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第3章 南海冒険編

20.会議は踊る、されど進まず

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 俺達はとりあえず、総督府の会議室を勝手に借りて今後の方針を練ることにした。
 町の防衛という重要課題について俺達だけで話し合うわけにもいかず、町の有力者も呼び出していた。

 時計を見ると、時間はすでに夕方の6時を回っている。
 海賊が来るのは明日の正午。残り18時間である。

「もう日が暮れてしまったな・・・」

 席の一つに深々と腰掛けて、ランディが重々しく口火を切った。
 30代前半ほどの年齢の警備隊長の顔には深い疲労が刻まれていて、実年齢よりも10歳以上は老けて見えた。

 代官をはじめとした総督府の人間がこぞって消えてしまったため、この町の防衛責任者は目の前の警備隊長である。
 望んでもいない重大な責任を背負わされてしまい、ランディの表情は鬼の面のように歪んでいる。

「ブルートスの町は今、存亡の危機を迎えている。誰でもいい。この危機を乗り越える方法があったら教えてくれ」

 ランディは卓についた一同を見回して、懇願するように言った。
 現在、会議室にはランディを除いて4人の人間がいる。

 一人目は俺、ディンギル・マクスウェル。
 この町を守るために戦う義理はないのだが、獅子王船団を破らなければ港から外に出ることができないため、仕方なしに協力している。

 二人目はこの町の傭兵ギルドのギルドマスターであるグレン・ボイル。
 40ほどの年齢のボイルはいかにも荒くれ者のまとめ役といった風体で、日焼けした逞しい身体のあちこちに深い傷が刻まれている。
 ボイルは腕を組んで黙り込んでおり、じっと目を閉じてランディの言葉に耳を傾けている。

 三人目は市場のまとめ役である商業ギルドの責任者、サイフォン氏。
 立派なカイゼル髭をたくわえた恰幅のよい老人は額に汗を浮かべていて、ちらちらと身元不明の俺達の様子をうかがっている。

 最後の一人は例の易者である。先ほど自己紹介を済ませたのだが、名前はロウというらしい。
 なぜか会議室までついて来た火事場泥棒は、唯一、気楽そうな表情をして頭の後ろで手を組んでいる。
 マイペースを絵に描いたような男の姿にランディはもちろん、ボイルやサイフォンも厳しい目線を送っている。
 この場にいる全員の目に「何でこいつがここにいるんだ?」と書いてあるのだが、猫の手も借りたい状況なためか誰も言いだそうとはしなかった。

「何かないのか。誰か・・・」

 心から疲弊しきった様子のランディ。
 誰も口を開こうとしないのを見て、俺は溜息をついた。

「・・・まずは状況を確認させてくれよ。こちらの戦力はどれくらい残っている?」

「そうだな・・・警備隊の3分の1は港への攻撃で負傷して戦える状態じゃない。さらに3分の1ほどが逃亡してしまって、残っているのは300人ほどだ」

「たったの300か・・・」

 卓のあちこちから溜息が上がる。
 大型船1隻に100人が乗船しているとして、10隻に千人の戦力が乗っている計算になる。最低でも千人、多ければ数倍の戦力が投入されるだろう。

「いや、傭兵ギルドの戦力を合わせればもっと動員できるはず・・・」

「すまないが、それはできない」

 沈痛な表情で座っていたボイルが初めて口を開いた。

「今回の戦いだが、我ら傭兵ギルドは参戦できない」

「なっ、そんな! どうして!?」

「我々は傭兵だ。金も受け取らずに仕事はできない。代官が逃げた以上、報酬を支払ってくれる雇い主がいないだろう?」

 ボイルが申し訳なさそうに首を振りながら冷酷な宣言を下す。

「でも・・・このままだと町が滅びるんだぞ!? ひょっとしたら、このままサファイア王国まで・・・」

「それが戦争というものだ。そもそも、ギルドに所属する傭兵の半分はこの国の出身ではなく、他国から出稼ぎに来た者達だ。この国に忠義立てする理由はないのだよ」

 ボイルの言葉をどこまでも現実的であった。あくまでも自分達の損得を最優先にさせて、この町を見捨てる決断をしている。

(まあ、戦争を商売にしてるんだ。それくらいドライじゃなきゃ務まらないよな)

 俺は内心でボイルに同意した。
 金のために戦っている傭兵と、生まれた故郷を守ることを使命にしている警備隊とでは、戦う理由が違いすぎる。
 どちらが正しいかという問題ではない。お互いの立ち位置が異なるだけだ。

「へー、つまり金があれば戦ってくれるわけだ」

 悔しそうに黙ってしまったランディに助け舟を出したのは、意外なことに占い師のロウだった。

「だったらさあ、そっちの商人さんが払ってくれればいいんじゃね?」

「な、私ですか!?」

 突然、話の水を向けられてサイフォンが声を裏返させて叫ぶ。
 ふっくらと肉がついた顔にダラダラと汗をかいており、胸ポケットから取り出したハンカチで必死にぬぐっている。

「わ、私とてこの町を守りたくないわけではありませんが、さすがにそれは・・・」

 商人とは利に聡い生き物である。自分達に利益のないことはしない。
 勝てる見込みの薄い戦争に出資するなど、金貨を沼に沈めるようなことはできないのだろう。

「しかし、交易都市であるこの町が滅んだら、一番、困るのは商人じゃないか?」

「それはそうなのですが・・・出資をするのなら、せめて担保がないと・・・」

 俺の疑問に、サイフォンは額をゴシゴシと拭いながら答える。

「そんな悠長なことを言っている場合ではないだろうが・・・!」

 言い訳のような言葉にランディは顔を怒りに歪める。俺も不快感に目を細めて、目の前の商人を睨みつけた。

「我々も商売ですので。この国が滅んだのであれば、次は獅子王国と取引をするだけです・・・その、申し訳ないですが」

 針のむしろのような状況に置かれながらも、サイフォンは譲ることはなく自分の利益を主張し続ける。
 この男からしてみれば、下手に負け戦に出資して損をするのも、サファイア王国に協力して獅子王国に睨まれるのも避けたいところなのだろう。

「へー、担保があれば出資してくれるんだ? そりゃあ良かったニャー」

 占い師の男はイタズラ好きの猫のように笑って、ペロリと唇を舐めた。
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