく。
見上げる先にはデッキにつながる扉が見える。
扉の隙間から漏れ出てくる太陽の明かりが、クリスティーナには未来の希望の光に見えた。
「私は、生きる・・・栄光を手に入れる・・・!」
クリスティーナはもたれかかるようにして扉を押し開いた。
そして――
「・・・お? なんだよ、生きてるじゃないか」
船のデッキに、血まみれの剣を持った男がいた。
「・・・は・・・え・・・?」
「サクヤがしくじるとは珍しい。後でお仕置きだな」
「なっ・・・あ、あんた! いったい、誰よ!? うちの者じゃないわね!?」
「誰って・・・見ての通りだけとわからないか?」
そう言って、男は足元に転がっていた物をクリスティーナに向けて蹴り飛ばした。
「ひゃあっ!?」
それは人間の生首だった。
見覚えのある顔・・・クリスティーナの部下の海賊の首だった。
「俺はお前の敵だよ。仲間の仇でもあるな」
「あ・・・ああっ・・・!」
周りを見まわして、ようやくクリスティーナは気がついた。
100人の乗組員がいるはずの大型船のデッキの上には、目の前の男以外の姿はない。
生きて立っている人間は、誰もいない。
「あ、アンタ達・・・!」
船のデッキには無数の死体の山が転がっていた。
鋭い刃物で無残に切り刻まれた人間の死体は、クリスティーナが連れてきた獅子王船団の海賊のものだった。
あちこちに真っ赤な血しぶきが飛んでいて、床もマストも赤くペイントされている。
生臭い血潮の匂いが漂う地獄のような光景を背負って、男は獣が牙を剥くようにして笑った。
「ずいぶんと顔色が悪いじゃないか。どうやらサクヤも、最低限の仕事はしたようだな」
「お、あ・・・」
「もちろんです。ディンギル様」
「ひいんっ!」
背後からゾワリとした声が響いた。振り返ると、いつの間にか先ほどの少女が後ろに立っていた。
「身体が大きいせいか効き目が遅いですが・・・その方はもう長くはありません。いずれ全身の筋肉がマヒして、呼吸すらもままならなくなります」
「へ・・・あ・・・何を言って・・・?」
「それは結構、実に結構。さて、海賊の船長さん。選ばせてやろう。そのまま毒に殺されるか、俺に切り殺されるか。どっちがいい?」
「別の毒で死にたいのでしたら、それでも構いませんよ? ヘビ、サソリ、クモ、ハチ、アリ、サカナ、カイ、キノコ、ハナ、イモ・・・ありとあらゆる毒を取り揃えています」
前門の鬼、後門の毒蛇。
避けられない二つの死に挟まれて、クリスティーナは絶望して膝をついた。
「はっ・・・ははっ、アハハハハ・・・何でこんなことに・・・」
呆然と笑い声を上げながら、クリスティーナは空を仰いだ。
見上げた先には、ゾッとするほど澄みきった青空がどこまでも広がっていた。
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