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第2章 帝国騒乱 編

43.力の代償

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「・・・それはおそらく、【雷帝神槌】という魔具ですね」

 サクヤからの報告を一通り聞いて、ルクセリアは真剣な表情で口を開いた。

「建国帝であるゼブル・バアル帝が冒険者時代にダンジョンで発見した魔具で、周辺の小国をことごとく滅ぼして帝国の建国を成した神の武器です」

「神の武器とはまた、ずいぶんと大層な品だな」

「そうですね、しかし伝説通りであるならば決して大げさな表現ではないかと」

 確かに、雷を雨のように降らせることができるというのなら神の武器という表現は誇張ではないだろう。天から降りそそぐ無数の雷は、愚かな人間に神が罰を与えているようにしか見えないだろう。

「しかし、そんな魔具があるなんて初めて聞いたな。ランペルージ王国との戦争では使われたことはないはずだぜ」

 もしもそんな魔具が過去の戦争で使われていたのなら、今頃、王国全土に帝国の旗が立っていただろう。難攻不落のブリテン要塞だって、天空からの攻撃には無力である。

「【雷帝神槌】は一度設置した場所から動かすことができず、射程範囲も限られています。おそらく、王国は射程範囲の外にあるのでしょう」

「そいつは助かったな。命拾いしたぜ」

「それに、【雷帝神槌】には大きな副作用といいますか、代償があります。それ故に帝国滅亡の危機まで使ってはならないというのが建国帝の言いつけです」

「代償?」

 俺が訊ねると、ルクセリアはこくりと頷いた。

「かの魔具は地脈と呼ばれる地面の下を流れている力を吸い上げて、それを雷に変換して放つそうです。使い続けていれば木々は枯れ、作物は実らず、帝都周辺の大地は草木の生えぬ荒野へと変わるでしょう」

「・・・なるほど、確かに重い代償だ」

 いくら戦争に勝ったとしても、国土が砂漠のように枯れ果ててしまえば敗北と変わらない。守るべき領地と領民の生活を犠牲にするような兵器は、俺だって使用を禁止するだろう。

「それを聞いて納得しました。帝国に潜り込んだ密偵から、帝都周辺の草木が不自然に枯れていると報告を受けています」

 ルクセリアの説明を聞いて、サクヤが報告を補足する。ルクセリアは顔を蒼褪めさせた。

「このまま【雷帝神槌】が使われたら帝国が破滅してしまいます。帝都周辺、ひょっとしたら帝国全土が砂漠になってしまいます」

「それをどこまでグリード・バアルが理解しているか・・・あまり希望は持てそうにないな」

 自分の軍団を見捨てて一人だけ逃げるような男である。国民の生活を顧みるような行動は期待できまい。俺の言葉にサクヤも頷く。

「グリード・バアルは第3軍団と煌王朝の軍勢を討ち滅ぼしてから、自分に反抗的な貴族や反乱を起こした村や町にも雷を落としています。宮廷に仕える者の中には諫めようとしている者もいるようですが、全て処分されています」

「そんな・・・」

 破滅に向かいつつある故郷を思い、ルクセリアはわなわなと身体を震わせる。

「グリード兄様・・・いったい、どうすれば・・・」

「俺の経験上、あいつのように自分以外は全員馬鹿だと思っている奴は、他人の忠告や諫言を絶対に聞いたりはしない。自分で愚かしさに気がつくのを待つか、力づくで止めるしか方法はないだろうな」

「・・・・・・」

「ま、マクスウェル家に牙を向けなければ俺としては構わないんだが・・・どうなるかね」

 ふー、と長い息をついて俺は天井を仰ぐ。
 一つ、厄介事が片付いたかと思えば、また新しい厄介事が舞い込んでくる。

「引き続き、密偵に監視を続けるように伝えておきます。何かあれば、またすぐに報告いたします」

「頼んだぞ、サクヤ」

「私にもどうかお願いします! 帝国が、故郷がどうなっているのか教えてください・・・!」

「かしこまりました。それでは」

 サクヤが足音も立てずに出て行き、部屋には俺とルクセリアが残された。

「ディンギル様、私は・・・」

「そこから先は口にするなよ」

 ルクセリアが言わんとすることを察して、俺は先回りして口止めをする。

「今、君が帝国に戻ってもできることは何もない。しばらくは様子見をしとけよ。ひょっとしたら、俺達が何もせずとも事態が好転するかもしれない」

「・・・そうですね。それを神に祈ります」

 ルクセリアが両手を組んで顔を伏せる。
 天使のごとき乙女の祈りが天に届くのか。それはまさに神のみぞ知ることであった。

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