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第2章 帝国騒乱 編
46.いざ帝国へ!
しおりを挟む魔具【天翔翼靴】によって帝国に乗り込むことが決まり、俺は一人の少女を別荘へと呼び寄せていた。
俺のかつての婚約者であるセレナ・ノムスのなれの果て――『鋼牙』所属の巫女カンナである。
「その方はどなたでしょうか?」
初顔合わせとなるルクセリアが首を傾げて訊ねてくる。白い髪に着物という見慣れない衣装を着たカンナの姿にやや面食らっている。
「ああ、この子は俺のなじみの占い師だ。俺にとっては生まれて初めての遠征だからな。武運を占ってもらおうと思ってな」
「カンナ、です。占い師、やってます・・・・・・にゃー」
「にゃ、にゃあ?」
「ああ・・・気にしなくていい。この子は先祖が猫なんだよ」
不慮の事故というか完全に俺のせいなのだが、カンナは時折おかしな鳴き声を上げるときがある。
「そ、そうなんですか。異国には猫の血を引いている方がいるんですね。勉強になります」
俺が五秒で考えた嘘を真に受けて、ルクセリアは感心したように頷いている。
今更ではあるが、この娘は頭が良いわりに世間知らずがひどい。いつか悪い男に騙されてとんでもない目に遭わされそうだ。
(その悪い男が俺であることを祈ろう)
「さて・・・それはさておき、カンナ。この魔具を見て欲しいんだが」
「・・・わかり、ました」
俺は布に包まれた【天翔翼靴】をカンナに手渡した。カンナは透明な水晶を布越しに持って、じいっ、と穴が開くほど真剣に見つめる。
「・・・翼を持つ、神・・・ヘルメス・・・転移能力、5人、飛べる・・・帝国・・・行ける・・・でも、案内人が、必要・・・あと1回・・・それで、砕ける・・・」
「一度に転移できる定員は5人まで。使えるのはあと1回・・・ということでしょうか」
「そうみたいだな」
サクヤの確認の言葉に俺は頷いた。
最近になって気づいたことなのだが、巫女としての素養に目覚めたカンナには未知の魔具を鑑定する能力があった。
魔具というのは古代魔法文明の遺産であり、多くの場合、使用方法がわからない物ばかりである。そのため、使い方がわからずに死蔵されている魔具が山ほどあり、それらの詳細を鑑定する能力は非常に貴重であった。
「これだけ盛大に割れちまってるから使えるか不安だったが、どうやら問題なさそうだな」
「しかし、使えるのはあと1回です。一度、行ったら帰ってくることができませんよ?」
「帰りは徒歩か船になるな。せっかくだからゆっくり観光させてもらおうか」
帝国相手に初陣をしてから5年になるが、俺は一度として帝国に足を踏み入れたことはなかった。敵の居城を物見遊山というのも悪くはないだろう。
「問題は案内人だな。帝国に行ったことがある奴に同行してもらわないとな。まあ、シャナ辺りを連れてけば・・・」
「私が行きます!」
俺の言葉を遮り、ルクセリアがぴしゃりと言う。
驚いて彼女の顔を見ると、天使の美貌が真剣な表情でこちらを見つめてくる。
「この騒動は全てバアル皇家が引き起こしたもの。ならば、バアル皇家の人間である私が収めなければいけません! 私はこれまで、宮廷の奥で育って国のために貢献する機会を得られませんでした。最後に帝国のために働く機会をください!」
「それは・・・」
俺はやや言葉を濁す。ルクセリアの瞳には悲痛な決意の色が浮かんでいる。
こういう目をした奴は過去に何度か見てきた。自分の命を投げ出してでも何かを成し遂げようとする人間の目だ。
「・・・ルクセリア。君に全く責任がないとは言わない。人間は誰しも生まれに見合った責任というものがあるからな。しかし、君がつまらない責任感で自分を犠牲にするつもりだったら、連れていくことは出来ないぜ?」
「でも・・・」
「どうしても連れて行って欲しいのなら、これは貸しだ。君の命を救ったことも含めて、まとめて返してもらう。手前勝手に死んで終わりなんて思うなよ?」
「・・・そうですね。命を救ってもらっておいて、恩も返さずに死ぬのは不義理ですよね」
ルクセリアは花がほころぶように笑う。透き通った、綺麗な笑顔である。
「わかりました。必ずやご恩はお返しします。今の私が持っているもの、未来に手にいれるもの、すべてを貴方に捧げます」
「結構、実に結構。たっぷりじっくり取り立ててやるから覚悟しておけ」
「ふふ、わかりました」
なぜか嬉しそうに笑っているルクセリアは、自分がとんでもない契約を結んでしまったことに気がついていないのだろう。
言質を取ったことだし、この騒動が片付いたら骨の髄までしゃぶりつくしてやろう。
「それでは帝国への決死隊はディンギル様とルクセリア様。私――サクヤと・・・」
「無論、私も征こう」
「姫様が行くなら護衛の私も行くぞ!」
バン、と扉が勢いよく開いて、シャナとルクセリアの付き人、エスティア・サブナクが飛び込んできた。
「私も行きたいところですが・・・足手まといなので皆さんの無事をお祈りしています」
廊下には悔しそうな表情を浮かべているもう一人の付き人、ルーナの姿もあった。どうやらこの帝国三人娘はそろって盗み聞きをしていたらしい。
「・・・おどらされた、人の群れ・・・古代兵器、ゴーレム・・・雷・・・落ちる・・・きれる・・・気をつけて、ね?」
カンナが俺の傍にトコトコ歩いてきて、上目遣いで言ってくる。どうやら心配をしてくれているようだ。
「ああ、ありがとうよ。カンナ」
「にゃあ、にゃあ」
俺が頭を撫でてやると嬉しそうにカンナが鳴いた。表情はあまり変化がないが、いい具合にこの娘も仕上がってきている。
「むう・・・ずるいです」
「ディンギル様、私の頭も撫でるべきかと」
ルクセリアとサクヤが揃って不満げな表情で詰め寄ってくる。サクヤはともかくとして、なぜルクセリアまで?
「さて、それじゃあ帝国に旅行といこうか! お土産はグリード・バアルの首で決まりだ!」
かくして、俺達5人の帝国行きが決まった。
150年におよぶランペルージ王国とバアル帝国の戦争。その最後の戦いが始まるのであった。
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