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第2章 帝国騒乱 編
37.追い詰められた下衆
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「い、いい、いったい何処に逃げればいいのだ!?」
帝国第2軍団の陣地にて、帝国第二皇子グリード・バアルは右へ左へ走り回っていた。
どうしてこの男がいまだに陣地から逃げ出すことなく留まっているか・・・それは決して、マクスウェル軍や第1軍団と戦う覚悟を決めたからではない。単純に、四方八方で戦闘が起こっており、逃げる場所がないだけである。
「落ち着いてください! 殿下、我らがまだ負けたと決まったわけではありません! 死力を尽くして戦えばマクスウェルごとき・・・」
「馬鹿か、貴様は! 第1軍団は裏切り、近衛騎士団はなぜか助けに来ない! こんな孤立無援の状況でどう戦えというのだ!?」
ブリテン要塞を巡るこの戦いにおいて帝国軍にもはや勝利はなかった。グリードの頭の中には戦うという選択肢はすっかり消え去っており、ここから生きて逃げ出すことしか考えていない。
グリード・バアルという男は、人間性は別として為政者としての能力は決して低くはない。北方遊牧民との戦いに早々に見切りをつけて長城を建築した判断といい、帝国内の有力貴族や商人を味方につけた手腕といい、皇帝の後継者としては有能な部類である。
しかし、部隊を指揮する将としての能力は高くはなかった。ラーズ・バアルのように武術を習った経験もほとんどなく、すぐ目の前まで敵が迫ってきているという状況は初めてのことだった。
慣れない窮地に混乱しきったグリードは、もはや部隊の指揮を執るどころではなくなっていた。
「マクスウェル軍がすぐそこまで来ています! 殿下、どうかご指示を!」
「ひ、ひいっ!? そんな、私は知らない! お前達でどうにかしろ!」
「くっ、迎え撃つぞ!」
第2軍団の騎士はすぐにグリードが役に立たないと見切りをつけて、自分の判断で部隊の指揮を執る。
「わ、私はこんなところで死んでいい人間じゃないんだ・・・優秀な私が、こんな馬鹿みたいな死に方をするわけには・・・」
グリードはガタガタと震えながら両手で頭を抱える。
こんなはずではなかった。
大軍の力でブリテン要塞を落として、隙を見てラーズを討ち取る。あとはブリテン要塞と引き換えにルクセリアを取り戻して、帝国に凱旋する。政敵のいなくなったグリードは皇帝となり、この世で最も美しい女性を妻として迎える。
そんなビジョンを思い描いていたはずだった。
しかし、いつの間にか思い描いていた未来はどこかに消えてしまい、代わりに死の刃が喉元に突きつけられようとしていた。
(何か、この状況は逆転する方法が・・・・・・そうだ!)
天啓を受けたようにグリードは頭を上げた。
「私は一度、天幕に戻ります。貴方達はここで踏みとどまって、できるだけマクスウェル軍を引き付けてください」
「は、いや、しかし・・・」
「いいですか。死ぬまでここで足止めするのですよ。闘争も降伏も許可しません。それでは・・・!」
言いたい事だけ言って、グリードはさっさと自分の天幕に入っていってしまった。
まがりなりにも最高指揮官である男がいなくなり、その場にいた騎士と兵士は呆然とする。
「え、ええと・・・我らはどうすれば・・・?」
途方に暮れた兵士がグリードの副官である騎士の顔を仰ぎ見る。グリードがいなくなってしまった以上、この男がこの場の最高指揮官という事になる。
「・・・好きにしろ。忠義を尽くすつもりのある者は戦え。国に想う者があるのならさっさと逃げろ。罰則はないから、さっさと行け」
「は、はい!」
結局、その場に踏みとどまったのは全体の3分の1ほどだった。かなり数が少なくなってしまった第2軍団は、それでも武器を構えてマクスウェル軍を迎え撃つ。
「・・・仕える主を間違えたな。適当に戦ったら降伏するか」
副官は深々と溜息をついて、槍を握りしめた。
「あった! これだ!」
天幕に戻ったグリード・バアルは積み重なった荷物を必死にあさり、目的の物を見つけ出した。手の平に乗る程度の大きさの紫色の水晶玉は、グリードが大枚をはたいて購入した魔具だった。
「ふふふっ、やはり私は生き残るべき人間だ! 危機が訪れても、必ず神が救いの手を差し伸べてくれるのだからな!」
特別な人間には特別な運命が与えられる。それは皇帝の子として生まれて、特別な人生を送ってきたグリードの座右の銘だった。
運命に選ばれた自分がこんなつまらないところで死ぬわけがない。結局、どんな危機があっても最後には生き残るのだ。
「覚えているといい、ディンギル・マクスウェル! 次に戦うときには必ず滅ぼしてあげましょう。その時までルクセリアのことは・・・」
「呼んだかよ、帝国の第2皇子」
「ひっ!?」
突然、背後から声をかけられて、グリードは慌てて振り向いた。そこに立っている男の姿を目にして、泡を食ったように叫ぶ。
「ななななっ、なんだ貴様は! マクスウェル軍の兵士か!?」
「兵士・・・ではないな。騎士でもない。だが、俺こそがマクスウェルだ」
「ま、まさか・・・」
グリード・バアルの顔が面白いように蒼褪めていく。男は剣を抜いて、グリードへと突きつけた。
「ディンギル・マクスウェルだ。短い付き合いになるだろうか、よろしくな」
追い詰めた敵の大将の顔を笑いながら見やって、男は・・・俺は自己紹介をするのであった。
帝国第2軍団の陣地にて、帝国第二皇子グリード・バアルは右へ左へ走り回っていた。
どうしてこの男がいまだに陣地から逃げ出すことなく留まっているか・・・それは決して、マクスウェル軍や第1軍団と戦う覚悟を決めたからではない。単純に、四方八方で戦闘が起こっており、逃げる場所がないだけである。
「落ち着いてください! 殿下、我らがまだ負けたと決まったわけではありません! 死力を尽くして戦えばマクスウェルごとき・・・」
「馬鹿か、貴様は! 第1軍団は裏切り、近衛騎士団はなぜか助けに来ない! こんな孤立無援の状況でどう戦えというのだ!?」
ブリテン要塞を巡るこの戦いにおいて帝国軍にもはや勝利はなかった。グリードの頭の中には戦うという選択肢はすっかり消え去っており、ここから生きて逃げ出すことしか考えていない。
グリード・バアルという男は、人間性は別として為政者としての能力は決して低くはない。北方遊牧民との戦いに早々に見切りをつけて長城を建築した判断といい、帝国内の有力貴族や商人を味方につけた手腕といい、皇帝の後継者としては有能な部類である。
しかし、部隊を指揮する将としての能力は高くはなかった。ラーズ・バアルのように武術を習った経験もほとんどなく、すぐ目の前まで敵が迫ってきているという状況は初めてのことだった。
慣れない窮地に混乱しきったグリードは、もはや部隊の指揮を執るどころではなくなっていた。
「マクスウェル軍がすぐそこまで来ています! 殿下、どうかご指示を!」
「ひ、ひいっ!? そんな、私は知らない! お前達でどうにかしろ!」
「くっ、迎え撃つぞ!」
第2軍団の騎士はすぐにグリードが役に立たないと見切りをつけて、自分の判断で部隊の指揮を執る。
「わ、私はこんなところで死んでいい人間じゃないんだ・・・優秀な私が、こんな馬鹿みたいな死に方をするわけには・・・」
グリードはガタガタと震えながら両手で頭を抱える。
こんなはずではなかった。
大軍の力でブリテン要塞を落として、隙を見てラーズを討ち取る。あとはブリテン要塞と引き換えにルクセリアを取り戻して、帝国に凱旋する。政敵のいなくなったグリードは皇帝となり、この世で最も美しい女性を妻として迎える。
そんなビジョンを思い描いていたはずだった。
しかし、いつの間にか思い描いていた未来はどこかに消えてしまい、代わりに死の刃が喉元に突きつけられようとしていた。
(何か、この状況は逆転する方法が・・・・・・そうだ!)
天啓を受けたようにグリードは頭を上げた。
「私は一度、天幕に戻ります。貴方達はここで踏みとどまって、できるだけマクスウェル軍を引き付けてください」
「は、いや、しかし・・・」
「いいですか。死ぬまでここで足止めするのですよ。闘争も降伏も許可しません。それでは・・・!」
言いたい事だけ言って、グリードはさっさと自分の天幕に入っていってしまった。
まがりなりにも最高指揮官である男がいなくなり、その場にいた騎士と兵士は呆然とする。
「え、ええと・・・我らはどうすれば・・・?」
途方に暮れた兵士がグリードの副官である騎士の顔を仰ぎ見る。グリードがいなくなってしまった以上、この男がこの場の最高指揮官という事になる。
「・・・好きにしろ。忠義を尽くすつもりのある者は戦え。国に想う者があるのならさっさと逃げろ。罰則はないから、さっさと行け」
「は、はい!」
結局、その場に踏みとどまったのは全体の3分の1ほどだった。かなり数が少なくなってしまった第2軍団は、それでも武器を構えてマクスウェル軍を迎え撃つ。
「・・・仕える主を間違えたな。適当に戦ったら降伏するか」
副官は深々と溜息をついて、槍を握りしめた。
「あった! これだ!」
天幕に戻ったグリード・バアルは積み重なった荷物を必死にあさり、目的の物を見つけ出した。手の平に乗る程度の大きさの紫色の水晶玉は、グリードが大枚をはたいて購入した魔具だった。
「ふふふっ、やはり私は生き残るべき人間だ! 危機が訪れても、必ず神が救いの手を差し伸べてくれるのだからな!」
特別な人間には特別な運命が与えられる。それは皇帝の子として生まれて、特別な人生を送ってきたグリードの座右の銘だった。
運命に選ばれた自分がこんなつまらないところで死ぬわけがない。結局、どんな危機があっても最後には生き残るのだ。
「覚えているといい、ディンギル・マクスウェル! 次に戦うときには必ず滅ぼしてあげましょう。その時までルクセリアのことは・・・」
「呼んだかよ、帝国の第2皇子」
「ひっ!?」
突然、背後から声をかけられて、グリードは慌てて振り向いた。そこに立っている男の姿を目にして、泡を食ったように叫ぶ。
「ななななっ、なんだ貴様は! マクスウェル軍の兵士か!?」
「兵士・・・ではないな。騎士でもない。だが、俺こそがマクスウェルだ」
「ま、まさか・・・」
グリード・バアルの顔が面白いように蒼褪めていく。男は剣を抜いて、グリードへと突きつけた。
「ディンギル・マクスウェルだ。短い付き合いになるだろうか、よろしくな」
追い詰めた敵の大将の顔を笑いながら見やって、男は・・・俺は自己紹介をするのであった。
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