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幕間 ディートリッヒ・マクスウェルの冒険
5.路地裏の人喰い鬼
しおりを挟む大勢の外国人と地元の人間達が行き来する大通りも、こうして道を1本外れてみると乞食や無法者がたむろする裏通りが伸びている。
強い日差しが濃い影を生むように、繁栄している街ほどその恩恵を受けられなかった人々が住む裏町は暗く沈んでいるものである。
その例にもれることなく、裏通りは暗く重苦しい雰囲気に包まれていた。
「お・・・?」
裏通りをしばらく歩いて行くと、やがて数人の人影が見えてきた。
人影の中心にいるのは一人の女性。その女性を囲むようにして4人組の男達が立っている。女と男達は何やら口論をしており、トラブルの匂いがプンプンとする。
「・・・・・・」
俺はひっそりと息を潜めて、彼らの様子を窺った。
「いいから、ついて来いって!」
「いい店知ってるからよー、すーぐに何も考えられないくらい楽しい気分になれるぜ!」
「だからいいだろ? 酒もおごるって!」
男達のダミ声が路地裏に響き渡る。
男達はいずれもガラの悪そうな格好をした無法者である。日焼けした肌と屈強な筋肉に包まれた肉体から、おそらく船乗りか海賊であろう。
男の体が陰になって女の姿を見ることはできないが、連れて行かれた先で女がどんな目に遭わされるかは容易に察することができた。
「ナンパか人攫いか、それとも妖しい店の勧誘かね? どこの国にも下半身でしか物を考えられない男ってのはいるもんだな」
女と男達の口論は続いていき、やがて男の一人が強引に女の手を掴んだ。
「いいから来いって言ってるだろ!」
「ちっ・・・」
俺は舌打ちを一つかまして、男たちを蹴散らすべく飛び出した。
この程度の連中だったら剣を抜くまでもない。10秒とかからず片付けてやる。
そのつもりだったのだが、
「ぶぎゃっ・・・」
「あ・・・!?」
俺はピタリと足を止めた。目の前であり得ない光景が展開された。
女の手を掴んだ男の頭が踏みつぶしたトマトのようにはじけ飛び、真っ赤な血が周囲に飛び散ったのだ。
「ひいっ!?」
「な、ななななっ、何しやがるんだ!」
仲間の血やら脳漿やらを近距離から浴びせられて、男達が悲鳴を上げる。
少し遅れて、頭部を失った男の体が地面に倒れてる。男の陰に立っていた女の姿が俺の目に映った。
「っ・・・!」
「やれやれ、しつこいよなあ! せっかく上機嫌で酒を飲み歩いてたのになあ!」
そこに立っていたのは、白いドレスを身に着けた小柄な女である。
少女といっても差し支えのない年齢に見える女性は、たった今、一人の男の頭を粉々にした拳をベロリと舐めて、肉食獣のように凄絶な笑顔を浮かべてみせる。
「不味い血だよなあ! 生でも焼いても食えやしない、生かしておく価値のない雑魚だよなあ!」
「わ、わけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ! よくも・・・!」
その男は最後まで言葉を続けることができなかった。
女がドレスの裾を盛大にはためかせて放った回し蹴りが、男の腰部を横から薙ぎ払ったからだ。
ボキボキと背骨が盛大に折れる音がする。そのまま男の体が可動域を越えて盛大に折れ曲がり、吹き飛ばされて建物の壁を突き破った。
「ひ、ひいっ! 化け物だ!」
「逃げろ!」
仲間が虫けらのように殺害されたのを見て、残る二人の男が逃走を図る。
「逃げるくらいならケンカを売るのは良くないなあ! 喧嘩するからには、どちらか死ぬまで闘るべきだろうがあ!」
「ぎゃ、ひ、ひいいいいいっ!」
「がはははははははっ!」
鬼のように呵呵大笑をしながら、女は逃げる男の一人を捕まえて地面に押し倒した。そのまま馬乗りになって、激しい拳の連打を浴びせる。
骨をも砕く打撃をたて続けに受けて、無法者の体はたちまち真っ赤な肉塊へと姿を変えた。
「・・・マジか、ははっ、たしかに化け物だな!」
俺は目の前で起こる惨劇を呆然と眺めながら、なぜか心臓が激しく高鳴っていくのを感じた。
最後に残された男が俺の方へと逃げてくる。恐怖でこれでもかとばかりに表情を引きつらせて、必死な様子で手を伸ばしてくる。
「た、たすけっ・・・」
「運命の出会い? なるほどな。ジャンゴ、お前の言うとおりに突然現れたな!」
「ぎゃっ・・・」
俺は剣を抜いて、逃げてくる男の首を斬り飛ばした。
「やべえな、さっきから胸の高鳴りが止まらないぜ。これが恋ってやつかよ!」
「ああ? 新手だなあ? なあにを私の獲物を横取りしてるんだあ?」
ぐるりと女が首を回して、俺の方を見やる。
女の頭から生える白い髪の毛も、真っ白なドレスも、すでに返り血によって紅に染められている。
そんな女の姿を見ているだけで、心臓が狂ったように踊り続けている。
この心臓の鼓動が恐怖によるものなのか、他に原因があるのか、もはや自分でもわからなくなっていた。
ただ、一つだけはっきりとわかることがある。
(この出会いは運命だ! ここで俺達はここで殺し合う運命にある――!)
それは強者と戦いたいという武人の本能なのか。はたまた、邪悪な鬼を退治しようとする義侠心なのか。
どちらでもいい。どちらでも関係ない。
どんな理由であったとしても、俺達はここで殺し合わなければならないのだ!
「赤くて綺麗なドレスだな。いったい、どちらでお買い上げになったのかね。可愛らしいお嬢さん?」
俺がおどけて言うと、女は狂暴そうに唇を釣り上げた。
「がはははっ、殺る気マンマンの良い目だなあ! ずいぶんと美味そうじゃないかあ!」
「どちらが喰われる側か、試してみるかよ? 可愛らしいお顔をもっと綺麗に切り刻んでやろう!」
「がははっ、かかってこい! 喰い殺してやる!」
俺は女へと斬りかかった。女も拳で迎え撃つ。
戦う理由など全くない俺達は、こうして路地裏で無意味な殺し合いを始めたのであった。
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