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第3章 南海冒険編

14.怪しい占い師

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 俺は市場で遊び回っているスーの元へと歩み寄った。

「よお、楽しそうだな」

「ほふじんはまあっ! これふおいおひひいへふよ!」

「うん、いいからよく噛んで食いな」

 今度は口いっぱいに焼きトウモロコシを含んで、スーが笑顔で駆け寄ってきた。
 喜びに見開かれた金色の瞳はキラキラと輝いていて、まるで初めてお祭りに来た子供のようなはしゃぎっぷりだ。

「ほれ、口にソースがついてるぞ」

「んぐっ・・・あ、あひがとうごはいまふ!」

 服の袖で強引にスーの唇をぬぐって、俺は内心で溜息をついた。
 サクヤとの相談により、スーにはガーネット王国の滅亡について知らせないことに決めていた。
 この無邪気な子供のような奴隷少女が故郷のことを知ってしまったら、はたしてどんな顔をするのだろうか?

「まいったな・・・思ったよりも面倒そうだ」

「ふあっ、面倒をおかけしてすいません・・・」

「お前に言ったんじゃあない。ただの独り言だ」

 俺は懐から取り出した銅貨を市場の売り子に渡して、代わりに南国のフルーツを受け取った。
 鮮やかな黄色い果実を皮ごとかぶりつきながら、スーを伴って大通りを進む。

「しばらく、この港町に滞在してからガーネット王国に向かおうと思う。待たせてしまうかもしれないが構わないな」

 俺はサクヤに頼んで、『鋼牙』の密偵にガーネット王国の現状について調べさせていた。
 その報告が届くまではこの街に滞在するつもりであった。

「もちろんです、お気遣いありがとうございます!」

 スーは笑顔で頷いた。ここまでは予想通り。
 問題は子供達だが・・・

「・・・あの様子なら心配ないか」

 奴隷の子供達は笑顔で市場を走り回っている。
 引率の海賊を振り切らんばかりの勢いは、しばらく揺らぐことはないだろう。

「まあ、子供ってのは大人よりも適応能力が優れてるからな。海賊をあれだけ振り回せる元気があれば、どこでだってやっていけるか」

「そうですねえ、子供はたくましいですね」

「・・・お前も相当、たくましいよ」

「はい?」

 コクン、と首を傾げるスーに苦笑しつつ、俺は今夜の宿へと足を向けた。
 下っ端の海賊を走らせて部屋ととってもらった宿は子供達とは別になっている。
 サクヤも一緒に泊まる予定だし、声が漏れたら色々と教育によくないだろう。

「サクヤのやつ、ずいぶんと対抗心を燃やしてたからな。今晩は覚悟しておけよ?」

「はあ、よくわかりませんけど覚悟しておきます」

 無垢な瞳のスーへと言い含めておき、俺は市場の人波を抜けた。
 繁栄を絵にかいたような交易都市も、大通りを一歩抜けると人も少なくなって落ち着いた街並みが広がるようになる。
 穏やかな街の風景は人種のるつぼのような市場のと比べると、まるで時の流れが異なるような気さえしてしまう。

「やあ、新婚さん。ちょいと寄っていかないかい?」

「ん?」

 そんな静かな通りを歩いていると横から声をかけられた。振り返ると、椅子代わりの木箱に腰かけた若い男の姿がある。
 男は丸テーブルの上に黒い布をかけて、その上に手のひらサイズの水晶玉を置いている。顔には火傷のような紫の痕があり、それを隠すように黒メガネをかけていた。

「占いでもどうだい? 相性占いとかもやってるよー」

「易者か・・・悪いけど、そういうのは信じてないんだよな。他をあたってくれ」

 俺はすげなく手を振って易者に背中を向ける。
 しかし・・・

「おにいさん、悩みごとあるでしょ」

「あ?」

 易者の言葉を聞いて足を止めた。
 俺が立ち止まったのを見て、易者は畳みかけるように言葉を重ねる。

「誰かに重大な秘密を作ってるね? 隠し事をしているせいで罪悪感を持っているんじゃないのかな」

「・・・・・・」

「おにいさんの職業は貴族、もしくは軍人さんかな? それなりに修羅場をくぐっていて、かなり優秀みたいだね。横にいる女性は奥さんじゃあないのか? 従者・・・ひょっとして奴隷かな? まだ知り合ったばかりで、だけど深い仲。肉体関係もあったりして」

「・・・よく回る口だな」

 俺は顔をしかめて、易者を睨みつけた。
 俺の睨みを受けながらも、易者は動じた様子もなくニヤリと笑った。

「図星だろう。占いを信じる気になったかい?」

「信じねえよ。テメエは占い師じゃなくて詐欺師だろう」

「んー?」

 俺はツカツカと易者の下へと歩み寄り、バン、と丸テーブルを叩いた。

「占いとか言ってるけど、お前はさっきから一度だって目線を水晶玉に向けてねえだろ。俺達の身体を舐めるみたいに見るばっかりじゃねえか」

「・・・・・・」

「悩みのない奴も、秘密のない奴も、世の中にいるわけねえだろうが。誰にだって当てはまることと、人間観察によって得た情報を混ぜて吐いてるだけだろ」

 貴族や軍人には独特の歩き方や立ち居振る舞いがあり、見慣れた者であれば言い当てることは難しくない。スーとの関係についても、距離感や表情を見れば察することもできるだろう。

「・・・参ったなあ。鋭いねえ、おにいさん」

 易者は降参をするように両手を上げて、困ったように口端を釣り上げた。

「予想以上のキレ者じゃあないか。ひょっとして、本当に名のある貴族だったりするのかい?」

「さあな。占いで当ててみろよ」

「ははっ、あいにくと占いは信じてなくてね。頼りになるのはいつだって自分の目と口だけさ」

 易者はどの面をさげて言うのか、あっさりと自分が占い師でないことを認めた。
 丸テーブルの上の水晶玉を手に取り、布で巻いて雑な手つきで足元のバッグに放り込む。

「おにいさんに興味がわいてきちゃったよ。よかったらもう少しだけ、お話ししていかないかい。俺様ちゃん、お茶ぐらいなら奢っちゃうよ?」

 そう言って、易者は中指で黒メガネをクイッと上げるのであった。
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