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第2章 帝国騒乱 編
61.崩れゆくバベル
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そこから先のことは、うまく思い出すことはできない。
気がつけば、俺は何もない空中へと放り出されていた。
「きゃあああああああああああああっ!」
「おおっ・・・!?」
かん高い女性の悲鳴を耳にして、意識を取り戻した。
どうやら気を失っていたらしい。
「くっ、これは・・・?」
瞬時に状況を把握する。
どうやら俺は塔の外へと吹き飛ばされてしまったようだ。胸の中には悲鳴を上げてしがみついてくるルクセリアの姿がある。
「・・・目立ったダメージはなし。ルクセリアのほうも無事か」
ルクセリアはあちこちに服を焦がしているものの、目立った外傷は見られない。
ほとんど思い出すことはできないが、どうやら彼女を守りきることはできたらしい。
「・・・まあ、やばいのは今も同じだけどな」
俺はルクセリアを抱きかかえた状態で空を舞っていた。
もちろん、鳥のように空を飛んでいるわけではなく、真っ逆さまに落下している最中だ。
「グリードは・・・どうでもいいか」
上方に視線を向けると、現在進行形でバベルの塔が崩れていた。雷と爆炎によって最上階は跡形もなく消し飛んでいる。おそらく、グリード・バアルも生きてはいないだろう。
「ちっ・・・また逃がしたか。最期まで逃げ足の速い奴め!」
結局、あの男の首を落とすことはできなかった。勝ち逃げをされたような胸糞悪さが、心中に泥のようにこびりついていた。
「で、ディンギル様・・・!」
「大丈夫だ、ルクセリア。しっかりと捕まっていろ!」
これだけの高さから落下するのは初めての経験だが、地面に衝突するまで10秒もないだろう。さきほど下で見た金髪の少女の死体が目に浮かぶ。
「ルクセリアをあんなふうにするわけにはいかないな。まあ、頑張ってみるか」
覚悟を決めて、左腕を見た。腕に嵌められた銀色の腕輪はいまだに強く光を放ち続けている。
いくらか寿命を犠牲にすることになるが、うまく着地すれば二人とも助かるかもしれない。
「やれやれ・・・俺の老後は厳しそうだな!」
叫んで、腕に力を込める。
銀色の腕輪がさらに輝きを増して、暁のように俺とルクセリアを包み込んだ。
「【豪腕英傑】! 頼んだぞ!」
空中でクルリと回転して、体勢を整える。
ものすごい勢いで迫ってくる地面を眼下に睨みつけて、俺は衝撃へと備えた。
しかし――
「『海竜』!」
「うぷっ!?」
「きゃあっ!?」
決死の覚悟を決めた俺であったが、突如として下方から放たれた水柱に飲み込まれた。
予想していたのと違う種類の衝撃に驚いて、いくらか水を飲んでしまった。
「ん~~~~!? ん~~~~~~~!!」
地面から上空へと天を昇るような水柱の中を、ぐるぐると回転しながら落ちていく。
やがて水から吐き出されたかと思うと、そのまま地面に激突した。
「うげっ!」
「ひゃんっ!」
なんとか自分が下になってルクセリアを庇うことに成功した。
水流に受け止められたことで衝撃はかなり軽減されており、打ちつけた背中がじわじわとい痛む。
腕に嵌められた【豪腕英傑】が所在なさげに明滅している。どうやら、不死の力を持つ魔具は必要なかったらしい。
「やあ、主殿。私を連れてきてよかったな」
「よお・・・シャナ・・・」
得意げに笑ったシャナが俺達のことを見下ろしてくる。その手には水を操る槍が握られている。
どうやら、彼女が俺達のことを水で受け止めてくれたらしい。
「姫様! ああ、ご無事でよかった!」
「え、エスティア。心配かけてしまってごめんなさい」
駆け寄ってきた女騎士がルクセリアを力強く抱きしめる。どれほど強く抱きしめられたのか、麗しの皇女殿下は少し苦しそうにしている。
「おかえりなさいませ。今日は随分と大変だったみたいですね」
「・・・別に、いつもと変わりないさ。俺の人生は大体いつもこんな感じだぜ?」
「それは十中八九、ご自分の自業自得であるかと」
サクヤがいつもの無表情で窘めながらも、俺の肩へとすり寄ってくる。
どうやら、心配をかけてしまったらしい。
俺はほんの一欠片だけ反省をしつつ、黒髪の頭を優しく撫でた。
「さて、さっさとここを離れるか。いい加減、塔が崩れるぞ」
頭上では崩壊した最上階の重みによって、下の階まで崩落しつつある。
神の力を持った塔はこのままガレキの山へと変わるだろう。
帝国の歴史的至宝とも呼べる塔は、グリード・バアルの野望と共に崩れ落ちる。
それは神に近づこうとした愚かな男へと下された、神罰であるかのように見えた。
かくして、帝国をめぐる一連の騒動は決着がついた。
大陸の中世史に長々と語り継がれることになる「勝者なき戦争」の終結である。
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