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第3章 南海冒険編

13.暗雲の報告

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 街の大通りにある喫茶店の屋外テーブルで、俺とサクヤは顔を合わせて座った。
 通りを行く人々は物珍しそうにメイド姿の少女に目を向けてくるが、サクヤはそれを気にした様子もなく堂々と背筋を伸ばして座っている。

 愛想のいいウェイトレスがすぐに注文を取りに来てくれて、俺達の前にカットレモンをのせた果実水が並べられる。

「わざわざ面倒をかけたな。サクヤ」

「いいえ、構いません。ディンギル様のほうこそお疲れ様です」

 メイド服を着た少女・サクヤは俺が果実水を飲むのをしっかりと待って、ようやくグラスに口をつけた。
 井戸から汲んだばかり水で作られた果実水は程良く冷えていて、南国の太陽に熱された身体へと爽やかな酸味が染みわたっていく。
 サクヤがグラスの半分ほどを空けて一息ついたのを見計らい、俺は口を開いた。

「それで、マクスウェル家の様子はどうだった?」

 グレイスに捕まることになった俺はあえてサクヤとは別行動をとり、代わりにいくつかの調べ事を頼んでいた。そのうちの一つが、マクスウェル家の現状である。
 バアル帝国での騒動以来、故郷にはまだ帰っていない。
 戦後処理を含めて、東方辺境がどうなったのかは気になるところである。

「マクスウェル領にいる仲間に文を送って連絡を取りましたが、特に異常はないようです。戦後処理も順調に進んでいて、ディンギル様がいなくともやっていけそうです」

「・・・そうか。それは、よかったのか?」

 俺はやや複雑な気持ちで相槌を打つ。
 マクスウェル領が無事なのはもちろん喜ばしいことだが、自分抜きでも問題なくやっているというのは不必要な物として扱われているようで面白くなかった。

「まあ・・・親父も健在だし、優秀な部下と寄り子を持ったと思っておこう」

「ご当主様にもディンギル様が母君に誘拐・・・いえ、拉致・・・でなくて連行・・・でいいですね、もう。連行されたのを報告しましたが、『お母さんの言うことをよく聞くように』との伝言を預かっています」

「あの親父はやっぱり頭がおかしいな。どんな馴れ初めをしたら、あのクソババアをそんなに信頼できるんだよ。魂でも吸い取られてんじゃねえのか?」

 愚痴を吐き捨てて、口直しをするように果実水を一気飲みする。
 近くのウェイトレスに声をかけてお代わりを注文しつつ、続きの報告を聞く。

「次は南洋諸国の状況ですが・・・どうやら南の海では色々と不穏な事態が生じているようです」

「不穏、ねえ。あのクソババアが住処にしている時点で十分、不穏なんだけどな」

 運ばれてきた果実水のお代わりを一口、のどに流し込んで、俺は肩をすくめた。

「それなんですが、母君・・・グレイス様が率いている白鬼海賊団のほかに、別の海賊団が南海に台頭してきているようです」

「ほう? どんな海賊だ?」

「獅子王船団。獅子王国という海洋侵略国家の支援を受ける海賊一味です」

「獅子王・・・」

 俺はしばし記憶を探り、指先でこめかみを押す。

「聞いたことはあるけど・・・たしか、ずいぶんと昔にクソババアに負けて潰された海賊じゃなかったか?」

「はい、20年ほど前に白鬼海賊団との抗争により当時の首領が戦死。一味も壊滅状態となったようですが、首領の弟が跡を継いで細々と生き残っていたようです」

「その死にぞこないの幽霊海賊がいまさら復活したのか?」

 あの母親は敵に情けなどかけないだろう。獅子王船団は徹底的に潰されたはずである。
 それがよくもまあ、これまで生き残ってこれたものだ。

「そんなに新しい首領ってのは優秀なのか?」

「現・首領についての情報は入っていません。しかし、獅子王船団はここ数年で白鬼海賊団に属していない海賊を引き入れて、メキメキと力をつけています。最近では、いくつかの島国が彼らによって攻め滅ぼされてしまったとか」

「ふーん、なるほどな・・・話が読めてきたぞ」

 おそらく、俺が倒した蛇骨海賊団は獅子王船団傘下の海賊なのだろう。
 あのクソババアは俺のことを敵対勢力との抗争に利用するために、南の海まで引きずってきたのだ。

「ところで、ディンギル様。私のほうも聞きたいことがあるのですが?」

「ん、どうかしたか?」

「あちらの女性はいったい、ディンギル様の何なのでしょうか?」

 サクヤの視線の先には、子供達を引き連れて大通りの屋台を巡っているスーの姿があった。
 自由行動をさせている奴隷少女のそばには、引率として付いているゴードの部下の姿もあった。

「あいつは・・・・・・俺の奴隷だよ。期間限定だけどな」

「へえ・・・」

 サクヤは目を半眼にして、口をへの字に曲げた。
 何とも言えない微妙な表情を浮かべたメイドに、俺は首を傾げた。

「いまさらヤキモチか? 俺に何人、女がいると思ってんだよ」

「もちろん、ディンギル様の浮気性は理解しております。それでも知らないうちに女性を囲っているのは、ちょっとだけ腹が立ちます」

 わかったような、わからないような理屈である。

 責めるようなサクヤの視線に耐えかねて、俺は目を逸らしてスーのほうへと向けた。
 初めての港町にはしゃぎ回るスーは、俺があげたお小遣いでイカの丸焼きを買っている。
 口に入りきらないサイズのイカをネズミのようにチビチビと齧るスーの愛らしい姿に、俺はほんのりと心が和むのを感じた。

「・・・ところで、あの方はいつまでディンギル様に付いてくるのですか?」

「一応、あの娘を故郷に送り届けるまでの約束だ。ガーネット王国に行くまでだよ」

「ガーネット王国?」

 サクヤが目を見開いた。
 感情の乏しい顔つきに驚きの色が混じる。

「・・・ディンギル様、残念ながら、彼女をガーネット王国に送り届けるのは不可能です」

「・・・どういう意味だ?」

 真剣味のある目つきに変わったサクヤに、嫌な予感に襲われた。
 俺はグラスをテーブルにおいて、先を促した。

「ガーネット王国はすでに滅亡しています。先ほど話した、獅子王船団によって」
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