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第3章 南海冒険編
1.海には魔物が棲んでいる
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一年のほとんどが夏の暑さにさらされる南の海。
カラッと晴れた空からは容赦のない日差しが降り注ぎ、突き抜けるような青い海をキラキラと輝かせている。
そんな夏の海を一隻の船が、海流に乗って駆け抜けていく。
船の旗に描かれているのは二匹の黒い蛇である。蛇はうねった互いの胴体を絡めるようにして、頭を空へと伸ばしている。
彼らの名前は『蛇骨海賊団』。最近になって南の海を荒らすようになった、新興の海賊団である。
主な収入源は人攫いと奴隷売買。人間の尊厳を踏みにじって金銭へと変える、最悪の部類に入るならず者であった。
「船長、東から小舟が流れてきます」
船に乗っていた海賊の一人が声を上げた。船から身を乗り出した男の視線の先には、ボートほどの大きさの小舟が波に翻弄されるように漂っている。
「ああ? こんな海の真ん中に漂流者か?」
船長と呼ばれたガラの悪そうな男が眉をひそめ、懐から望遠鏡を取り出した。
望遠鏡越しに小舟を見ると、小さな帆を広げた船の上には黒く塗られた旗が付けられていた。
「あれは・・・なんだ、島流しの罪人じゃあねえか」
このあたりの海には、罪人を島流しにするときに黒い旗を掲げた船に乗せる風習があった。事情を知らない船乗りが、漂流者と間違えて救出しないための目印にするためである。
「ははっ、監獄島の海流からは外れてやがるな。さては風で潮流から外れちまったのか?」
「どうしやす? 放っておきますか?」
「いいじゃねえか、引き揚げてやれ! どんな罪で海に流されたか聞かせてもらおうじゃねえか!」
船長は豪快に笑いながら部下へと命じた。
船はオールを漕いで小舟へと近づき、小舟から一人の男を引きずり上げた。
罪人の船に乗っていたのは20前後の年齢の若い男だった。
ロープに縛られた男の体には、あちこちに殴られたような青あざが残っている。よほど厳しい尋問を受けたのだろう。鞭で打たれてように肌が裂けている所もあった。
「ほお! こいつあ、拾い物だ!」
罪人の姿を見て、船長が喝采の声を上げる。
若い男であれば奴隷として高く売り飛ばすことができる。犯罪者ということがバレれば価格は落ちてしまうが、そんなものは島をいくつかまたいでしまえば露見しようがないことである。
「使えそうなやつなら、船の労働者として使ってやってもいいな! さあて、何をやらかしてこんな目に遭ってるのかねえ」
船長は小馬鹿にしたように笑いながら、縛られた男へと近づいていく。
「よお、小僧。酷いケガだなあ、いったい誰にやられたよ!」
「・・・・・・」
罪人は無言で船長を見上げてくる。殴られて顔を腫れさせた男の顔は無残な有様になっていた。
「へえ、なかなか見れるツラしてるじゃねえか! はははっ、いい買い手が付きそうだぜ!」
痣のせいで台無しになっているが、男はなかなかの男前であった。
ケガさえ治れば男娼としても買い手がつくかもしれない。
「おい、誰かロープを解いてやれ! こいつは奴隷として売り飛ばす。価値が下がらないように傷を冷やしてやれ!」
「へい、わかりやした」
「・・・・・・」
部下の一人がナイフでロープを切って罪人の拘束を解いた。罪人は無言のまま、されるがままにしていた。
「ほらよ、さっさと立ちやがれ!」
「・・・・・・なよ」
「ああ、何だって?」
解放された罪人が初めて言葉を発した。何日も飲まず食わずだったのか、声はすっかり枯れている。
「悪く思うなよ、そう言った」
「へ?」
罪人がロープの痕が付いた右手を伸ばしてきた。海賊達の予想外のスピードで伸ばされた手が、先ほどロープを切ったナイフをかすめ取る。
「ぎゃっ!?」
「なっ!?」
「てめえ、何しやがる!?」
罪人は瞬く間に、奪ったナイフで海賊の一人の首を切り裂いた。動脈を断たれた海賊の首から滂沱の血液が噴き出した。
「・・・俺はお前らに恨みなんてねえんだよ」
ゆらり、と幽鬼のような動きで罪人が立ち上がった。
返り血で真っ赤に身体を染めた姿は、まるで東国のおとぎ話に出てくる夜叉のようだ。
「恨みなんてない。だから、これから俺がお前らにするのはタダの憂さ晴らしだ。タダの憂さ晴らしでお前らは死ぬことになる・・・・・・悪く思うなよ」
「てめえ・・・!」
船長が奥歯を噛んで唸った。
目の前の男が敵であることははっきり分かった。それでも、不思議と敵意というものが持てなかった。
仲間を殺された恨みを激しい恐怖が塗り潰して、罪人に挑む危害をゴリゴリと削り落としてしまう。
「殺せ! そいつをぶち殺せ!」
それでも必死に自分を鼓舞して、船長が叫んだ。
同様に罪人の気配に気圧されていた海賊達も、船長の指示に従って武器を構える。
「それでいい、武器を持ってくれたほうが俺も殺しやすくなる」
罪人はゆらりと傷だらけの身体を揺らして、ナイフを構えた。
「殺せ!」
「おおおおおおっ!」
「死ねええええっ!」
海賊達が罪人に向けて飛びかかる。
明らかな多勢に無勢。おまけに罪人が持つ武器は小さなナイフが一本。
勝負は火を見るよりも明らかであった。
「はははっ」
しかし、罪人の男におびえた様子はない。
獣のように牙を剥いて、今から殺すべき敵をにらみつける。
「じゃあな、お疲れさん!」
罪人はナイフを振るい、すれ違いざまに海賊達の首や手の動脈を切り裂いていく。
傷だらけの罪人の名前は、ディンギル・マクスウェル。
何の因果か南の海へとやってきた、ランペルージ王国東方辺境の英雄である。
カラッと晴れた空からは容赦のない日差しが降り注ぎ、突き抜けるような青い海をキラキラと輝かせている。
そんな夏の海を一隻の船が、海流に乗って駆け抜けていく。
船の旗に描かれているのは二匹の黒い蛇である。蛇はうねった互いの胴体を絡めるようにして、頭を空へと伸ばしている。
彼らの名前は『蛇骨海賊団』。最近になって南の海を荒らすようになった、新興の海賊団である。
主な収入源は人攫いと奴隷売買。人間の尊厳を踏みにじって金銭へと変える、最悪の部類に入るならず者であった。
「船長、東から小舟が流れてきます」
船に乗っていた海賊の一人が声を上げた。船から身を乗り出した男の視線の先には、ボートほどの大きさの小舟が波に翻弄されるように漂っている。
「ああ? こんな海の真ん中に漂流者か?」
船長と呼ばれたガラの悪そうな男が眉をひそめ、懐から望遠鏡を取り出した。
望遠鏡越しに小舟を見ると、小さな帆を広げた船の上には黒く塗られた旗が付けられていた。
「あれは・・・なんだ、島流しの罪人じゃあねえか」
このあたりの海には、罪人を島流しにするときに黒い旗を掲げた船に乗せる風習があった。事情を知らない船乗りが、漂流者と間違えて救出しないための目印にするためである。
「ははっ、監獄島の海流からは外れてやがるな。さては風で潮流から外れちまったのか?」
「どうしやす? 放っておきますか?」
「いいじゃねえか、引き揚げてやれ! どんな罪で海に流されたか聞かせてもらおうじゃねえか!」
船長は豪快に笑いながら部下へと命じた。
船はオールを漕いで小舟へと近づき、小舟から一人の男を引きずり上げた。
罪人の船に乗っていたのは20前後の年齢の若い男だった。
ロープに縛られた男の体には、あちこちに殴られたような青あざが残っている。よほど厳しい尋問を受けたのだろう。鞭で打たれてように肌が裂けている所もあった。
「ほお! こいつあ、拾い物だ!」
罪人の姿を見て、船長が喝采の声を上げる。
若い男であれば奴隷として高く売り飛ばすことができる。犯罪者ということがバレれば価格は落ちてしまうが、そんなものは島をいくつかまたいでしまえば露見しようがないことである。
「使えそうなやつなら、船の労働者として使ってやってもいいな! さあて、何をやらかしてこんな目に遭ってるのかねえ」
船長は小馬鹿にしたように笑いながら、縛られた男へと近づいていく。
「よお、小僧。酷いケガだなあ、いったい誰にやられたよ!」
「・・・・・・」
罪人は無言で船長を見上げてくる。殴られて顔を腫れさせた男の顔は無残な有様になっていた。
「へえ、なかなか見れるツラしてるじゃねえか! はははっ、いい買い手が付きそうだぜ!」
痣のせいで台無しになっているが、男はなかなかの男前であった。
ケガさえ治れば男娼としても買い手がつくかもしれない。
「おい、誰かロープを解いてやれ! こいつは奴隷として売り飛ばす。価値が下がらないように傷を冷やしてやれ!」
「へい、わかりやした」
「・・・・・・」
部下の一人がナイフでロープを切って罪人の拘束を解いた。罪人は無言のまま、されるがままにしていた。
「ほらよ、さっさと立ちやがれ!」
「・・・・・・なよ」
「ああ、何だって?」
解放された罪人が初めて言葉を発した。何日も飲まず食わずだったのか、声はすっかり枯れている。
「悪く思うなよ、そう言った」
「へ?」
罪人がロープの痕が付いた右手を伸ばしてきた。海賊達の予想外のスピードで伸ばされた手が、先ほどロープを切ったナイフをかすめ取る。
「ぎゃっ!?」
「なっ!?」
「てめえ、何しやがる!?」
罪人は瞬く間に、奪ったナイフで海賊の一人の首を切り裂いた。動脈を断たれた海賊の首から滂沱の血液が噴き出した。
「・・・俺はお前らに恨みなんてねえんだよ」
ゆらり、と幽鬼のような動きで罪人が立ち上がった。
返り血で真っ赤に身体を染めた姿は、まるで東国のおとぎ話に出てくる夜叉のようだ。
「恨みなんてない。だから、これから俺がお前らにするのはタダの憂さ晴らしだ。タダの憂さ晴らしでお前らは死ぬことになる・・・・・・悪く思うなよ」
「てめえ・・・!」
船長が奥歯を噛んで唸った。
目の前の男が敵であることははっきり分かった。それでも、不思議と敵意というものが持てなかった。
仲間を殺された恨みを激しい恐怖が塗り潰して、罪人に挑む危害をゴリゴリと削り落としてしまう。
「殺せ! そいつをぶち殺せ!」
それでも必死に自分を鼓舞して、船長が叫んだ。
同様に罪人の気配に気圧されていた海賊達も、船長の指示に従って武器を構える。
「それでいい、武器を持ってくれたほうが俺も殺しやすくなる」
罪人はゆらりと傷だらけの身体を揺らして、ナイフを構えた。
「殺せ!」
「おおおおおおっ!」
「死ねええええっ!」
海賊達が罪人に向けて飛びかかる。
明らかな多勢に無勢。おまけに罪人が持つ武器は小さなナイフが一本。
勝負は火を見るよりも明らかであった。
「はははっ」
しかし、罪人の男におびえた様子はない。
獣のように牙を剥いて、今から殺すべき敵をにらみつける。
「じゃあな、お疲れさん!」
罪人はナイフを振るい、すれ違いざまに海賊達の首や手の動脈を切り裂いていく。
傷だらけの罪人の名前は、ディンギル・マクスウェル。
何の因果か南の海へとやってきた、ランペルージ王国東方辺境の英雄である。
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