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第3章 南海冒険編
23.空っぽの港
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翌日、獅子王船団が率いる海賊船は拠点としていた小島を出港した。
島に集まってきた海賊船はすでに200隻を超えている。大きいものは100人以上を乗せられる大型船、小さなものは5人乗れば一杯になってしまうような小型船である。
海賊達の総数は2000人に達しており、それはもはや海賊団というよりも一つの軍隊といっても過言ではなかった。
その日の夜明けと同時に出港した獅子王船団は、ちょうど正午を回った時刻には港町ブルートスへと到着した。
時間通りという海賊らしからぬ律義な到着をした獅子王船団であったが、彼らを出迎えたのは無人の港だった。
「・・・誰もいないだと? どういうことだ?」
港の建物は昨日の攻撃で半壊しており、船は一隻たりとも浮かんでいない。
半ば廃墟となった港には人の気配はなく、空を飛ぶ海鳥が「ミャー、ミャー」と鳴いているだけである。
それは獅子王船団にとって予想外の光景だった。
仮にブルートスの町が獅子王船団の要求を拒むのであれば、兵士と傭兵で港を固めて全力で海賊の侵入を拒むだろう。
逆に町の明け渡しを受け入れるのであれば、少しでも占領後の待遇を良くしてもらうために精一杯の歓待で出迎えるだろう。
無人の港というのは彼らの想定外の出来事であった。
「何をボヤボヤしてるのよお! 早く斥候を出しなさあい!」
「っ、わかりました!」
クリスティーナに尻を蹴り飛ばされて、部下が慌てて傘下の海賊に指示を飛ばす。
小型の船から数人の手下が降りていき、港町の中へと入っていく。
斥候として放たれた手下は1時間ほどで船まで戻ってきた。
「どうやら、港周辺の家や店は全て無人になっているようです。住人はどこかに避難したようですぜ」
「避難? 全員が?」
「へえ、そうみたいです」
手下の報告によると、町の港側にある家はどれも無人で住民の姿は見られないそうだ。
玄関すらも開けっ放しになっていた家の中はタンスをひっくり返したように散らかっていて、かなり急いで荷造りをしたのが伝わってくる有り様だった。
「昨日の攻撃でケガした奴らはどうしたんだ? 町の外まで運べるほどの時間はないだろう?」
「どうやら総督府の建物に収容されているようです。総督府の周りだけはバリケードが何重にもなって固められていて、警備の連中が殺気立って睨みつけてきやした」
「へえ、町を捨てて籠城ってことかしら? そうやって時間稼ぎをして、王都からの援軍を待つつもりね」
クリスティーナは紅を塗った口を指先でなぞりながら、「ふん」と納得したように鼻を鳴らした。
交易都市の最重要施設である港を捨てるなど、戦略として愚の骨頂である。
しかし、それは海から攻めているこちらにとっては厄介な策だった。
陸に上がって総督府を攻めるとなると、敵の攻撃が届かない船の上から火薬を使って攻撃するという必勝の策が使えなくなってしまう。
せっかくのアドバンテージを捨てるとなれば、こちら側も相応の犠牲を覚悟しなければいけない。
「いっそのこと、火薬で港を破壊しましょうか? 連中、慌てて出てくるかもしれませんよ?」
「馬鹿ねえ。そんなことしたら私達がこの町を制圧した後に、港を利用できなくなっちゃうじゃない」
単純にこの町から略奪をするだけならば、町の施設をいくら破壊しても構わない。
しかし、これは国家による侵略であり、成功した暁にはこの町は自分達の拠点になる。できることならば、最低限の被害に抑えたいところである。
「それと・・・バルトロ、じゃなくてクリスティーナ様。こいつを町の中で見つけたんですが・・・」
手下がやや躊躇いがちに言って、『それ』をクリスティーナの前へと突き出した。
「・・・こんにちは」
手下に連れられてきた『それ』は小柄な少年であった。
年齢は12、13歳ほどで、耳にかかるほどの長さの黒髪が印象的である。
顔立ちは少女に間違えるほど整っており、クリスティーナの好みど真ん中の容姿であった。
「あらあらあらあら! ちゃあんと挨拶できて偉いわねえ! どうしたのよ、この子は!?」
クリスティーナは先ほどまでの不機嫌そうな顔から一変、満面の笑みへと変わった。化粧が崩れるのも構わず、ニマニマと笑いながら少年へと詰め寄った。
肉食獣が獲物を追い詰めるような迫力に、少年はもちろん、部下の海賊達でさえも怯えて後ずさる。
「あ、あの・・・これを。代官様が海賊の人に渡せって」
「あらあ?」
少年が手渡してきたのは便箋に入れられた手紙であった。表面には丁寧に封蝋まで押してある。宛名を見ると、確かに代官の名前が書かれている。
クリスティーナは眉をひそめて、乱暴な手つきで便箋をビリビリと破く。
『町の明け渡しに付いては同意できない。
しかし、10人の少年奴隷については用意ができしだい、すぐにお渡しする。
加えて、和睦金として金貨1万枚を用意するので、それを受け取って帰ってもらいたい』
「金貨1万枚とは悪くない条件でさあ。どうしやす?」
「そうねえ・・・最高じゃない」
部下の言葉に、クリスティーナは紅を塗った口を笑みに歪める。
「決まったわ! 総督府を攻め落とすわよ! この町の代官は戦う前から私達に勝つことを諦めている! 数の力で一気に押しつぶすわよ!」
『へい!』
クリスティーナが宣言して、海賊達が同意する。
船が次々と港へと停泊して、荒くれ者の海賊達が町に押し寄せていく。
「あ、坊やは大丈夫よお。戦いが終わるまで、お姉さんと良いことしましょうねえ」
「ひっ!」
クリスティーナは少年の手を引っ張って、船室の奥へと強引に引きずり込んでいった。
小柄な少年の哀れな背中を、手下の海賊達は両手を合わせて合掌しながら見送った。
しかし・・・扉の向こうに消える瞬間、怯えているはずの少年の目が鋭く細められた。
少年の表情に起こったわずかな変化に気がついたのは、マストの上に留まっている海鳥だけだった。
島に集まってきた海賊船はすでに200隻を超えている。大きいものは100人以上を乗せられる大型船、小さなものは5人乗れば一杯になってしまうような小型船である。
海賊達の総数は2000人に達しており、それはもはや海賊団というよりも一つの軍隊といっても過言ではなかった。
その日の夜明けと同時に出港した獅子王船団は、ちょうど正午を回った時刻には港町ブルートスへと到着した。
時間通りという海賊らしからぬ律義な到着をした獅子王船団であったが、彼らを出迎えたのは無人の港だった。
「・・・誰もいないだと? どういうことだ?」
港の建物は昨日の攻撃で半壊しており、船は一隻たりとも浮かんでいない。
半ば廃墟となった港には人の気配はなく、空を飛ぶ海鳥が「ミャー、ミャー」と鳴いているだけである。
それは獅子王船団にとって予想外の光景だった。
仮にブルートスの町が獅子王船団の要求を拒むのであれば、兵士と傭兵で港を固めて全力で海賊の侵入を拒むだろう。
逆に町の明け渡しを受け入れるのであれば、少しでも占領後の待遇を良くしてもらうために精一杯の歓待で出迎えるだろう。
無人の港というのは彼らの想定外の出来事であった。
「何をボヤボヤしてるのよお! 早く斥候を出しなさあい!」
「っ、わかりました!」
クリスティーナに尻を蹴り飛ばされて、部下が慌てて傘下の海賊に指示を飛ばす。
小型の船から数人の手下が降りていき、港町の中へと入っていく。
斥候として放たれた手下は1時間ほどで船まで戻ってきた。
「どうやら、港周辺の家や店は全て無人になっているようです。住人はどこかに避難したようですぜ」
「避難? 全員が?」
「へえ、そうみたいです」
手下の報告によると、町の港側にある家はどれも無人で住民の姿は見られないそうだ。
玄関すらも開けっ放しになっていた家の中はタンスをひっくり返したように散らかっていて、かなり急いで荷造りをしたのが伝わってくる有り様だった。
「昨日の攻撃でケガした奴らはどうしたんだ? 町の外まで運べるほどの時間はないだろう?」
「どうやら総督府の建物に収容されているようです。総督府の周りだけはバリケードが何重にもなって固められていて、警備の連中が殺気立って睨みつけてきやした」
「へえ、町を捨てて籠城ってことかしら? そうやって時間稼ぎをして、王都からの援軍を待つつもりね」
クリスティーナは紅を塗った口を指先でなぞりながら、「ふん」と納得したように鼻を鳴らした。
交易都市の最重要施設である港を捨てるなど、戦略として愚の骨頂である。
しかし、それは海から攻めているこちらにとっては厄介な策だった。
陸に上がって総督府を攻めるとなると、敵の攻撃が届かない船の上から火薬を使って攻撃するという必勝の策が使えなくなってしまう。
せっかくのアドバンテージを捨てるとなれば、こちら側も相応の犠牲を覚悟しなければいけない。
「いっそのこと、火薬で港を破壊しましょうか? 連中、慌てて出てくるかもしれませんよ?」
「馬鹿ねえ。そんなことしたら私達がこの町を制圧した後に、港を利用できなくなっちゃうじゃない」
単純にこの町から略奪をするだけならば、町の施設をいくら破壊しても構わない。
しかし、これは国家による侵略であり、成功した暁にはこの町は自分達の拠点になる。できることならば、最低限の被害に抑えたいところである。
「それと・・・バルトロ、じゃなくてクリスティーナ様。こいつを町の中で見つけたんですが・・・」
手下がやや躊躇いがちに言って、『それ』をクリスティーナの前へと突き出した。
「・・・こんにちは」
手下に連れられてきた『それ』は小柄な少年であった。
年齢は12、13歳ほどで、耳にかかるほどの長さの黒髪が印象的である。
顔立ちは少女に間違えるほど整っており、クリスティーナの好みど真ん中の容姿であった。
「あらあらあらあら! ちゃあんと挨拶できて偉いわねえ! どうしたのよ、この子は!?」
クリスティーナは先ほどまでの不機嫌そうな顔から一変、満面の笑みへと変わった。化粧が崩れるのも構わず、ニマニマと笑いながら少年へと詰め寄った。
肉食獣が獲物を追い詰めるような迫力に、少年はもちろん、部下の海賊達でさえも怯えて後ずさる。
「あ、あの・・・これを。代官様が海賊の人に渡せって」
「あらあ?」
少年が手渡してきたのは便箋に入れられた手紙であった。表面には丁寧に封蝋まで押してある。宛名を見ると、確かに代官の名前が書かれている。
クリスティーナは眉をひそめて、乱暴な手つきで便箋をビリビリと破く。
『町の明け渡しに付いては同意できない。
しかし、10人の少年奴隷については用意ができしだい、すぐにお渡しする。
加えて、和睦金として金貨1万枚を用意するので、それを受け取って帰ってもらいたい』
「金貨1万枚とは悪くない条件でさあ。どうしやす?」
「そうねえ・・・最高じゃない」
部下の言葉に、クリスティーナは紅を塗った口を笑みに歪める。
「決まったわ! 総督府を攻め落とすわよ! この町の代官は戦う前から私達に勝つことを諦めている! 数の力で一気に押しつぶすわよ!」
『へい!』
クリスティーナが宣言して、海賊達が同意する。
船が次々と港へと停泊して、荒くれ者の海賊達が町に押し寄せていく。
「あ、坊やは大丈夫よお。戦いが終わるまで、お姉さんと良いことしましょうねえ」
「ひっ!」
クリスティーナは少年の手を引っ張って、船室の奥へと強引に引きずり込んでいった。
小柄な少年の哀れな背中を、手下の海賊達は両手を合わせて合掌しながら見送った。
しかし・・・扉の向こうに消える瞬間、怯えているはずの少年の目が鋭く細められた。
少年の表情に起こったわずかな変化に気がついたのは、マストの上に留まっている海鳥だけだった。
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