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第2章 帝国騒乱 編
38.下衆の切り札
しおりを挟む「へ、兵士達はどうしたのですか! どうやってここまで・・・!」
「倒した。もしくは、降伏させた。これ以上、自分達のことを考えてくれない主君に仕えるのはごめんだとよ」
「あ、あの無能者どもめ・・・!」
ぎりっ、と音が鳴るほどグリードが奥歯を噛みしめる。
世にも悔しそうにする表情をするグリードは骸骨のように細身の男で、肌の色も白くて不健康を絵に描いたような顔をしている。
(兄妹だっていうのにルクセリアとはまったく似てないな。ラーズだって筋肉質の大男だし、バアル皇族の血筋はどうなっているんだか)
遺伝の不思議に首を傾げつつ、俺はグリードに断罪の言葉をつきつける。
「さて、敗軍の将がどんな扱いを受けるかわかってるよな? マクスウェル家の領地を踏み荒らそうとして、タダで済むとは思ってないよな?」
「わ、私はバアル帝国の皇子ですよ!? 次期皇帝である私が、こんなところで死んでいいわけが・・・」
「皇帝だろうが奴隷だろうが、戦場では負けた奴が死んでいく。血筋なんて些細なことで戦場のルールは変わらないぞ」
「馬鹿な・・・貴様のような蛮人に私が負けたというのですか・・・! そんなものは認めない! 認められるものか!」
「やれやれ、そこまで言うのなら認めさせてやろう。この剣できっちりとお前の敗北を刻んでやる」
俺が剣をかざすとグリードの肩が大きく震えた。ガチガチと上下の歯をぶつけて鳴らしながら後ずさる。
「仮にも一軍の将ともあろうものが剣を突き付けられたくらいでビビるなよ。器が知れるぞ」
「だ、黙れ! 私はこんなところでは死なない! 皇帝になってルクセリアを妻にするのだ!」
ばっ、とグリードが手に持った水晶玉をかざす。水晶玉は吸い込まれそうなほど深い紫色をしており、水晶ごしに歪んだグリードの顔が映っている。
「魔具か・・・!」
「はっ、はははははっ、私は死なないぞ! ざまあみろ!」
「ちっ!」
どんな能力を持つ魔具かはわからないが、早めに潰しておくに限る。俺は一息にグリードの間合いへと踏み込んで剣を振りかぶる。
「【天翔翼靴】!」
「【無敵鉄鋼】!」
俺が剣を振るのと同時に、グリードの手の中の水晶玉がまばゆいばかりに輝いた。紫色の閃光がグリードを飲み込んだ。俺はそのまま勢いを緩めることなく剣を振りぬき、紫色の光ごとグリードを両断する。
カンッ、と乾いた音が鳴って、天幕を覆い尽くしていた光が消える。
光が晴れた先にあったのは・・・
「・・・消えた?」
先ほどまでグリードがいた場所には誰もいない。天幕の中には俺がただ一人立っていた。
地面には紫色の水晶玉が転がっていて、水晶玉には大きなヒビが入っていた。剣を見ると、刃が赤い血で濡れている。
「転移能力のある魔具だな。行き先は・・・帝国だろうな」
俺は舌打ちを一つかまして、地面に転がった水晶玉を拾い上げる。今にも崩れそうなほどひび割れた魔具はもう一度使うことができるかどうか微妙なところである。
「あーあ、逃がしたか。ラッドのやつに馬鹿にされちまうな」
忌々しそうに吐き捨てて、俺はグリードの天幕を後にした。
「さて・・・ちょっとばかり予定が狂いそうだな。どうなるかね」
今回の大敗によって帝国は軍事力を大きく落とすことになった。
このまま帝国が滅ぶようであれば、混乱に乗じて領地をいくらか奪い取る。
スロウス・バアルが皇帝となって帝国を建て直すようであれば、戦後交渉で賠償金と領地を頂戴する。ルクセリアも俺の側に立ってくれるだろうし、穏健派のスロウスであれば素直に要求に応じてくれるはずだ。
その予定だったのだが、グリードが逃げ帰ったことで予定に変更が必要となるかもしれない。
「いかにもプライドの高いあの男のことだ。マクスウェル家に穏便に領地を割譲したりはしないだろうな。それどころか、屈辱を晴らすために再び攻め込んでくる可能性もある」
負けることはないだろうが、戦争が長引くのは国力に劣るこちらとしては望ましくはない。
「ま、なんとか交渉で型をつけたいところだが・・・うまくいくかね?」
やれやれとばかりに肩をすくめ、俺は天幕の外で控えていた騎士達と合流する。拘束した捕虜を引き連れて、愛馬にまたがってブリテン要塞に帰還する。
こうして、ブリテン要塞をめぐるマクスウェル家とバアル帝国の戦いはマクスウェル家の圧勝に終わった。
第1軍団、第2軍団ともに壊滅して、国力を大きく落とした帝国は、これから破滅と隣り合わせの苦難の道を歩くことになった。
・・・そのはずだったが、事態は俺の予想とはまるで違う方向へと進んでいくことになるのだった。
―――――――――――――――――――
謝罪と報告
もう一つの投稿作品『賢者から怪盗に転職しました』を不手際で削除してしまったため、再投稿いたしました。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
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