俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第3章 南海冒険編

15.怠惰な易者と散財従者

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side とある占い師

「悪いが、男とデートする趣味はねえんだよ。じゃあな」

 そう言い捨てて、その男は俺の前から姿を消した。
 従者の少女もペコリと頭を下げて、主の背中を追いかけていく。

「ふられちまったか。はははっ、俺様ちゃんてばモテねえなあ」

 俺は黒メガネを手で覆うようにして空を仰ぎ、自嘲気味に笑った。

 俺の名前はスロウス。スロウス・バアル。
 かつて、大陸に覇を唱えたバアル帝国の第三王子であった男だ。
『あった』と過去形で言わなければならないのは、今の俺が二度と祖国に戻ることができない反逆者の立場だからである。

 かつて、俺は隣国の力を借りて二人の兄を押しのけて王位簒奪を企んだ。
 しかし、そんな俺の目論見は帝国に伝わる古代兵器の力によって潰えることとなり、追手の目を逃れるために異国へと流れてきた。

 運命を分けることになったあの日、天から降り注ぐ雷を浴びながら生き残ったのは奇跡のような偶然である。
 俺は以前から『魔具もどき』と呼ばれる古代文明の遺跡から発掘された正体不明の器物の蒐集を趣味にしていた。
 たまたま集めた魔具もどきの中に雷から身を守る力を持った魔具が混じっていて、幸運にも命を拾うことができた。

 子供が悪ふざけで縫った人形のような魔具を懐から取り出して、俺は唇を釣り上げて笑った。

「【雷避桑原ライジンミチザネ】・・・ウケ狙いのつもりで身に着けていたお守りに命を救われるとは、人生はわからないにゃー」

 雷に貫かれる瞬間に脳裏にその人形の名前が浮かんできて、雷撃は俺の身体を避けて地面に突き刺さった。
 雷によって生じた火災までは防ぐことができず顔に火傷を負ってしまい、雷光によって片目の視力も失った。
 それでも、こうして生きて大地を踏むことができるだけマシというものだ。

 幸いなことに占い師としての生活も軌道に乗りつつある。
 複雑な出生のせいで宮廷の貴族や役人の顔色をうかがう幼少期を送ってきており、人を見る審美眼には自信がある。
 煌皇国との交渉で口も達者になったし、占い師が自分の転職であるとすら感じている。

「おう。スロウス、どうしたのカ?」

 しみじみと物思いにふけっていた俺の元に一人の少女がやってきた。
 小柄な黒髪と黄色い肌という東方民族の特徴を持った少女の名前はシャオマオ。俺と共に帝国から流れてきた従者である。

 全てを失くした俺に唯一、手元に残された存在だ。

「よお、シャオマオ。おかえり・・・って、なに食ってんだよ?」

「ん? 見てわからないカ? これはカニという魚ダゾ」

「カニって・・・」

 シャオマオは赤くて細長い謎食材の殻をむいて、中身をほじくるようにして齧っている。
 俺の記憶が確かならば、「カニ」という食物はそれなりに値が張るものだった気がするのだが・・・。

「見ててもヤラないぞ? 銀貨2枚もシタんだからナ」

「銀貨2枚!? そんなものに散財しすぎだろ!」

 俺は思わず声を荒げる。
 いくら占い師として生計を立てられるようになったとはいえ、不安定な職業である。
 いまだに苦しい生活が続いており、一度の食事に銀貨を使えるような余裕はどこにもなかった。

「むう。しょうがないナ。そこまで言うのナラ、ちょっとだけ分けてやるゾ?」

 シャオマオが不満そうな表情でカニの胴体部分を手渡してきた。
 重厚そうな見た目のそれはとても食物のようには見えない。

「臭っ!? 何だこれ!?」

「カニミソというらしいゾ。私はキライだから食え」

「いらねえ部分を押し付けてるだけじゃね!? こんなもん、臭くて食えるかよ!」

「贅沢をいうんじゃナイ。ウチは貧乏なんだゾ?」

「わかってるなら無駄遣いすんなや!」

 俺はぎゃあぎゃあと言い合いをしながら、店じまいの準備をする。
 まだ夕暮れには遠いが、無意味な口論のせいですっかり勤労意欲を削られてしまった。

「ナンだ、もう店を閉めるノカ? 貧乏人は、もっと働かないトいけないゾ」

「だからお前が・・・もういいや」

 俺はあきらめて首を振って、偽物の水晶玉を手の平で転がしてもてあそぶ。

「今日は面白そうな男に会えたからもういいニャー。俺様ちゃんはもう満足なのだよ」

「そういうものカ? もっと働いて、私を楽させろヨ」

「・・・お前は本当にいい従者だよ」

 俺はシャオマオの隣に並んで仮宿へと足を向けた。
 気分が向かないときは店じまい。帰って水を浴びて、裸になって寝る。
 それが帝国第三皇子という重責から解放された俺のライフスタイルだ。

「帝国にいられなくなったのは残念だったよな。軍団も失ったし、大勢の仲間を犠牲にしてしまった。だけど、代わりに自由を手に入れた。せいぜい放浪生活を謳歌させてもらおうじゃないの」

「私は、放浪ナンテしたくないゾ? 早く金持ちにナレヨ」

「・・・・・・そっすか。シャオマオさん、マジたくましいっす」

 肩を落として歩く俺であったが、その手をシャオマオの小さな手が握ってきた。
 驚いて横を見ると、ほんのりと頬を朱に染めた少女の顔が目に入る。

「ははっ・・・」

 猫のような気まぐれで生意気で、そして、愛らしい従者。
 妹のようで、姉のようで、母親のようで、娘のような。
 俺のたった一人の家族。

「・・・ダメな俺様ちゃんだけど、お前のことだけは守って見せるよ」

「何か言ったカ? スロウス」

「言ってないニャー。空耳だニャー」

 俺は黒メガネを押し上げて目元をしっかりと隠して、シャオマオから顔をそむけた。

 はっきりと言葉にはしない。
 それでも、精一杯の感謝の気持ちを態度で示すためにシャオマオの手を握り返そうとして・・・

ドオオオオオオオオオオン!

「うおおおおおっ!?」

「ひゃああああっ!?」

 後方から轟いてきた爆発音に、並んだ背中を押し飛ばされた。
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