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幕間 ディートリッヒ・マクスウェルの冒険
12.海を制する者
しおりを挟む「な、何だあいつは!」
次々と沈められていく配下の船を見て、獅子王船団総督ガラハト・ブラッドペインは愕然と叫ぶ。
剣一本で船を斬っていく男の姿は悪夢そのもので、まるで東国の伝説に登場する夜叉のようである。
弧を描くように敵船を包囲する獅子王船団の船であったが、右翼はすでに崩壊しつつあった。
「化け物か、あの男は! あんな奴が白鬼にいたか!?」
ただでさえドラコ・オマリなどという怪物を相手にしているというのに、もう一匹化け物が出てくるなんて理不尽すぎる。
天を呪いたくなるような事態に、ガラハトは手に持った望遠鏡をたたきつけた。
「お、親分! どうしましょうか!?」
「親分と呼ぶんじゃねえ・・・ちっ、こうなったら・・・」
ガラハトは非情な決断をする。
「左翼は引き続き白鬼を責め立てろ! 中央の船は、あの野郎に火薬をお見舞いしてやれ!」
「な、それじゃあ味方が・・・」
「構うな! 殺れ!」
獅子王船団の船には火薬が大量に積んである。それに引火してやれば、いくら船を両断する無茶苦茶な剣士でもタダでは済むまい。
これ以上、被害が大きくなる前に味方ごと片づけるのはやむを得ないことである。
「くっ・・・わかりました!」
ガラハトの命令を受けて、部下が棒火矢を構える。
剣士が次の船に飛び移ったタイミングで、火薬庫へと棒火矢を打ち込む。
その寸前ーー
「思い切りがいいなあ! 悪くないぞおっ!」
「ぐわっ!?」
「何っ!?」
棒火矢を構えていた部下の頭が吹き飛ぶ。飛び散った血がガラハトの顔にまでかかった。
「お前は・・・ドラコ・オマリ!?」
「そうだあ! 私だぞお!」
鮮血を顔に浴びて笑うのはドラコ・オマリ。
ガラハトにとって最大の宿敵である女が、一糸まとわぬ全裸の姿で立っていた。
「貴様・・・どうして!」
「がはははっ、心地良い海水浴だったぞお?」
ドラコ・オマリは笑いながら手足を振って、身体についた海水を払う。
「あいつに気を取られすぎたなあ! がはははっ、私を無視するからそうなるんだぞお?」
「ぐっ・・・」
ガラハトは奥歯を噛み、悔しげに表情を歪める。
ドラコ・オマリは文字通りに丸裸である。こちらは武器を持った屈強な海の男が20人以上いる。
しかし、それでもガラハトは自分達が追い詰められていることを痛感していた。
こうした直接対決を避けるために、ガラハトは面倒な包囲を布いたのだから。
「さあて、そろそろ決着といこうかあ!? もうお前は用済みだしなあ! ここで喰い殺してやろう!」
「用済み、だと?」
聞き捨てのならない言葉にガラハトは眉をひそめた。
「そうだなあ! その気になればお前や獅子王の連中を殺すのなんていつでも出来たんだぞ? だけど、私はお前を今日まで殺さなかった! お前には利用価値があると思ってたからなあ!」
「なん、だと・・・」
「でも、もう必要ないなあ! お前よりも出来る奴を見つけたからなあ! がははははっ、ここで死んでいいぞお?」
「き、さま・・・!」
ガラハトは額に青筋を浮かべた。
自分は目の前の女を殺すことを渇望してきた。にもかかわらず、その怨敵は当然のように自分を見下してかかっている。
激しい屈辱と憎悪が、ガラハトの心を支配する。
「殺す・・・! ぶち殺してやる!」
「親分を助けろおおおおおおおっ!」
ガラハトは腰に差した曲刀を抜いて、目の前の女に切りかかった。部下の海賊達も続けて飛びかかる。
長年、同じ船で冒険をしてきた海賊達は息の合ったコンビネーションで攻撃を仕掛ける。
しかしーー
「がははははっ!」
ドラコ・オマリは拳を振るう。
白い肌に返り血を浴びて、海賊達の身体を紙キレのようにちぎって進んでいく。
「く、そがああああああああっ!」
「がはは、ごちそうさまだあ!」
1分とかからず海賊達は血塗れの肉塊へと姿を変えた。
船長のガラハトもまた、胸に大きな穴をあけて仰向けに転がっている。
「ち・・・く、しょう・・・」
「なかなか悪くなかったぞお? 惜しかったなあ!」
意識が遠くなり霞がかっていく視界の中に、ドラコ・オマリが入ってくる。
白い肌を存分に日の下にさらした女は鮮血にまみれ、それでも輝かんばかりの笑顔を浮かべている。
(ああ・・・ほんとうに・・・)
ーー本当に、美しい。
数十年前から変わらない美しさ。
追いかけ続けた恐るべき鬼の美貌を最後に見て、獅子王船団総督ガラハト・ブラッドペインは息絶えたのであった。
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