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第3章 南海冒険編

27.逆転の一手

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side グレン・ボイル

 空に鳴り響くラッパの音を合図に、空き家と見せかけていた民家から傭兵達が飛び出した。
 民家の床下や天井裏、物置の陰などに潜伏していた傭兵が総督府を攻め込む獅子王船団を背後から奇襲する。
 傭兵ギルドのギルドマスターである俺、グレン・ボイルも傭兵の先頭に立って海賊と戦った。

「な、何だこいつら!」

「どっから出てきやがった!」

 あと少しで総督府を攻め落とすことができる・・・一歩先に見える勝利に浮足立った海賊は、予想外の方向からの反撃に動揺して次々と討ち取られていく。

「・・・ったく、恐ろしいことを考えやがる」

 目の前に立ちふさがる海賊を3人ほど戦斧でまとめて切り払いながら、俺は唇を歪めてつぶやいた。
 頭に浮かぶのは、この作戦を立案した異国の青年の姿である。
 自分の3分の1しか生きていない青年が立てた策略は見事にはまり、戦況を大きく動かしていた。

 今回の作戦は、総督府と警備隊を囮にして海賊達を陸地へと引き込み、民家に潜伏した傭兵が背後から奇襲を仕掛けるというものである。
 圧倒的に有利な戦況から一変して、挟撃を受けた海賊は見事に総崩れになっていて、数の優位を失っていた。

「オラオラオラ! 死にたくねえ奴はどきやがれ!」

「ぎゃあっ!」

「ひ、ひいいいいっ!」

「や、やめろ! 押すんじゃねえ! ぎゃああああああっ!」

 戦斧を振り下ろして海賊の身体を真っ二つに切り裂く。
 無残な最期を遂げた仲間の姿に、周りの海賊達はこぞって逃げ出していく。
 しかし、逃げた先にある総督府はバリケードで道をふさがれており、槍と弓を構えた警備隊が待ち構えている。

「海賊達を逃がすなあああああっ!」

「一人残らず討ち取れーーーーー!」

 あと少しで敗北するところまで追いつめられていた警備隊であったが、味方の援軍の登場に息を吹き返したのか、燃え上がるように声を上げて海賊を攻め立てている。
 矢と槍に身体を貫かれて、海賊達は面白いように数を減らしていった。

「えらく性格の悪い指揮官だぜ! 無能よりはマシだけどな!」

 港の防備を捨てることで、敵に兵器を使わせないこと。
 民家の玄関をわざと開け放つことで、無人に見せかけること。
 わずかな兵で総督府を守らせて、戦いやすい町中に敵を引きずり込むこと。

 それらの策略は見事に嵌まり、圧倒的に不利だった戦況をこちらに呼び戻していた。
 傭兵として長年、戦場で戦い続けていた俺の目から見ても、ディンギルと名乗った青年の采配は見事なものである。
 無能な指揮官が原因で犬死する傭兵は多いが、今回は当たりのようである。

「それにしても・・・ディンギル、ね。まさか本名ではないのだろうが、いったい何者だ?」

 ディンギル。ディンギル・マクスウェルというのは傭兵の間でもよく話題に上がる人物だ。
 バアル帝国の侵略から要塞を守り抜き、自軍の数倍の敵を打ち破った若き英雄。そのホットな噂は若い傭兵の語り草になっている。
 あえてその名前を偽名として使うというのは、よほどの自信の顕われだろうか。

「ま、腕がたしかなら素性なんてどうでもいいけどな! 戦場で余計なことを考えるもんじゃねえ!」

「ボイルさん! 総督府北側の敵は敗走しています! 追撃しますか!?」

「当然だ! 一人たりとも海賊を逃がすなよ!」

 俺は部下の傭兵に指示を飛ばし、手に持った戦斧を握り締めた。

 町の内部での戦いはこのまま勝ちに持っていけるだろう。
 しかし、それで戦いが終わったわけではない。

(敗北を悟った海賊は、なりふり構わずに嫌がらせをしてくるだろうな。はたして、それを凌げるかどうか・・・)

 自分達がここまで有利に戦えたのは、ここまでの戦いで海賊が火薬をほとんど使っていないからだ。
 侵略後に町を再利用することを前提に戦っていた海賊の甘さに付け込んだ、そういう見方もできるだろう。

 あえて自分達の力を低く見積もらせ、「火薬がなくても勝てる」と思わせた手腕は見事。
 しかし、上陸部隊を撃破してしまった以上、海賊は侵略を諦めて港を容赦なく攻撃してくるだろう。

 石火矢に焙烙玉。そして、港を半壊に追い込んだ謎の兵器。
 それらの攻撃を、ディンギルと名乗った青年はどのように対処するつもりなのだろうか?

「まだまだ、戦いは終わっちゃあいない。あの若造が今度は何を見せてくれるのか、楽しみだぜ!」

 俺は次なる戦いに思いを馳せて、大きく戦斧を振りかぶった。
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