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第3章 南海冒険編

8.船の行く先

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 スーに服と簡単な食事を届けた俺は、船長室を出て船のデッキへと足を向けた。

 屋外に出ると、潮の香りを乗せた風が吹いて火照った身体を覚ましてくれる。
 空には海鳥が高々と鳴いている。どうやら陸地が近いようだ。

「昨晩はお楽しみだったなあ、バカ息子」

「・・・こっちの船に乗ってたのかよ。クソババア」

 デッキに出た途端に、船首に座っていた母親が声をかけてきた。
 かつて蛇骨海賊団が所有していた船の前方には、グレイスが率いる白鬼海賊団の船が先導して走っている。

 なぜか船長であるはずのグレイスは奪った船に乗っていて、赤いドレスの裾を大胆に広げて船首の上で胡坐をかいている。
 あまりの豪快な座り方にドレスと同系色の下着が見えてしまっているのだが、母親のパンツなんて見てもまったく嬉しくはない。
 いい年をして赤い下着とか着るなよとか、その程度の感想しか浮かんでこなかった。

「可愛い息子を放ってはおけないだろお? バカな子供ほど可愛いっていうからなあ」

「ほお、立派なことを言うじゃないか。まるで母親みたいだな」

 嫌味に嫌味を返して、俺は右舷の縁に肘をかけて海へと目を向ける。
 今でこそマクスウェル家の次期当主という立ち位置にいる俺であったが、実のところ、生まれはこの南の海である。
 海を眺めていると、自分が故郷に帰ってきたという心が沸き立つような感覚があった。

 グレイス・D・O・マクスウェルという女に育てられた俺の幼少期がどのようなものであったが・・・それはあえて語らないでおこう。
 涙なしでは語れないような滅茶苦茶な「喜劇」なのだから。

「あの女、なかなか良いなあ」

「・・・珍しいな。アンタが殺し合い抜きで女を褒めるなんて」

 俺は意外そうに瞬きをして、グレイスの顔をまじまじと見た。
 この戦闘狂であり殺人狂である母親は、基本的に拳のコミュニケーションでしか相手を理解しようとしない。

 例えば、バアル帝国の港で殺し合いをしたサクヤのことは「いい女」だとはっきり認めている。
 しかし、拳を合わせていない女に対しては、どれだけ賢く美しい娘であっても、称賛の言葉を口にすることは稀であった。

「ああ、あの青っぽい黒髪。それと金の瞳はいい。実に結構だ」

「よりにもよって見てくれを褒めるなんてますます珍しいな・・・あの髪と目に何か意味があるのか? どこかの王侯貴族の末裔とか言わないよな?」

 俺がこの海に住んでいたのは7つの頃までである。知らないことも少なくない。
 スーはあれだけの美少女でありながら蛇骨海賊団に手を出されていなかったし、ひょっとしたら由緒ある血筋の人間なのかもしれない。

「何でもかんでも親に聞くようになったら子供が独り立ちできないだろう? 自分で調べてみろよお」

「ちっ・・・まあ、いいさ」

 俺の質問に「ガハハ!」と笑いながら、グレイスは回答を拒絶する。
 こうなったらこの母親は絶対に質問に答えたりしない。自分で調べてみるしかなさそうだ。

「そんなことより、見えてきたぞお?」

「おお・・・!」

 グレイスの声に前方に視線を向けると、緑に覆われた小さな島が見えてきた。

 船はぐるりと島を迂回するようにして反対側へと回り込む。
 島の反対側には、入り江に沿うようにして木で建てられた建物が並んでいて、小さな集落になっていた。

 南洋諸島の南端にある小島。アレキサンドライト島。
 白鬼海賊団の本拠地であり、俺が生まれ育った故郷である。
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