俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 ディートリッヒ・マクスウェルの冒険

18.最後の決闘

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 その日の夜、俺は港の白鬼海賊団の船へと足を運んだ。
 月明かりに照らされた船に乗り込むと、船の帆先にグレイスの姿があった。

「よお、いい夜だなあ」

「・・・ああ」

 グレイスが帆先からデッキへと歩いてくる。
 白い髪の小柄な彼女は、いつかと同じ白いドレスを身に着けている。当然ながら、今日は返り血には染まっていない。
 白い服を着て月明かりの下に立つグレイスの姿は、まるで月から降りてきた妖精のように神々しい美しさがあった。

「この前の答えを告げに来た」

「早かったなあ。海賊になる覚悟を決めたのかあ?」

「いや・・・」

 俺は顔を伏せて、グレイスから視線を逸らす。

「兄貴が死んだ。俺は実家の辺境伯家を継がなければいけない」

 迷いながらも、俺はその答えを告げた。

 実家を捨てて海賊になるという道を考えなかったわけではない。

 しかし、もしも俺がマクスウェル家を捨ててしまえば、後継ぎがいなくなった領地は大混乱になるだろう。
 王家や中央貴族からの内政干渉を受けてしまうかもしれないし、敵国であるバアル帝国に攻め込まれる隙を作ってしまう。

 自分が生まれ育った大地が政争や戦火にさらされるのを放っておけるほど、薄情には成り切れなかった。

「そうか、仕方がないなあ」

 俺の答えを聞いたグレイスの反応は拍子抜けするほど淡白だった。
 てっきり怒ったり暴れたり、力づくで海賊団に引き込まれることを予想していたのだが、グレイスの顔に怒りの表情はない。

「・・・すまない」

「そんな顔をするな。男に袖にされるのは初めてじゃあない」

 グレイスは彼女にしては珍しく、憂いを帯びた微笑みを浮かべた。出会ってから初めてみる表情である。

「ずいぶんと長い年月を生きてきたからなあ。男に惚れたことも、惚れられたことも何度かある。共に生きてくれると言ってくれた男もいたんだぞお?
 しかし、みんな私を置いて去っていった。海を捨てて陸に上った者。年老いて黄泉路に入った者。私はいつだってこの海に残されて見送る側だあ」

「グレイス・・・」

「男が去り、女が残される。なあに、この海じゃあよくある話だなあ。陸に帰る場所があるのなら帰ったほうがいい。私のことは気にするなよお」

「・・・あの男、ドレイクもお前を置いて行った男の一人なのか?」

 ずっと気になっていた質問を投げかけた。グレイスはわずかに目を見開いて、すぐに顔を背けてしまった。

「あれは私の兄だよ。兄で、敵で、友で、師で・・・夫だった時もあったな」

「・・・・・・」

 グレイスが他の男の話をすると、胸の奥に火がくすぶるような不快感が沸き上がる。
 いったい、この感情の正体は何なのだろうか?

(いや・・・もう眼を逸らすのはやめにしよう)

 本当はずっと前から気づいていたのだ。
 初めて会ったとき、血まみれになって戦う彼女の姿を見た時から、グレイスの存在は俺の中で大きくなるばかりだ。

 路地裏で命がけの決闘をして、獅子王船団との戦いを乗り越え、シーヒュドラを討ち取って。
 そんな冒険をするうちに、いつの間にか、グレイスは俺の心の真ん中へと居座るようになっていた。

「なあ、グレイス。俺と賭けをしないか」

「賭け?」

 俺は剣を抜いて、きょとんとした表情をしたグレイスへと突き付けた。
 ジャンゴに用意してもらった剣は【白銀閃剣】には遠く及ばないものの、間違いなく業物である。

「決闘をするぞ。ここで俺と戦えよ。俺が勝ったら、今日からお前は次期辺境伯の妻だ」

「ほう・・・?」

「お前がこれまで何人の男と関係を持ったかなんて知らないが、俺がお前の最後の男だ!」

 俺の言葉に、グレイスは目を見開いて驚きの表情をする。

 そして――

「がははははははっ!」

 嬉しくて堪らないとばかりに笑い出した。
 先程までのしおらしさを夜空の果てへと吹き飛ばして、狂った獣のように牙を剥いて咆える。

「いいぞお! 面白いなあ! やはり、お前を選んだのは間違いじゃあなかった! お前こそが私の運命の男だあ!」

「そうだ!    俺はお前の運命。そして、お前が俺の運命だ!」

「お前が勝ったらお前に抱かれてやるぞお!    その代わり、私が勝ったらお前を骨の髄まで食い尽くしてやる!」

「望むところだぜ。かかってきなよ、お嬢さん!」

 グレイスは拳を構えて、ぐっ、と姿勢を低くする。
 俺は剣を構えて迎撃の姿勢をとった。

「がははははっ!」

「死にやがれっ!」

 グレイスが拳を繰り出した。俺は剣を振るった。

 その夜、原因不明の局地的災害によってサファイア王国の港が半壊することになった。

 そして、激しい戦いの勝敗は・・・
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