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第2章 帝国騒乱 編
55.女神の説教
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side ルクセリア・バアル
「グリード兄様。まずは、お聞きします。いったい何の権限をもって、ご自分が皇帝に相応しいと思われたのですか? 父の遺言を達成することができていない以上、貴方が皇帝になる資格はありません。ましてや、皇帝だけが解放することができる魔具を無断使用するなどもっての外です」
「え・・・あ・・・?」
当然ながら答えることはできずグリードがたじろいだ。私は反論がないのを確認して、さらに畳みかける。
「それに、もしも貴方が皇帝になる人物でしたら、自然とあなたの周りには大勢の人が集まってくるはずです。なぜ貴方は今、一人でいるのですか? 護衛は? 側近はどこにいったのです?」
騎士も文官も、腹心であるサイム・フルカスでさえ、すでにグリード・バアルという男を見限って離れて行った。
目の前の男は独りぼっち。魂のないゴーレムくらいしか味方がいない。
誰も仕える者のいない皇帝など、空っぽの宝箱と同じではないだろうか?
「貴方が【雷帝神槌】を使用したことで多くの民が苦しんでいます。君主が守るべき民を犠牲にしておいて、どうしてご自分を皇帝たる者だと勘違いできるのです?」
「か、勘違い・・・? だって、私は皇帝だから・・・この国にあるものはすべて私の物だから、好きなように使ったって・・・ほ、ほら、戦争で兵士を犠牲にするのと同じじゃないか!」
「それが勘違いだと言っているのです!」
「ひいっ!?」
私は肺いっぱいの空気を絞り出して怒鳴りつけた。グリードがたじろいで、そのまま尻もちをついた。
「たしかに、私達はときに民を犠牲にしなければいけません! でも、それは国を守るため、民を守るために仕方がなくすることです! 私利私欲のために民を犠牲にする権利なんて、皇帝にだってありません!」
最善の政治。最良の治世を布いたとしても、人の上に立つ者は誰かを犠牲しなければいけないときがくる。
しかし、それは国や民を守るため、『権威の義務』として行われるものである。
決して、貴族や皇族に生まれたという理由で理不尽に奪っても良いということではないのだ。
「で、でも・・・それは・・・えっと・・・」
グリードは尻もちをついたまま視線を左右にさまよわせる。おそらく、必死に言い訳を考えているのだろう。
「・・・・・・そ、そうか!」
グリードは口を開いて閉じるという動作を何度も繰り返した後で、なぜか歓喜の表情を浮かべて叫んだ。
私は激しく嫌な予感を感じて、ただでさえ険しくなっていた眉をさらにひそめる。
「わかったぞ! ルクセリア、お前はディンギル・マクスウェルに洗脳されているのだな!」
「なんですって・・・?」
「ルクセリアが、私の天使が私を否定するわけがない・・・! そうだ、これもディンギル・マクスウェルが悪いんだ! あいつがお前にそんな汚い言葉を言わせているに違いない!」
「・・・・・・」
もはや溜息すら出ない。語るに落ちたとはこの事だ。
「そうと決まれば、私がお前の洗脳を解いてやろう! 私ならできる。これも私とルクセリアが結ばれるために、神が与えた試練なんだ!」
グリードは勢いよく立ち上がり、私の制止を無視して私との距離を詰めてきた。
その瞳には妄執としか言いようのない妖しい光が宿っている。これ以上、何を言っても無駄なのは明白だった。
「・・・そうですか、それがあなたの答えですか」
「大丈夫、安心してくれ。私が君を救ってみせる! だから・・・結婚しよう!」
「・・・・・・」
こちらの意思を完全に無視したプロポーズの言葉を吐きながら、グリードが私に抱きつこうとしてくる。
私は目を伏せて、覚悟を決めた。
「・・・やはり、ディンギル様に全てを任せるわけにはいきませんね。引導は自分の手で渡さないと」
「へ?」
――ブスリ
「あ、あああ、ああああ・・・・!?」
「皇族としての義務です。どうかご容赦を」
グリードの腹部には一本のナイフが突き刺さっていた。
父からいざというときにと渡された懐剣。使うとすれば、ここしかないだろう。
「・・・な、なんで・・・ルクセリア・・・?」
「これが私の『権威の義務』です。グリード・・・お兄様」
腹部から血を流したグリードを見つめて、私はそう宣言したのであった。
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