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第3章 南海冒険編
16.暗雲の黒煙
しおりを挟むドオオオオオオオオオオン!
「ん? 火薬か?」
「きゃんっ! 何ですか、ご主人様!」
遠くで遠来のように響いた轟音に、俺は眉をひそめた。ブリテン要塞で何度となく聞いた火薬の破裂音だ。
驚いて抱き着いてくるスーの頭を撫でながら、音がした方角に目を向ける。
爆発音は港の方角から聞こえた。
澄んだ青空には黒い煙が立ち上っていて、海風に乗って鼻を突き刺すような黒色火薬の匂いが漂ってくる。
「こいつは厄介事の臭いだな。観光する暇もないじゃねえか」
「またトラブルですか。ディンギル様」
俺の独り言に答えたのは木の陰から出てきたメイド服の少女である。
いつから潜んでいたのか、暗殺者の少女・サクヤは俺の身体にべっとりと引っ付いているスーをジト目で睨みつける。
「サクヤか。いつからいたんだよ」
「お二人がデートしている最中からですが、それが何か?」
「・・・仕事してくれよ。獅子王国のことを調べるように頼んだじゃねえか」
「ちゃんとマクスウェル領から呼んでおいた『鋼牙』の忍びに任せておきました。それにしても・・・」
サクヤは目を細めて黒煙が昇る空を見上げる。
港の方角からは大勢の悲鳴が聞こえてきている。悲鳴は徐々に大きくなっており、大通りから離れたこの場所まで喧騒と混乱が届いてくる。
「ディンギル様が来た途端にトラブルが発生しましたね」
「・・・気にしてることを言うんじゃねえよ。決めたぞ。俺はこの一件が片付いたら、神殿に魔除けに行く!」
もはや呪いにでもかけられているとしか思えない。
俺が一つの覚悟を決めると、さらに港から爆発音が鳴った。
ドオオオオオオオオオオン!
ドオオオオオオオオオオン!
ドオオオオオオオオオオン!
立て続けに鳴り響く爆音に溜息をついて、俺はやれやれと首を振った。
「さて・・・どう動こうかね」
「とりあえずはそのカトンボ・・・ではなくて、スーさんから離れるべきかと」
「ふええええっ?」
サクヤは悲鳴を上げるスーの身体を両手でつかんで引っ張って、俺の身体から引き剥がした。
一方、その頃。港町ブルートスの沿岸部では。
ドオオオオオオオオオオン!
爆音が鳴り響くたび、港にある建物や停泊している船が吹き飛ばされる。
木片やレンガの破片が勢いよく飛び散り、倒れた柱が人並みへと襲い掛かる。
「きゃあああああ! 助けてええええええっ!」
「がっ・・・ぐう・・・たすけ・・・」
「俺の船が! やめろおおおおおおっ!」
「くそっ! 何が起きてやがる!」
ブルートス警備隊隊長・ランディは顔を歪めて吐き捨てた。
ランディは倒れた木材を力任せに持ち上げて、下敷きになった人を救い出す。
彼の部下である警備隊の兵士達も、ケガ人を救助して港から離れるように避難誘導している。
「隊長! これを見てください!」
「これは・・・鉄の玉か?」
倉庫の壁に突き刺さっていたのは鉄製の黒い玉である。指先で触れてみると、火で炙ったように熱を発していた。
どこから飛んできたのかわからないが、この鉄の玉が港を破壊した原因に違いない。
「あいつだ! あの船がやったんだ!」
警備隊の若い兵士が海を指さした。指の先には10隻ほどの海賊船が沖合に停泊しており、轟々と黒い煙を上げている。
「鉄球はあの海賊船から放たれているようです! 船の旗印は・・・」
「獅子王船団か!」
ランディは表情を歪めて唸った。
船のマストの上に掲げられているのは真っ赤な獅子の紋章。
悪名高い海賊国家・獅子王国の国章であり、獅子王船団が掲げる海賊旗である。
「海賊め・・・何でこの町を!」
獅子王国がここ数年、勢いを増していくつかの国を滅ぼしたことはランディも聞いている。しかし、宣戦布告もなしに南海諸国最大の貿易国家であるサファイア王国の港を襲うとは思わなかった。
ドオオオオオオオオオオン!
「ぐああああああああっ!」
海賊船から黒煙が上がり、今度は港の一部が破壊される。破壊に巻き込まれた部下の身体が宙に舞い、赤い血をまき散らしながら海へと落ちる。
「くそおおおおおおおっ! 海賊がああああああああっ! 降りて来い、私と勝負しろおおおおおお!」
ランディは海に向けて怒声を放ち、愛用の槍の穂先を地面にたたきつけた。
警備隊一の槍の使い手であるランディであったが、槍の届かない距離から飛んでくる未知の攻撃には何もできなかった。
自分の生まれ育った町が目の前で破壊されている。
守るべき人々が傷つけられて悲鳴を上げている。
それなのに何もできない無力感が、若き警備隊長の心を激しく苛んだ。
「隊長! 危ない!」
海に向けて絶叫するランディの頭上に、崩落した建物の柱が倒れこんできた。
避ける間もなく柱はランディへと襲い掛かり、巻き上がった砂塵に覆い尽くされてその姿はかき消された。
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