俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 ディートリッヒ・マクスウェルの冒険

15.双頭の大蛇

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 複数の頭を持つ毒蛇『ヒュドラ』自体はダンジョンにおいてメジャーな魔物である。
 俺もランペルージ王国のダンジョンを冒険したときに何度か遭遇したことがあり、討伐をして皮を剥いでやったこともある。

「だけど・・・これはデカすぎるだろ!」

 そのシーヒュドラという魔物は見上げるほどの大きさがあった。
 巨大なアギトが限界まで開かれ、黒い液体が土石流のように放たれた。

「毒液だ、離れろ!」

 俺は叫んで、その場を大きく飛び退いた。
 一緒にいた海賊達も散りじりになって逃げ出して、洞窟の中にある建物の陰へと退避する。
 黒い毒液が先程まで俺達がいた場所へと降り注ぐ。ジュー、ジューと地面が溶ける音が響いた。

「鬱陶しい! そのまま死んどけ!」

 俺はすぐさま大蛇の巨体の下へと潜り込み、【白銀閃剣】を振るった。銀色の剣が大きく伸びて、シーヒュドラの首の一本を両断した。

「おおっ!」

「すげえっ!」

 海賊達が感嘆の声を口にする。
 真っ赤な鮮血をまき散らしながら、巨大な蛇の首が地面へと落ちる。

「まだだぞお! 油断するなあ!」

「GYAAAAAAAAAAAAA!」

 グレイスが叫ぶと同時に、シーヒュドラのもう一本の頭が咆哮を放つ。
 シーヒュドラが大きく息を噴き出し、霧状になった毒が周囲に散布されて視界が紫色に覆われる。
 煙に巻かれた海賊達が悲鳴を上げながら地面を転がる。

「がっ、あがが・・・息が・・・!」

「目が、ひぎいいいいいいいっ!」

「建物の中に入れ! 煙を浴びたら死ぬぞ!」

 足のバネを使って大きく跳ねて毒の霧を躱し、そのまま建物の壁を蹴って三段跳びの要領でもう一本の首へと斬りかかる。

「終わりだ! 死にやがれ!」

 勝利を確信する俺だったが、予想外の方向から反撃が来た。

「GYAAAAAAAAAAAAA!」

「なっ!?」

 切り落としたはずの首の断面から新しい首が生え変わり、斬られた恨みを晴らすかのように喰いついてきた。
 空中で身動きが取れない俺へと大蛇のアギトが迫ってくる。

「がははははははっ! させないぞお!」

「GYA!?」

 窮地に現れた救いの女神はグレイスであった。
 迫りかかる大蛇の頭へと飛び蹴りをして、小山のような頭部を吹き飛ばす。

「こいつは二つの首を同時に潰さないと復活するぞお! 油断をするなよお!」

「ちっ、それを先に言いやがれ!」

 グレイスの忠告に悪態を返して、俺は再び双頭となったシーヒュドラを睨みつけた。
 シーヒュドラは俺とグレイスを明確な脅威とみなしたらしく、他の海賊達を無視してこちらだけを見据えている。

 戦いが長引くほどに洞窟の中に毒が広がって身動きが取れなくなってしまう。
 早々に決着をつけなければ。

「俺は右だ」

「私は左だなあ?」

 即座に決断して、隣のグレイスへと言葉を向ける。グレイスは一瞬で俺の意図を理解したようで、期待通りの返答を返してくれた。

「GYAAAAAAAAAAAAA!」

「行くぞ!」

「がはははっ!」

 シーヒュドラが咆哮を上げる。同時に俺たちは左右へと分かれ、弧を描くようにして大蛇の左右へと陣取った。
 二手に分かれた俺達に向けて、二本の首が毒を吐きつけてくる。

「GYAAAAAAAAAAAAA!」

「伸びろ【白銀閃剣ランスロット】! いい加減に死ねや!」

「がははははははっ! そのまま死んでいいぞお?」

 間断なく飛ばされてくる毒を躱しながら、シーヒュドラへと肉薄する。
 俺は白銀の剣を振りかぶり、反対側でグレイスが地面を蹴って飛びかかる。

「はい、お疲れさん!」

「がははははははっ!」

『GYAAAAAAAAAAAAA!?』

 白銀の斬撃が右の首が斬り落とす。同時に、グレイスが放った拳の雨が左の首をミンチのようにすり潰す。
 二つの頭部を失った大蛇の巨体が音を立てて地面へと崩れ落ちた。ビクビク激しい痙攣をして巨体を振るわせて、やがてシーヒュドラは物言わぬ屍に成り果てた。
 赤黒い血液が地面に流れ出し、酸のように白い煙を立てて周囲の建物を溶かしていく。

 死の寸前にシーヒュドラが流した血液には強力な酸が混じっていたようだ。呪いのように強酸の血液が広がり、鼻を突くような匂いが辺りに充満する。

「最後の最後まで鬱陶しい奴だったな・・・こりゃ、もうダメだな」

 俺が自慢の愛剣を見下ろすと、白銀の剣身が黒く錆びついて大きく刃こぼれしていた。
 剣を伸ばそうと念じてみても何の変化も起こらない。この剣はすでに命を失っているようだ。

「せっかくの魔剣なのに勿体ないことをしたなあ!」

「まあ、剣なんていつかは壊れるもんだ・・・って、うおおっ!?」

 背後からかけられた声に振り替えると、そこにはグレイスの姿があった。
 シーヒュドラの首を殴り潰したグレイスであったが、両腕の肘から先が毒の血に汚染されて骨が見えてしまっている。

 見るからにおぞましい光景に思わず叫ぶ俺であったが、グレイスのほうは困ったように骨の指先で白い髪を撫でる。

「髪の毛が乱れたなあ、早く水浴びをしたものだなあ」

「そういう問題じゃない! 腕、っていうか骨が見えてるぞ!」

「んー? 生きてりゃあそんな日もあるだろお? 大げさな奴だ」

「そんな日があるかよ! ああ、もう!」

 俺は着ていたシャツを脱ぎ捨てて二つに破り、グレイスの両腕へとそれぞれ巻きつけた。
 こんなもので応急処置になるとは思えないが、やらないよりはマシなはずだ。

「しばらくそのまま動くなよ・・・ったく」

「んー・・・?」

 自分の腕に巻き付けられていく男物のシャツを不思議そうに見つつ、グレイスは俺の顔を覗き込んだ。海のような深い青色の瞳に、俺の顔が映っている。

「な、なんだよ?」

「こう見えても私は乙女なんだぞお? 優しい男は嫌いじゃあない」

 グレイスは口元に笑みを浮かべた。
 いつもの獣が牙を剥くような笑顔ではない。見た目相応に純粋な表情、花がほころぶような美しい笑顔だった。

「それが強い男だったらなおさらだなあ、惚れたぞ?    ディートリッヒ」

「なあっ!?」

「さあて、ゴード達は生きてるかあ?」

 予想外の言葉に固まる俺を放っておいて、グレイスは踵を返してスタスタと歩いて行ってしまった。
 四角い建物の中に避難していた海賊達が現れて、口々に俺とグレイスの戦いぶりに称賛の言葉を贈る。

「アイツ、俺の名前を・・・」

 誉めそやす海賊達の言葉を右から左に聞き流して、俺は愛剣を失ったことも忘れて硬直を続けるのであった。

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