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第3章 南海冒険編
4.中央の異変
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俺の名前はラッド。東方辺境の小領主であるイフリータ家の長男で後継ぎだ。
うちの実家であるイフリータ家は代々マクスウェル家に仕えている。
仕えているとは言ったものの、イフリータ家はランペルージ王家から『子爵』の爵位を与えられているため、公式には王家の家臣ということになっている。
しかし、イフリータとマクスウェルには、ランペルージ王国が成立する以前からともに帝国と戦ってきた絆がある。
俺もまた、ふんぞり返るだけで何の支援もしてくれない王家より、長年の盟主であるマクスウェルに忠義を抱いている。
「・・・いい加減、機嫌を直せよ」
自宅のリビングでソファに深々と尻をうずめて、俺はうんざりしたように吐き捨てた。
「・・・・・・知りません。話しかけないでください」
テーブルを挟んだ対面のソファから、そっけない返事が返ってくる。
俺の視線の先にいるのはラック・イフリータ。王都にある貴族学校に通っている3つ年下の弟だ。
ソファの上で膝を抱えるようにして座ったラックは、拗ねた表情を浮かべた顔を背けて、ウジウジとした様子でソファの毛を毟っている。
いったいどれだけ毛を毟ったのか、親父が狩ったクマの毛皮で作ったソファは、ひじ掛けの部分だけが無残にハゲてしまっていた。
夏休みで実家に帰省してきたラックであったが、家に帰ってきてからずっとこの調子である。
「そんなにショックだったのか? 帝国との戦争に出られなかったのが?」
それが弟を不機嫌にさせている原因である。
先日、東方国境のブリテン要塞を巡って帝国と大きな戦争が勃発した。
イフリータ家もまた俺を旗頭として戦争に参加したのだが、従軍した兵士の中にラックの姿はなかった。
「ショックに決まってるじゃないですか! 当たり前のことを聞かないでください!」
キッ、とこちらを睨みつけて怒鳴ってくる弟の目には涙が浮かんでいた。
俺だって武人だ。戦場に出られない悔しさはわからないでもないけど、15歳になる男が泣くほどの事だろうか?
「俺は悔しいんですよ! せっかく戦争が起こったのに、帝国が攻めてきたのに、ディンギル様と同じ戦場に立てなかったなんて・・・!」
「若殿と? おいおい、そんな事で拗ねなくてもいいだろうが」
「そんな事とは何ですか! 俺にとっては大事なことなんですよ!」
バン、とラックはテーブルを叩いた。
俺はテーブルの上のグラスを慌てて死守して、中に入った酒を口に運ぶ。
「ディンギル様は現在に生きる英雄。12歳であのベイオーク・ザガンを倒して帝国を打ち破ったお方ですよ! そんなお方と戦場に立てる機会を逃してしまったんですよ! これがどれほど不名誉なことか兄上にはわかりますか!?」
「悪りいけどわかんねえや・・・俺はこの間の戦争も、初陣のときも、若殿と一緒だったしなあ。それってそんなに大事なことか?」
「うがあああああああ! 羨ましいいいいいいいい!」
ラックは床をゴロゴロと転がって悶えている。
うん、弟よ。いったい、あの若殿のどこがいいんだ?
なんかすごい英雄像を抱いてるみたいだけど、あの人は基本、女を抱く事しか考えてないぞ?
俺はグラスの酒をちびりと舐めて、足元まで転がってきたラックの背中を蹴って止める。
「わかったわかった、よーくわかった。戦場での若殿の話をしてやるから、それで機嫌を直せよ」
「せ、戦場でのディンギル様!? 聞かせてください・・・!」
ラックが目を爛々と輝かせて詰め寄ってくる。
俺は詰め寄られた分だけ距離をとりつつ、どうしても聞かなければいけない部分へと言及する。
「それはもちろん話してやるけど・・・その前に、王都の現状について報告しろよ。自分の任務を忘れちまったか?」
サリヴァン第一王子の乱心から始まり、前国王が病に倒れ、幼い第二王子が王位を継いだ。一連の騒ぎによって、王都は混乱のるつぼとなっていた。
その影響は貴族が通う学園にも及んでおり、すでに地方から通っている生徒の3分の1が退学して領地に帰ったらしい。
そんな学園にいまだ弟を通わせているのは、王都の状況について情報を流してもらうためである。
「マクスウェル家にも報告をしなきゃいけないんだから、さっさと報告しやがれよ」
「マクスウェル家、ディンギル様に報告を・・・! そうですね、ちゃんと使命を果たさなければ!」
ラックは若殿が学園を去るときに、学園の状況について報告するように頼まれていたそうだ。
若殿に心酔するラックにとっては絶対の使命だろう。
「・・・と、いっても別に新鮮な報告はないんですよね。中央は相変わらずの混乱状態。ロサイス公は東奔西走の大忙し。中央貴族の中にはロサイス公の地位を狙っている人もいるみたいで、それがまた混乱の種になっているとか」
「この期に及んで仲間割れとは懲りねえなあ。これだから中央貴族どもは嫌いなんだよ」
東西南北の辺境と違って、中央の貴族には外敵と呼べるものがいない。
外敵に命を脅かされる危機感を知らない彼らの頭は平和でカビが生えており、自分達が住んでいる王国がまさに破滅の危機にあるということをわかっていなかった。
彼らの敵意や対抗心は他の貴族達へと向けられており、その足の引っ張り合いが中央政府の混乱に拍車をかけていた。
「若殿が呆れるのも無理はないぜ。この調子なら、俺達の春は近そうだな!」
対する東方辺境はバアル帝国との和平によって国境警備に割く労力が減っており、中央進出を狙える軍事力の余裕が生まれていた。
(若殿はマクスウェル家の独立を狙ってるんだろうけど・・・こりゃあ独立どころか国家の簒奪まで狙えるんじゃね?)
俺は来るべき新たな時代を感じ取り、唇を釣り上げて笑った。
「あ、そういえば一つ、新しい情報がありましたね」
「ん、なんだよ?」
何気ない様子でラックが言ったため、俺もまた大して重要な情報でもないんだろうなと聞き返した。
しかし、返ってきたラックの言葉は想像だにしないセリフであった。
「ロサイス公爵家のマリアンヌ嬢。なんか悪女になって大勢の男を侍らせてますよ?」
「はあっ!? なんじゃそりゃ!」
うちの実家であるイフリータ家は代々マクスウェル家に仕えている。
仕えているとは言ったものの、イフリータ家はランペルージ王家から『子爵』の爵位を与えられているため、公式には王家の家臣ということになっている。
しかし、イフリータとマクスウェルには、ランペルージ王国が成立する以前からともに帝国と戦ってきた絆がある。
俺もまた、ふんぞり返るだけで何の支援もしてくれない王家より、長年の盟主であるマクスウェルに忠義を抱いている。
「・・・いい加減、機嫌を直せよ」
自宅のリビングでソファに深々と尻をうずめて、俺はうんざりしたように吐き捨てた。
「・・・・・・知りません。話しかけないでください」
テーブルを挟んだ対面のソファから、そっけない返事が返ってくる。
俺の視線の先にいるのはラック・イフリータ。王都にある貴族学校に通っている3つ年下の弟だ。
ソファの上で膝を抱えるようにして座ったラックは、拗ねた表情を浮かべた顔を背けて、ウジウジとした様子でソファの毛を毟っている。
いったいどれだけ毛を毟ったのか、親父が狩ったクマの毛皮で作ったソファは、ひじ掛けの部分だけが無残にハゲてしまっていた。
夏休みで実家に帰省してきたラックであったが、家に帰ってきてからずっとこの調子である。
「そんなにショックだったのか? 帝国との戦争に出られなかったのが?」
それが弟を不機嫌にさせている原因である。
先日、東方国境のブリテン要塞を巡って帝国と大きな戦争が勃発した。
イフリータ家もまた俺を旗頭として戦争に参加したのだが、従軍した兵士の中にラックの姿はなかった。
「ショックに決まってるじゃないですか! 当たり前のことを聞かないでください!」
キッ、とこちらを睨みつけて怒鳴ってくる弟の目には涙が浮かんでいた。
俺だって武人だ。戦場に出られない悔しさはわからないでもないけど、15歳になる男が泣くほどの事だろうか?
「俺は悔しいんですよ! せっかく戦争が起こったのに、帝国が攻めてきたのに、ディンギル様と同じ戦場に立てなかったなんて・・・!」
「若殿と? おいおい、そんな事で拗ねなくてもいいだろうが」
「そんな事とは何ですか! 俺にとっては大事なことなんですよ!」
バン、とラックはテーブルを叩いた。
俺はテーブルの上のグラスを慌てて死守して、中に入った酒を口に運ぶ。
「ディンギル様は現在に生きる英雄。12歳であのベイオーク・ザガンを倒して帝国を打ち破ったお方ですよ! そんなお方と戦場に立てる機会を逃してしまったんですよ! これがどれほど不名誉なことか兄上にはわかりますか!?」
「悪りいけどわかんねえや・・・俺はこの間の戦争も、初陣のときも、若殿と一緒だったしなあ。それってそんなに大事なことか?」
「うがあああああああ! 羨ましいいいいいいいい!」
ラックは床をゴロゴロと転がって悶えている。
うん、弟よ。いったい、あの若殿のどこがいいんだ?
なんかすごい英雄像を抱いてるみたいだけど、あの人は基本、女を抱く事しか考えてないぞ?
俺はグラスの酒をちびりと舐めて、足元まで転がってきたラックの背中を蹴って止める。
「わかったわかった、よーくわかった。戦場での若殿の話をしてやるから、それで機嫌を直せよ」
「せ、戦場でのディンギル様!? 聞かせてください・・・!」
ラックが目を爛々と輝かせて詰め寄ってくる。
俺は詰め寄られた分だけ距離をとりつつ、どうしても聞かなければいけない部分へと言及する。
「それはもちろん話してやるけど・・・その前に、王都の現状について報告しろよ。自分の任務を忘れちまったか?」
サリヴァン第一王子の乱心から始まり、前国王が病に倒れ、幼い第二王子が王位を継いだ。一連の騒ぎによって、王都は混乱のるつぼとなっていた。
その影響は貴族が通う学園にも及んでおり、すでに地方から通っている生徒の3分の1が退学して領地に帰ったらしい。
そんな学園にいまだ弟を通わせているのは、王都の状況について情報を流してもらうためである。
「マクスウェル家にも報告をしなきゃいけないんだから、さっさと報告しやがれよ」
「マクスウェル家、ディンギル様に報告を・・・! そうですね、ちゃんと使命を果たさなければ!」
ラックは若殿が学園を去るときに、学園の状況について報告するように頼まれていたそうだ。
若殿に心酔するラックにとっては絶対の使命だろう。
「・・・と、いっても別に新鮮な報告はないんですよね。中央は相変わらずの混乱状態。ロサイス公は東奔西走の大忙し。中央貴族の中にはロサイス公の地位を狙っている人もいるみたいで、それがまた混乱の種になっているとか」
「この期に及んで仲間割れとは懲りねえなあ。これだから中央貴族どもは嫌いなんだよ」
東西南北の辺境と違って、中央の貴族には外敵と呼べるものがいない。
外敵に命を脅かされる危機感を知らない彼らの頭は平和でカビが生えており、自分達が住んでいる王国がまさに破滅の危機にあるということをわかっていなかった。
彼らの敵意や対抗心は他の貴族達へと向けられており、その足の引っ張り合いが中央政府の混乱に拍車をかけていた。
「若殿が呆れるのも無理はないぜ。この調子なら、俺達の春は近そうだな!」
対する東方辺境はバアル帝国との和平によって国境警備に割く労力が減っており、中央進出を狙える軍事力の余裕が生まれていた。
(若殿はマクスウェル家の独立を狙ってるんだろうけど・・・こりゃあ独立どころか国家の簒奪まで狙えるんじゃね?)
俺は来るべき新たな時代を感じ取り、唇を釣り上げて笑った。
「あ、そういえば一つ、新しい情報がありましたね」
「ん、なんだよ?」
何気ない様子でラックが言ったため、俺もまた大して重要な情報でもないんだろうなと聞き返した。
しかし、返ってきたラックの言葉は想像だにしないセリフであった。
「ロサイス公爵家のマリアンヌ嬢。なんか悪女になって大勢の男を侍らせてますよ?」
「はあっ!? なんじゃそりゃ!」
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