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幕間 ディートリッヒ・マクスウェルの冒険
4.闘争の匂い
しおりを挟む「俺は1ヵ月程この国を拠点に商売をするつもりだ。それからランペルージ王国に帰るから、一緒に来るつもりならそれまでに戻ってきてくれ」
「了解、商売の無事を祈ってるぜ。悪友」
ジャンゴとひとまずの別れを交わして、俺は異国の街を散策した。
大勢の人間が行き来する大通りには様々な露店が並んでおり、見たこともない色鮮やかな果実が売ってたりする。
「へえ、見た目より甘いな。悪くねえ」
銅貨と引き換えに手に入れた黄色い果物を皮ごとかじりながら、俺は満足げに頷いた。
海賊退治のお礼として友人からたんまりと金をせしめてきたため、路銀や滞在費に困りはしないだろう。
いざとなったら、傭兵や用心棒でもして稼げばいい。腕に覚えはあることだし、荒事の類は手慣れたものである。
「結局、最後に頼りになるのはこいつだけってことだな。頼もしくって涙が出るぜ」
俺は腰に差した剣の柄を撫でながら、自嘲気味に笑った。
南国への旅についてきたのはいいものの、明確に目的があるわけではなかった。
何かがしたいわけではない。ただ、実家であるマクスウェル家からできるだけ離れたかっただけだ。
20歳にもなって家出なんて、我ながら情けないと思う気持ちはあるのだが。
「どうせ家は兄貴が継ぐからな・・・邪魔な弟はさっさと消えたほうがいいってことで」
俺の兄であるディラン・マクスウェルは非常に真面目で優秀な為政者であった。次期領主として危なげなく領地を治めており、現・当主である父からの信任も厚い。
生来の武辺者である俺とは正反対の性格であったが、決して兄弟仲は悪くはない。
俺は兄貴のことを尊敬しているし、兄貴も俺のことを可愛がってくれていた。
しかし、兄弟仲が良いからこそ、自分が兄の邪魔になっていることがわかってしまった。
敵国である帝国と領地を接するマクスウェル家は武勇を重んじる家系である。
そんな家風のせいで政治に長けた兄貴よりも武人である俺の方が家中での評判が高くなってしまい、俺の方が領主に相応しいと主張する者は少なくなかった。
兄が内心でそれを面白くないと思いながら、必死に俺に悟られまいと隠しているを見るのは痛々しくて仕方がなかった。
気づけば俺は武者修行と称して家を飛び出しており、たまたま友人が外国に行くことを聞いて船に飛び乗っていた。
「邪魔者の俺はクールに消える、ってな。ははっ。いっそのこと、この国で一旗上げてみるのも悪くねえかもな」
マクスウェルではない、ただのディートリッヒとして、海賊が蔓延る海を剣一本でのし上がっていく。
頼りになるのは己の武勇のみ、いかにも無頼者らしくて魅力的な話ではないだろうか。
「ん?」
そんなことを考えながら歩いていると、ふと鼻につく匂いがあった。
闘争と血の匂い。
歴戦の剣士である俺にとっては、故郷に咲く花のように慣れ親しんだ香りだ。
「何処の国でも人がいりゃあ争い事が起こるもんだな。人間の本質が変わるには、海をまたいだくらいじゃまるで足りない。
・・・・・・どうせ暇だし覗いてみるかね」
荒事の匂いを頼りにして、俺は大通りから外れた裏道へと足を踏み入れた。
暗い路地を足音もなく進んでいく俺は、その先に人生を変える出会いが大口を開いた獣のように待ち受けていることに気がついていなかった。
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